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14 着替えはご入用でしょう?

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「まあ、レオン・バッハには仕立屋もいらっしゃるの?」

 ライオット様のために新しく椅子が持ち込まれ、彼もテーブルにつく。

「ええ。どこの隊にも専業、兼業は別にして大抵所属していますよ」

「300人の大所帯ですから、針の需要は少なくないようです。実はロアの衣装も、彼の所の仕立屋にお願いしています」

「まあ! そうなの?! 実はさっきから、気になっていたのよ」

 兄の言葉に義姉が軽く目を見張った。



 視線はそのままグロリアへと移り、その衣装をよく見せてちょうだい、とリクエストが入る。それに答える形で、グロリアが席を立った。今日の彼女の衣装は、ツーピースのチャイナドレスだ。

 ブラウスのように体の中心でボタンを留めるタイプのジャケットは、前から見ると腰骨のラインまでの丈。でも、後ろから見ると踝のあたりまである。色も、アイスブルーから濃いブルーへと変わるグラデーションで、発色がきれいだ。ジャケットの袖から見える、少し長めのレースが女性らしい。ボトムはフレアパンツのようになっていて、裾には蝶と鮮やかな花の刺繍がしてあった。



「この衣装、シール兄様の趣味だそうですよ」

 わたしが言うと、義姉はますます目を輝かせて、

「まあ、素敵! 私が言うのも何だけど、あなた方、とってもお似合いだと思うわ」

「そうだな。なあ、ライ。その仕立屋は、外部からの注文は受けていないのかい?」

「受けている者もいますから、良かったら紹介しますよ。ちょうど連れて来てるんで」

「まあ! 本当に?! でも……どうして?」

「ステラの衣装が足りないってことだったんで、連れて来たんです」

 ライオット様の返事に、義姉の目がギラリと輝いた。



 それを見た長兄は、ため息をつき、「エル、ほどほどに頼む」

 何やら疲れたようなお声。──女の長い買い物に辟易している男の顔と声だわね。

「良ければ、彼女たちは私から紹介しましょう。構いませんか? ライオット」

「おう。その方が助かる。頼むわ、グロリア」

 ──ということになった。話がまとまると、義姉はにっこにこ。楽しみでしょうがない、といったお顔になっている。



 楽しそうなのは良いのだけれど……これからを思うと、ちょっと気後れするわ。だって、買うのはわたしの衣装なんでしょう? もしかしたら、義姉の衣装も頼むかも知れないけど──不安だわ。魂飛ばさないでいられるかしら? わたし。

「あ、そうだ。エル義姉さま、空いた侍女たちも同席させたいのですが構いませんか?」

 衣装選びに参加してきゃっきゃ言いたいって、語っていたものね。わたしが言うと、

「かまわなくてよ。楽しみは、皆で共有しないと──!」

 義姉は、ウッキウキ。満面の笑みで承諾してくれた。気力と体力が試されそうな予感。うん。気合を入れるためにも、ブランチはしっかりとらなくちゃ。





「今日はお招きいただき、ありがとうございま~す」

 ブランチの後、仕立屋さんが待っているというサロンへ義姉2人と来てみたけど……

「クッキーです」

 と自己紹介して下さったのは、小柄なリスの獣人。続いて人間の男性が、

「サバランよぉ。よろしくお願いするわねぇ」

 バッチン☆ と特大のウインクもくれた。恰好からそんな予感はしてたけど、オネエだ、この人。ブラウスのフリルが凄い。逆にクッキーさんは、ショートパンツでボーイッシュ。



「はいは~い。早速で悪いけど、ステラちゃんはサイズを測りましょぉね~」

 挨拶もそこそこに、わたしはクッキーさんの手によって、事前に持ち込まれていたらしい、パーティションの後ろへ連れ込まれてしまった。

「え?! あ、あの?」

 こちらが何かをたずねる暇もなく、服を脱がされ、採寸が始まる。何て早業!



