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10. 何事も事実確認と段取りが大事 = side シルベスター =

いつも感想、評価ありがとうございます。

「旦那様っ! あの子、可愛すぎやしませんかっ?!」

 夕食の後、スーは実家から回収してきてもらった物を片付けるため、自室に戻って行った。

 10年という長い時間を埋めるためにも、しばらくの間、仕事は必要最低限にとどめて、スーと一緒に過ごす時間を取ろうと思う。

 それだけじゃない。半年もすれば妹も16になる。社交界デビューの準備を始める時期でもある。将来のことをどう考えているかによって、僕の動き方も変わってくるのだから、その事についてもきちんと話し合わなくてはいけない。



 スーのデビュー計画については、ロアだけでなく、ばあ様とも相談する必要がある。兄のヴィンセントや義理の姉という、心強い味方もいるので、プレッシャーはない。

 ただ、ロアがスーのことをどう思うか、少し心配していたのだが

「つみれを口にした時の、あのほにゃほにゃした顔と言ったらっ! 全身からピンク色の小花が飛び散っているのかと思いましたよ!? 思わず、目をこすりそうになりましたっ」

 この調子なら、大丈夫。気兼ねなく相談できる。



「旦那様とライオットが、羊娘と呼んでいた訳が分かりました。あのほにゃほにゃしたかわいらしさ……っ! 抱きしめて撫でまわしたくなりますっ」

 第一回スーの進路会議を開くべく、僕たちは、プレイルームに移動した訳だが、僕のロアはさっきからこの調子。全くその通りなのだが、妹を可愛いと言って、興奮しているロアも可愛い。



 愛しさが溢れて衝動のまま無言で抱きしめれば、

「ちょ?! だんっ、旦那様!」

 離してくださいと、興奮から覚めたロアに、胸元を叩かれた。

「何やってんだ、お前ら」

 キッチンに行って、氷と水を取って来たライが呆れ声で言う。



「スーが可愛いとはしゃぐロアが可愛くて」

「旦那様っ!」

 抗議の声は、聞かなかったことにしよう。耳まで赤くなっているロアは、本当に可愛い。



「グロリアが可愛いかどうかはともかく、スーが可愛いのは認める。昔とちっとも変ってねえもんな。安心していいのか、逆に心配するべきなのか、悩むとこだけどよ」

 頷くライも、スーを可愛がっていたクチだ。自分の妹は、デカくて生意気、可愛げがない、小憎たらしいと散々なのに、スーのことは猫可愛がりしていた。



 氷入りのアイスペールと水入りのピッチャーをテーブルに置いたライは、その足で部屋の隅に置いてあるガラスキャビネットのドアを開ける。少し視線をさ迷わせ、ウィスキーとブランデーの瓶を1本ずつ、取り出した。

 勝手知ったるナントヤラと言いたいところだが、このキャビネットと中の酒は、全部ライの物だ。彼が勝手に置いているのである。むしろ、勝手知ったるは僕の方。時々、勝手に貰っている。

 ウィスキーを好む僕とライ。僕の好きな飲み方は彼も知っているので、特に注文を付けなければ、僕の分はハーフロックでいれてくれる。ライは、ロックだ。

 ブランデーは、ロアのお気に入り。大抵はストレートで飲むので、ライはグラスにブランデーを注ぎ、それを渡した。



「しっかし、何だってあんな雰囲気の悪い家になっちまったんだろうな? お前、実家に挨拶に行った時、何とも思わなかったのか?」

 グラスを数回、ゆっくり回してから、ライがウィスキーに口をつける。僕もグラスに口をつけ

「そんな訳ないだろ? びっくりしたさ。何だ、この家は?! と叫びかけたぐらいだ」

 本当に、ここが我が家なのかと驚かされた。あまりにも居心地が悪いので、両親への挨拶もそこそこに、仕事が残っていることを言い訳にして、さっさと帰って来てしまった。



「あの家があんな雰囲気になった理由は分からないが、スーがあの色に染まらなかったのは、なるべく部屋から出ないようにしていたからだと思う。スーの所へは、ヘルメスを定期的に通わせていたことも大きいだろうな──」

 ヘルメスは、嵐の精霊だ。水と風の属性を持つ彼は穢れや澱みを洗い流し、吹き飛ばす力を持っている。スーの部屋を訪れる度、彼はスーと妹の部屋を浄化してくれていたのだろうと思う。勿論、本人は何も言わないけれど。



「…………契約したからって、お前の完全支配下にあるわけじゃねえんだっけ?」

「そうだよ。彼らは、僕のワガママに付き合っても良いと言う約束をしてくれたんだ。支配なんて、していないし、出来る訳がない」

 僕は8人の精霊と契約をしているけれど、彼らを支配しているとは欠片も思っていない。優先されるべきは、彼らの意思であり、僕の意思ではないのだ。



「こっから先は聞かねえ方が、幸せでいられるような気がするから、聞かねえ。で、それはそれとして、これからどうすんだ?」

「ステラを養女になさるのでしょう?」

 ライが聞いているのは、養女にした後の事だろうが、情報の共有は大事だ。僕は頷き、

「ばあ様と父上、ヴィンス兄ィには手紙を書いた。ばあ様には、精霊便での配達を頼んだから、今頃は手元に届いているだろう。ヴィンス兄ィには遅くても週明けには届くはずだ」

