15. 基本、貴族は感情で動かない side シルベスター
いつも感想と評価、ありがとうございます。私事がごたごたしておりまして、更新が遅れてしまいました。
ウキウキと楽しそうに妹たちの手を引き、サロンへ向かう義姉。ロアは、義姉に手を引かれていることに、少し戸惑っているようだ。僕としては微笑ましくて、大変結構。
「女性が楽しそうにしているのを見るのは良いね。3人義姉妹、仲良くなってくれれば、私も嬉しい。両家の結束もより強まるだろうし、良いことづくめだ」
「そうですね。好いた女性が笑っているのを見ると、それだけで男は気分が良い。単純だと言われるゆえんですかね?」
「かも知れないな」
「女性陣が席を外したところで、もう1人の事なんですが……」
彼女が、昔近所に住んでいた騎士の家の子である可能性を兄に伝える。すると兄は、
「思い出した。確かに、娘が帰って来ない、見ていないかと我が家にも聞きに来ていたな。ただ、あの家の者はその後、引っ越していて、どこに行ったかは定かではないんだ」
「それな。こんな目と鼻の先の孤児院にいたら、実家なんてすぐに分かりそうなもんなのに、分からねえまんま、別の家に養子に行ってるだろ? それが不思議で、ちょっと聞き込んで来たんだよ。そしたら、13年前に嫁さんが事故に遭って怪我をしたらしい。んで、その怪我が元ですっかり弱っちまって、療養のために引っ越してったんだと」
娘の行方が分からなくなって、運が悪い方へと転がり始めたか。
「とりあえず、引っ越し先を探すように手配はしてる。先がどうなるかは分からねえけど、家族の話は他人が口出しすることじゃねえだろ? 情報は多い方が良いに決まってる」
運ばれて来たサンドイッチに手を伸ばし、ライが言葉を切った。
ライの言う通り。本当の家族が見つかったとなれば、もう1人の選択肢も増える──かも知れない。可能性は、多ければ多いほど良いのだ。
「ヴィンス兄ィ、我が家とサンドロック伯爵家との婚約にどんなメリットが?」
「ウチのメリットは、古い家柄特有の血筋による、ツテ。それと、金銭面だ。4年前の大雨で領地の橋が幾つか流されてしまって、その修繕にかかった費用がな……」
「国から補助金は?」
「あるにはあったが、全てを賄えるほどではなかったんだ」
壊れた橋は大小合わせて7つ。その内、5つが前々から老朽化のため、架け替えか補修が必要だと言われていたのだそうだ。それを予算がないと、父が先延ばしにしていたらしい。
「その点を国に指摘されてね、補助金を削られた。その分、他の領に回されてね──」
「……商人や地主に寄付を募ったりはしてないんですか?」
ライが首を傾げると、兄はこれまた肩をすくめ、
「そんなみっともない真似ができるかと、突っぱねられた」
父は、領地と兄のことしか頭にないような人だが、必ずしもそれが結果に繋がっているとは言えないようだ。特に領地の事に関しては──。
「正直、我が家の家計は苦しいからな。とてもじゃないが、2人分のデビュー資金はひねり出せそうにないんだ。だから、お前の娘にするという案はこちらとしても非常に助かる」
兄はここで肩をすくめ、言葉を切った。リーブス男爵家も、懐事情は厳しいのだろう。
高給取りの兄ではあるが、養う家族がいるし、使用人だっている。貴族としての体面もある。
スーに言ったように、助けを求められても、助けられないのが現実だったのだろう。冷遇されていると分かっていても、これといった行動をとれなかったのが、その証拠だ。
「あぁ、そうそう。肝心なことを忘れていた。もう1人の婚約は、正式なものではなく、仮のものだ。せめて卒業するまではと、先方に掛け合ってね」
仮婚約にしておいて正解だったと、兄は息を吐き、カップに口をつけた。
「ということは、婚約を撤回しても違約金などは発生しないと──?」
「法的にはね。しかし、禍根を残すことにはなりかねないから、何らかの形で返しておくにこしたことはないだろう。先方の弱みは奥方の虚弱体質が原因による社交面の弱さ──」
「じゃあ、俺からも。サンドロック伯爵は、子飼いの傭兵をなくしたばっかりだから、ウチに口利きするとかでも、良いと思うぞ」
「どういうことだ? ライ」
「シールとヴィンスさんは知らないか。実は、サンドロック伯爵家の分家に傭兵家業をしてた家があるんだが、当主が負傷しちまって、家業に支障が出てるらしい」
「今まで自前で何とかできていた武力面でも、不安を抱えているのか」
「それは知らなかったな。ということは、先方は、仮婚約をした当時よりも、より強く人脈を必要としているわけか」
義姉エイプリルと彼女の実母アデラー子爵夫人は、社交界。兄は王宮。僕は薬やその素材。それに、ライとの繋がりもある。
