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 ドアを開けると、すでに見慣れた顔が全員その部屋に集まっていた。部屋に足を踏み入れるなりキツい視線を向けてきたのは、沙夜子だった。少しプリンだった髪色が秋色に染められている。


「やっと来たわね! 報告者が遅かったら会議が始まらないじゃない!」


「悪いな。学校に潜入するのに制服を用意したり、着こなすのに予想外に時間が掛かったんだ。それで、何から話せばいい?」


 吉良なら、というよりも一般的な人間なら怯んでしまうような沙夜子のその物言いをさらりと流すと、鎌倉颯太は空いていたソファへと座り、その長い足を組んだ。


「何からって! もちろん、妖怪を封じる方法よ! 他の街の状況や多発する事件のことは、掲示板やSNSで知っているし、まずはこの世界を平穏にする方法がわからないとどう動いたらいいのかわからないわ!」


 二週間経っても変わらないその威勢のよさに、鎌倉は思わず笑みを溢した。だが、それとは対称的に、紙都は少し憔悴しているようだった。伸びた前髪が両目を覆っているのが、そう見せているのかもしれないが。


「紙都も、それでいいのか?」


「ああ。さっさと妖怪どもを消し去りたい。母さんと、そして父さんの仇を討つために」


 漆黒の瞳が髪から透けて見えた。その奥には確かに憤怒の焔が宿っている。身体は疲れ切っているのかもしれないが、一触即発の雰囲気が紙都の身体に纏わり付いていた。


(だが、同時に危うさもある……という状態か)


 鎌倉は気付かれないように顔を下に向けると、横目で、つまらなそうに机に頬杖を突いてスマホをいじっている蓮の様子を窺った。


(変わった様子は見られない、か。いや、妖怪への憎しみを抱いているうちは、目的が一致している。問題はーー)


 薄灰色の瞳が、もう一度、真っ直ぐに紙都の目を見つめた。


(ーー妖怪を憎めなくなったときだ)


 紙都は、まだ気が付いていない。自身の存在こそが今抱いている憎しみと矛盾することに。


(……いや、薄っすらとは気づいているのかもしれない。かつての俺がそうだったように)


 鎌倉はすっと目を閉じた。一秒も満たない短いその間、瞼の裏には幼い自分の後ろ姿が浮かんでいた。それを思い出させてくれたのはーー。


 再び瞳が開かれる。


「では話そう。妖怪を封じる方法を」


 蓮がスマホの画面から目を上げた。


「鬼神御言が書き残したように、南柳市に強力な呪術が掛けられていたのは間違いない。封印が解かれた後の妖怪の出現率が異常に高いのがそれを物語っている。さらに言えばここに二人も半妖がいるのが、その最も確かな証拠になるだろう」


 今度は真正面から蓮に目を合わせた。頷きながらこちらを見るその視線からは、熱心に話を聴いている、それ以上のことはわからなかった。


「理論上は、封印自体は簡単だ。四蘊結界か? 鬼救寺を中心にして東西南北に位置する封印を施せば、出現した百鬼夜行を再び封じ込めて、時折不可思議な現象が起こるくらいの平穏な地へ戻すことができる」


 吉良は、どうしても動揺しているのかさっきからチラチラと蓮の様子を窺っていた。止めるよう目で訴えるも、まるで気が付かない。


(……あとで指摘しなければならないな)


 鎌倉は吉良の横、仁王立ちして腕を組んで偉そうに立っている沙夜子に視線をスライドさせた。


「だが、技術的には難しい。封印を施すためには鬼神御言の結界陣の力が必要となる。それは、元々京にある京極家の(わざ)だが、その京極家は、事前に伝えた通り恐らくこの事態に動こうとしていない」


「……やっぱりそうなのね」


 沙夜子が怒気を含んだ言葉を投げつけた。元々大きな茶色がかった眸が、鬼の形相のそれのように見開かれる。


「ああ。レポートに書いてあると思うが、京極家の人員はある事件を境に激減している」


「ちょっと待って」


 右手を突き出して鎌倉の説明を制止させると、沙夜子はギョロっと吉良を睨んだ。


「あんた、レポート配ってないでしょ! 早く回して!」


「あっ、ごめん!」


 吉良は机に積んでいた紙の束を手に取ると、急いで部員へと配った。びっしりと詳細に書かれたそのホチキス止めされたレポートを一枚捲り、鎌倉は続きを話した。


「ここに書いてある通り、京極家はもはや当主がいない。当主代理の京極楓と柊という二人が一族を纏めているが、その数は数えるほどだとか。だが、理由はそれだけではない」


「そうね。人数だけで言うなら、私達だって似たようなもの。それにこっちには妖怪に対抗できるのが、あんたと紙都の二人しかいないけど、京極家には何人もいるんでしょ? 彼女らが来られないもう一つの理由は別にある。そして、それは御言さんに関わること」


 さすがに頭の回転が早い。頭脳だけで言えばこの面子の中ではずば抜けている。


「そうだ。ご明察の通り、鬼神御言はその事件の直後に京極家から姿を消している。噂に寄れば、鬼と駆け落ちしたとか、鬼と交わったために追放されたとか。その御言が住み、守ってきたこの地に駆け付けることは、京極家として躊躇いがあるのだろう」