 一方、パーティションの向こうでは、サバランさんたちが──

「それでぇ? グロリア。何がどれだけ足りないワケェ?」

「何もかも、としか聞いていませんね」

「あらま。それは大変ねぇ」

 ケラケラ笑うサバランさん。大変ねぇと言いながら、ちっとも大変そうには聞こえない。むしろ、楽しそう。ただ、この人、声が野太いから、声音と言葉遣いのギャップが凄い。



「ステラ、あなた……っ! そんなに足りていないの?!」

「えぇと……すみません、エル義姉様、足りる、足りないの基準が分かりません……」

 義姉の非難めいた口調に、何故か申し訳なくなりながら答えるわたし。そこへすかさず、クッキーさんから、俯かない! と指導が入る。厳しい……。

「侍女たちによると、伯爵令嬢にしては足りない、ということらしいですが……」

「ああ、そういうこと。びっくりしたわ。でも、一度にそんなに沢山は作れないでしょう?」

「心配無用ですよ、男爵夫人。あたしたち、レディ・メイドも取り扱っておりますから」



「そうなの?」

 レディ・メイドというのは既製服のこと。こちらではいまだ主流ではないけれど、前世のわたしはそっちの方が当たり前だった。義姉も、レディ・メイドの存在は知っているようで、

「でも、あれは好みの物が見つからないと聞くわ。それに、着心地も今一つなのでしょう?」

「手がけている職人の数がまだ少ないので、自分の好みに合うドレスを見つけるのが、難しいだけですわぁ。着心地もぉ、情報不足による買い間違いが主な原因だと思いますよぉ」



「好みに合わなければ、後でリボンやレースを付け足していただいても、ちっとも構わないんですよ。でも、お客様にはそういう発想がないみたいで……」

「まあ、そうなの? レディ・メイドはそれで完成品だと聞いていたから、手を加えるのは良くないと思っていたのだけど……それは単なる思い込みで、実際はそうじゃないのね」

「もちろん、手を加えられたくない職人もいるでしょうし、逆に手を加えにくい物もあるでしょうから、一概には言えないかと思います。ですが、買われた時点で所有権は移りますから、好きにしていいと思いますよ」

「グロリアさんの言う通りね。それはそれで、センスを問われそうだわ。新しい楽しみね」

 義姉の声が、ものすごく弾んでいるわ。



「重ねて着ても、雰囲気が変わるんですよぉ。シールが面白い布を開発してくれたんで、それを着てからだと、真夏に3枚くらい重ねても、わりと快適にすごせますしねぇ」

 何ソレ!? 前世で知られた、機能性インナーも真っ青の快適アイテムがあるの?! 冬バージョンだと、1枚ですごく温かいというインナーがあるんだそうだ。兄、すごいわ……!

「ええと、とりあえず見本を出すわねぇ。ブラウスとスカートとワンピースドレス……」

「まあまあ! あなた、その鞄、魔法具なの?」

「ええ。これがあるから、レディ・メイドをやってみようっていう気になったんですよぉ」



「そこはシールのお蔭ですね。依頼主と一緒に、ドレスを作るのもそれはそれで楽しいけれど、自分好みのドレスも作りたいっていう、ボクたちの望みが叶えられましたから」

 はい、採寸終了。ポンと背中を叩かれ、着ていた服を着なおすように言われた。

「サバラン、あまり一度に出されても、目移りしてしまいますから、まずはブラウスだけお願いします」

「それもそうねぇ」

 グロリアの提案にサバランさんが頷いた時、サロンのドアがノックされた。義姉が返事をすると、手の空いた侍女たちが来たらしい。



 義姉が入室を許可すると、

「あらあら。ミセス・ノーヴェ。あなたまでいらしたの?」

「楽しみは分け合うべきだと思いますわ。それに、針の手伝いもあるかと思いまして」

「御針箱を持参してまいりましたっ」

 あ、ディセルもいるのね。

「それ! 助かるわ~」

 嬉しそうなサバランさんの声。



 部屋はあっという間に賑やかになった。服を着なおして、パーティションから出れば、

「ブラウスだけでこんな……もう、足の踏み場がないじゃないですか……」

「だってぇ、もうすぐ暑くなるから、半袖や七分袖あたりもあった方が良いでしょう?」

 サバランさん、クネクネしない。ちょっと気持ち悪いですって。見た目は悪くないのに、何でそんな残念系なんです? 



「ステラは、どんな服が好みですか?」

「カワイイ系よりはシンプルな方が好きです。レースとかフリルはちょっと苦手で──」

「え~っ?! そうなんですか? じゃあ、お嬢様のお好きな模様って何ですか?」

 不満そうね、ディセル。好きな模様……花柄よりは、ストライプとかチェックの方が好きかな。後、ぴったりサイズよりも、少しゆったりと着る方が好きね。

「なるほどねえ」

 鞄から服を取り出すサバランさんの手は、まだまだ止まりそうにない。

 ……その鞄、どれだけ入ってるんですか?

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