「──改めて上げていくと、我が家は凄いな。この人脈があれば、持参金の低さ、新興貴族であること、もう1人の出自の不確定さというデメリットを十分補えると考えたんだろう」
さらに、僕がダンジェ伯爵家を継ぐことになったので、ホーネスト伯爵家に直接繋がる縁が増えた。嫁の母親の実家よりも、嫁の兄が継いでいる家という方が、距離は近い。何より、新興貴族に分類されるホーネストと違って、ダンジェは名門の家柄である。
「……なあ、もう1人の縁談がご破算になるみてえに聞こえるのは、何でだ?」
「ああ、ライはいなかったな。自分の立場も弁えずに、スーをないがしろにした上、どこに出しても恥ずかしい令嬢になっていたから、ヴィンス兄ィたちに見放されたんだ」
「サンドロック伯爵家との婚約は、完全な政略だ。当人同士に気持ちがあって、もう1人の心がけ次第では、こちらとしても様子を見るくらいはしてもいいと思うんだが……」
「当人同士に気持ちはない、と──」
「そのようだ。あの娘は、自分で自分のカードを弱くしていくのだから、手に負えない」
兄は肩をすくめ、深々とため息をついた。縁を切るのは、あくまで将来の話。父が存命である内は、もう1人がホーネスト伯爵令嬢のカードを持ち続けることに変わりはない。
「こうなると、一体何を考えてるんだって、親父さんを一発ぶん殴りたくなりますね」
「最近、もしかしたら父上もどこかおかしいのではないかと疑っているよ。あぁ、そうだ。念のため聞いておくが、お前ともう1人の関係についてはどうするんだ?」
「どうもこうも、僕は全く面識がありませんからね。縁自体がありませんよ」
当然、レオン・バッハと彼女も無縁である。
「彼女の嫁入り先を見つけるのは、私の仕事ではないが、厳しい婚活になるのは目に見えているな」
ため息しか出て来ないとは、このことだ。サンドロック伯爵家との縁が撤回されれば、その理由が理由なだけに、貴族との縁は望み薄になる。となると、一代貴族か、医者、弁護士。あるいは裕福な商家あたりか。どちらにしろ、厳しい事に変わりはない。
「宣伝する人間も売り込む人間もいないんじゃなぁ……門外漢の俺でも分かる」
社交界というところは、デビューしたからと言って、ポンと出て行けるようなところではない。まずは、宣伝と予告。──招待してね、というアピールだ。それから、身内や近所を相手に予行練習をし──招かれた先で粗相をしては、次に繋がらない──本番となる。
母は、社交界から少々距離を置いていて、今は義姉がホーネスト伯爵家の社交を担ってくれていると聞いていた。彼女から見放されたら、分家もないホーネストには、もう1人の面倒を見る人がいなくなる。
戸籍上、祖母にあたる前ダンジェ伯爵夫人、つまりは僕のばあ様も、スーをないがしろにしていると知れば、面倒はみないだろう。僕自身、もう1人の身内になるので、悪く言うつもりはないが、売り込むつもりもない。当然、義姉の実家もあてにするだけ無駄だ。
社交界では、未婚の女性だけを招待することはない。必ず、既婚の保護者とセットで招待されるわけだが──もう1人については、今言った通り。
彼女には不幸になってほしい訳ではないが、こちらとしても譲れない一線があるわけで。それをきっちりと守ったなら、こういうことになるわけだ。
彼女が自分を取り巻く現実を正しく理解し、態度を改めない限り、環境の改善は見込めないだろう。こちらから、環境改善を促すつもりもないし。
それはともかくとして、スーを養女として迎える以上、スーの嫁ぎ先を探すのは僕の役目になる。まだ先とは言え、さて、どうしたものか。誰か良い相手は…………
「っと、そうだ。シール、学院からの特別講師依頼、あれ断ることにしたぞ」
……………
「な、何だよ?」
目が合ったからって、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
「いや、君にも講師依頼がいっていたのかと思って。僕の方にも来ていたけど……そうだな。僕も断ることにしよう」
「ああ、それから、名前も使うなって言っとけ。俺の名前を使って学院から、ウチに無茶な依頼が何度か来てたらしいから。何かあってからじゃ、遅いだろ」
「それはまた……ずいぶんと図々しいな」
兄が眉を持ち上げ、目を見張る。僕も同じ気分だ。
本人に断りもなく、勝手に名前を持ちだすなんて、あり得ない。──そういう姿勢が、イジメを野放しにする風土を作り上げたのかもしれないな。とにかく、学院とは今後関わらないようにすべきだと僕は結論づけた。
もちろん、その前に締めあげるところは締めあげるとも。スーが何も言わないので、僕たちは情報収集に徹していたわけだが……その成果を披露する時がきたわけだ。
付け加えれば、義姉に渡した生徒リストも、締めあげるための材料である。