「鬼と交わったとか、エロいな」


 話の腰を折るような発言に一瞬空気が冷え込んだ。それへ突っ込むのは、もちろん沙夜子。


「エロ犬! あんた、相変わらずね! これだけ大変な事態が起こっているっていうのに、そんな暢気なことをーー」


「お言葉ですが、沙夜子さん!」


 急にスイッチが入ったみたいに蓮は勢いよく立ち上がって机を軽く叩いた。


「人間の三大欲求は、食べる、寝る、する、ですよ! これらのどれが欠けても正常な判断は下せない! なあ、紙都!」


「実の父親と母親の馴れ初めを聞かされても気持ち悪いだけだ」


 紙都は蓮の方へ顔を向けることもなく、早口で述べると口を閉じた。


「つれないな~昨日も言ったけど、もう少し肩の力抜いた方がいいと思うぜ? 仇討ちの気持ちもわかるが、人生もっとポジティブに楽しむことも大事だろ! な?」


 その言い方はもはや懇願にも近かった。これまで一緒に住んでいて、最も紙都の変化を目の当たりにしてきたのが蓮なのだろう。だが、紙都はその叫びに気づく様子もなく、手に持った紙を苛立たしそうに無機質な床の上へと投げ捨てた。


「悪いが、今はそんなこと考えたくない」


「……紙都」


 沙夜子ですら声を掛けられないほど、紙都の周りには刺々しいオーラが纏わりついていた。


(……これは思った以上に、自分を追い込んでいるな。まあ、肉親を亡くせば誰だってこうなるか)


「鎌倉」


 冷たい双眸が鎌倉へと向けられた。


「早く教えてくれ。どうすれば妖怪どもをこの町から追い出せるんだ? 封印できないというなら、俺がこの拳で奴等を殲滅するだけだ」


「落ち着け。雑魚ならともかく、拳では勝てない強敵だっていることだろう。誰も封印が不可能だとは言っていない」


「封印は可能なの!?」


「可能性はある。紙都、幸いなことにお前は京極御言の血を引いている。それに鬼面仏心の持ち主でもある」


「……それが何か関係あるのか?」


「ああ」


 吉良のレポートから目線を上げると、鎌倉は前髪を左右に分ける。


「鬼面仏心の作り手も、京に住んでいたことが確かめられた」


「正確に言えば、過去に住んでいた、だが」


「それなら! そこに行けば新しく刀を作ってもらえるじゃない! 紙都!!」


 紙都の瞳は冷えたままだ。


「だが、簡単にはできないんだろう? それにあの刀が京極家とどんな関係があるんだ」


「鬼面仏心ーーいや、それ以外にも様々な妖怪に対抗する武器が、そこでつくられたらしい。当然、京極家とも古くから交流があったことだろう。それらの縁を持つお前が京極家へ赴けば、向こうはさすがに無下に帰すわけにはいかなくなる」


(あるいは、半分とはいえ、妖怪の血が流れているその身を拘束しにかかるかもしれないが、それならそれで関係が出来上がるわけだ)


 鎌倉の言葉を受けて、全員が紙都を注視した。どちらに転ぶとしても、紙都が京へ行かなければ何も始まらない。だが、声を発したのは、その隣の人物だった。


「でもそれって、かなり危険よね」


 鎌倉の目が細められた。


(こいつ……)


「紙都には半分鬼の血が流れている。それを理由に、紙都に結界陣を使いかねない。御言さんを追い出したくらいなんでしょ? どっちかというと、話し合いになるよりも対決になるんじゃないかしら」


「その通りだ。俺もそうなると思う」


「って、じゃあ、なんで最初から言わないのよ! 紙都が危険になるじゃない!!」


 腕を振り回して怒りを表現する沙夜子に向かって、鎌倉は冷笑を浴びせた。


「別に紙都がどうなろうが、俺は構わないからな。それに、京極家の支援が受けられない場合、それ以上の危険が待ち受けているだろ?」


「なっ、だからってーー」


「いや、いいよ沙夜子」


 紙都の口から明るい声が漏れ出た。心なしか柔らかな声色が、沙夜子の心配に応えるように言葉を紡ぐ。


「俺が行く。幸いなことに俺は、もう独りで身軽だ。数日間、あるいは一週間高校をサボったところで誰にも迷惑かけないだろ」


 誰もそのあとに言葉を付け足すことはできなかった。紙都が発した言葉が、心を抉るように迫ってくる。まるで切れ味の鋭いナイフが眼前に突き付けられたような。


 深まる夕暮れ時の沈黙を破ったのは、蓮のスマホの通知音だった。いつもの習慣で表示をタップすると、蓮はパイプイスを倒して立ち上がった。


「どうしたの!?」


「河川敷で人が死んだって! もしかしてーー」


「間違いない。妖怪の仕業だ」


 紙都はドアを勢いよく開けると駆けていく。


「紙都!」

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