「速達で出しましたので、明日には届きますよ?」

 ロア……。助かるがね。ライが「お前、いつも以上に仕事早ぇな」少し呆れていた。



「ヴィンス兄ィもばあ様も、反対はしないと思う。父も、ヴィンス兄ィが承諾したことを否とは言わないだろう。スーを家から出しても、領地には何の影響もないから」

 あの人は、昔から兄と領地しか見ていない。僕やスーはもちろん、自分の妻にも興味がないようだった。僕が特例でダンジェ伯爵家を継ぐことになっても、父は「そうか」と頷いただけ。あの人は──母もそうだが──僕らの『親』であったことは一度もない。



 小憎たらしい子供だった僕は、早々に親の愛を望むことを諦めた。そんな不確かなものを求めるより、この世に溢れている不思議を知り、解明することの方が楽しかったのだ。

 自分で言うのも何だが、本当にこまっしゃくれた子供だったと思う。

 そんな僕を気味悪がることなく、疎むこともなく、可愛がってくれた兄には、本当に感謝している。これが逆の立場だったら、間違いなく距離を置いて、関わり合いにはならないようにしていただろうと、自分でも思うのだから。



「ヴィンスさん、許可してくれると思うか? ホーネスト家の問題なんだから、自分のところで引き取るとか言わねえ?」

「ソフィアがいなければ、言ったと思う」

 つい先日生まれたばかりの姪だ。先週、遅ればせながら兄へ帰国の挨拶をしに行った時、顔を見てきた。髪や目の色、雰囲気は義姉に似て、目鼻立ちは兄に似たようである。

「ただ、それで問題の解決になるかというと……何も解決しないと思う」

「確かに。学院をやめたところで、あっちにしてみりゃ、それみたことかってもんだろうな」

 ビリヤード台にボールをセットしながら、ライが頷く。



「何より怖いのは、ステラの悪い噂が広まって、社交界で肩身の狭い思いをしなくてはならなくなることですね。今はデビュー前ですが、どうなんでしょう?」

「義姉が動いてくれているとは思うが……確認した方が良いだろうな」

 ヴィンス兄ィの奥方は、名をエイプリルと言い、社交界の実力者の1人、アデラー子爵夫人の娘なのだ。義理の妹、義理の孫が悪しざまに言われることを放置するような人たちではない。

 はっきりと手紙には書かれていないが、水面下で敵味方の選別を行っているような雰囲気が、ひしひしと伝わってくるのだ。その様子を想像するだけで、背筋に寒気が走る。



「社交に関しては、ばあ様はもちろんだが、義姉とアデラー子爵夫人に頼る部分も大きいだろう。なんせ、社交に関しては、僕らは3人共ずぶの素人だからね」

「あ~……そうな。情報は仕入れられっけど、ウチはそこまでだからなぁ。第1とか第10あたりなら、手慣れてっかもしれねえけど」

 彼が籍を置くレオン・バッハがどんな組織なのか、僕もよく知らない。知っているのは、縁のある第8中隊のことだけだ。多分、彼が口にした2つの隊は、社交にも精通しているということなのだろう。



「どちらにしろ、スーが先のことをどう考えているのか、きちんと話し合う必要があると思う。スーの口ぶりだと、学院に通いたいのだとは思うが、環境は良くない」

「お前の養女になったって、環境は変わらねえだろうしな。ってことは、何で学院に通いたいのか、ってことか。そういや、そこまで話は聞かなかったな」

「場合によっては、学校を変わることもある、ということですか?」

 ビリヤードのキューを配りながら、ロアが首を傾げた。



「その方がいいんじゃね? スーの性格なら、王子に近づきたいとか言わねえだろ」

 今、学院にはライの言う通り、第三王子とその側近が通っている。そのため、学院には彼らとお近づきになりたい貴族がこぞって通っているそうだ。

 僕らの代も、第一王子が通っていたから、そういう生徒はかなり多かったようである。僕は第一王子なんてどうでも良かったので、気にしていなかったが。



 コミュニケーション能力には、若干の欠陥を持っている僕だが、ライオットが側にいてくれたこともあり、学院時代に出合った何人かとは、今も交流が続いている。

 彼らを通して、学院の生徒に妹のことを頼んでいたつもりだったのだが、こちらは効果なしだったようだ。彼らの身内とステラが懇意にならなかったことは、残念だとは思うものの、その程度のことでしかない。僕自身そうだったように、気が合わないのに無理して交流を持つ必要はないと思うのだ。

 しかし、それとイジメは別の話である。



 僕は、腸が煮えくり返るほど怒っているのだ。

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