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第79話 流石に間違って女湯に入ってしまった人はいないよね

 スマホ片手に計画を立てていると、「ドンドン」とドアのノック音が聞こえてきた。

 赤槻がドアを開けると、そこには二部崎先生の姿があった。


「おーい、きみたち! 風呂、入りにいかないか?」


 そうだった……。

 色々ありすぎてすっかり忘れてしまったが、俺たちはまだ風呂に入っていない。


「そういえば、まだ入っていなかったわね」


 赤槻も俺と同じで、忘れていたようだ。


「だよなあ。俺たち、色々あったから忘れていたよな」

「そうね。確かに汗臭くなっているわね。どれくらいかというと……」


 赤槻は徐に、自分の靴下を脱ぐ。

 ……身体に刻まれてしまったのか、瞬時に身体が粟立つ。

 その悪寒が現実になったように、赤槻は俺の鼻に靴下を押し付けた。


「うぎゃおえぶわ!」


 その激臭に言語化できない叫びがこだました。

 これが赤槻の汗と涙の結晶なのか!


「これくらいね」

「ケロッと言うな! 一人の人間の寿命が縮まるところなんだぞ!」


 俺の鼻に臭気が残る中、着替えを持って大浴場へと向かった。

 そしてあることに気づいた。


「そういえば、九重さんの姿が見えませんけど」

「久中は栗原亜玖里さんのことでボランティアスタッフや親御さん、警察の人たちで色々と話すためにホテルを離れている。ことがことだけに、しばらくは戻ってこないだろう」

「そうですか」


 大人は責任が発生するから、やっぱり色々と大変だな。

 とはいえ、亜玖里さんが助かったので、改めてホッとする。

 よし、風呂入って、色々とすっきりしよう。


「しっかし、外でお風呂入るのなんて、いつぶりだろうな~。俺なんか多分、小学校以来だぜ」

「ぼくもそれくらいだね」

「我は魔力を回復させるために、頻繁に利用するぞ」

「温泉ってそんな効能もあるのかよ! 万能だな!」

「私、行ったことないわね」

「マジかよ、赤槻……。それ人生、損しているぜ」

「見ず知らずの人間と同じ水を共有するのが嫌なのよ」

「これまた、すげえ考え方だ……」

「だから、わりと乗り気ではないわ。なんなら部屋のシャワーでいいくらい」

「たまにそういう人いるけど、もったいなさすぎるだろ。目の前に豪華な大浴場があるのに、部屋のちっぽけなシャワーで済ませようとするのって。例えるなら……そうだな、ソフトクリームがあるのにコーンだけ食べるようなものだ」

「ごめんなさい。貴方の例えが壊滅的すぎて何一つぴんと来ていないわ」

「それは自覚しています……。せめて例える勇気を持ったことを評価してくれるとありがたいっす……」

「そこは安心しろ、赤槻。ここの大浴場は宿泊客しか利用できないから、人は多くないぞ。もしかしたら、貸し切りかもしれないぞ」

「二部崎先生の言う通りだ。ホテルの大浴場なら問題ないと思う」

「それなら変な人が居なさそうなので安心だわ」

「その発言でどうして俺の方をチラ見する?」

「偶然、貴方が目に入ったのよ」

「必然だろ、絶対」

「なあなあ。ここの風呂には、露天風呂はあるのか? 我は露天風呂が好きなのじゃ。魔力の回復量が二倍増し!」

「あるんじゃないか? 待っていてくれ、今、調べるから」

「比屋根。あんまりうちの二部崎先生の手を煩わせないでくれ」

「うん? 青山? 今、“うちの二部崎先生”って言ったか?」

「はい、言いました」

「私のことが大好きなのは伝わるが、その気持ちに応えられそうにない。もう少し私が若ければな」

「えっ、行けたんすか⁉」

「ゼロではないがな」

「すみません、どこかにタイムマシンってありますかね?」

「貴女、担任の先生を狙うなんて、普通にキモいわよ」

「正論パンチ、身に沁みます」

「おっ、露天風呂あるみたいだぞ。良かったな、比屋根」

「よっし!」

「しかも、海が一望できるみたいだぞ」

「なんと⁉ まさしく極楽浄土!」

「比屋根の言う通りだな。がぜん楽しみになってきたぜ!」


 会話を弾ませていると、急に皆が俺を白い目で見てきた。


 ……あれ、また俺なにか、やってしまいました?

 いやいやいや、今の会話で誰かを傷つけたり、不快にさせたりはしていないはずだ!


 ノットギルティ、ノットギルティ!

 俺は、心の中で必死に無実を訴えるが、ようやくその罪を自覚した。

 会話に夢中で注意力が散漫になったせいで、とんでもない過ちを犯していることに気づかなった。

 直前のシーンに、頭だけさかのぼる。

 俺は確かに潜ってしまっていた。

 男の存在を否定する真っ赤に染まる暖簾を……。


 募るところ、俺は気づかぬ間に、女湯に潜り込んでしまっていたのだ!

 連れ全員が女性で、会話に夢中で注意力が落ちてしまったことによる、偶然が重なって起きた最大級の大罪。


「思ったより警察のお世話になるのが早かったわね。性犯罪者さん」


 指をぽきぽき鳴らし、女性離れした筋骨を見せびらかしながら、赤槻女史がこちらに近づいてくる。


 ああ、これ人生、終わったわ。


「あの……その……これはワザとではなくて……間違ってしまって……」

「早く消え失せろ!」

「ぶがあ!」


 赤槻は俺のみぞおちを蹴り飛ばす。

 バトルアニメばりに吹っ飛んだ俺は、見事に赤暖簾の外へ弾き飛ばされた。

 指をぽきぽき鳴らしていたからてっきり拳で来ると思った矢先の、蹴り。

 完全な不意打ちである。


「じゃあな」


 バトルアニメのライバルキャラみたいなセリフを吐き、赤槻は去っていく。

 赤槻を追うように、俺のことを白い目で見ながら、皆も去っていった。

 取り残されたのは、俺というバカ男、一匹だった。

 何とも虚しい気持ちになりながら、今度こそ男の存在を赦す青い暖簾をくぐった。


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