第78話 アイスコーヒーを作るには熱湯を注がないといけない
「そんなことが……」
「あったのじゃな……」
宿に戻った俺と赤槻は、部屋で待っていた笛吹と比屋根に報告した。
二人は心底、驚いている様子だった。
無理もない。ボランティアの時にいた子どもが命を絶とうとしていて、それを俺たちが止めた、なんて、簡単に受け止められる話ではない。
当事者の俺でさえ、実感が湧かない。
「でもまあ、解決したので、オールオッケーということで!」
俺は彼女たちにサムズアップで答えた。
「しかし、凄いではないか。自殺を止めるなんて《アオハル救助隊》の最上級任務達成ではないか?」
「流石はヘルケルベロスとレッドクリムゾンじゃな。我の想像をはるかに超える成長スピード!」
「褒めるのはよせやい」
「調子に乗るな!」
赤槻にチョップされた。
……普通に痛いんだけど。
割と本気でやりやがった、この女。
「いってえ! せっかく人が悦に浸っている時に……!」
「貴方、置物だったわよ。ほとんど私が説得したのをもう忘れたの?」
「なんだと! いや、否定はできない……」
確かに、亜玖里さんの心を動かしたのは、八割方、赤槻の言葉だろう。
そう考えると、結局、自分の力ってちっぽけなものだと再確認。
部長と名乗っているものの、俺はどこまでも、どうしようもない人間であり、周りの仲間に支えられているのだと実感する。
「まあまあ、ブラックポーションを淹れるからちょっと待っていろ」
「はい?」
比屋根が用意したのは、ホテルの部屋に置いてあった何の変哲もない粉末コーヒーだった。
「普通にコーヒーって言えないのか、お前は」
「まあまあ、召し上がれ」
「お言葉に甘えて、頂きます。……って、ごほっ!」
コーヒーを口に含んだ瞬間、反射的にせき込んでしまった。
「この我が直々に淹れてやったのに、不敬であるぞ!」
「いや……ちょっとお前、粉末が溶けてねえじゃねえか! 塊が胃にボッシュートされちまったぞ⁉」
「ぬぬ。どういうことじゃ? 溶けるのではないのか?」
「これ、お前、直接冷水に淹れただろ! 普通、熱湯じゃないと溶けないんだよ、コーヒーの粉末は!」
「じゃあ、アイスコーヒーが作れないではないか!」
「アイスコーヒーは熱湯淹れてかき混ぜた後に、氷淹れるの!」
「なるほど! 氷魔法か!」
やいのやいの言い合う、この日常に俺は改めて感謝する。
生きることの尊さを感じた俺は、この一瞬、一瞬の、『青春』を嚙み締めながら、前に進んでいこうと思う。
「よしっ、お前たち、何かを忘れていないか?」
俺は両手をわざとらしく広げ、皆に尋ねる。
「は、何よ?」
「何も忘れた覚えはないぞ」
「はっ! オンライン大会に向けての練習が!」
「違うわい! 明日の予定だ、予定! 明日こそ正真正銘の旅行だからな! 忘れてもらっては困るぜ。さあ、明日の予定を決めようではないか!」
俺の提案に、三人は情けない返事をしやがった。
「疲れたからずっと寝ているわ」
「この拠点で帰るまで過ごせばいいじゃろう」
「オンライン大会に向けた練習あるのみ」
「何言ってんだよ、お前ら! というか、亜玖里さんが明日、参加するの知っている赤槻が、そんなこと言ったら絶対ダメだろ!」
「冗談よ、冗談に決まってるじゃない。はあ……冗談が分からない男はモテないわよ。あ、元からモテない貴方にとっては、この脅し文句通用しないわね」
「うるせ!」
俺と赤槻のやり取りに、笛吹が首を傾げる。
「亜玖里さんが参加するってどういうことだい?」
「うん。そのことなんだけど、なんと明日、一日限定で亜玖里さんが俺たちの旅行に参加します! わー、パチパチ」
「それならば、明日、亜玖里さんをこの部屋に招待して、皆でテレビゲームをするのはどうだろうか? せっかく持ってきたのだし」
「まだ、インドア決め込む気かよ! この陰キャ共!」
「冗談に決まっているだろ。まったく……冗談が分からない男は――」
「それ、さっきも聞いたよ! 曲みたいにリピートを始めるな!」
「ほう、アグリスタも我がパーティに加わるということか。面白い」
「こら比屋根、いきなり亜玖里さんに変なあだ名付けるな」
「でも、アグリスタは正直、ちょっとセンスいいわね」
「じゃろ! やはり我の味方は貴公だけじゃな、レッドクリムゾン」
「赤槻ってなんか比屋根に甘いよな。……正直、俺もその名前はセンスあると思った」
「じゃろ」
「というか、そのセンス、もうちょっとヘルケルベロスに分けてくれよ」
「ヘルケルベロスはヘルケルベロス。唯一無二!」
「比屋根は頑固なところあるな」
などと、いつもの、台本に起こしたら何の意味もない会話を続けている。
日常に戻った感じがして心地が良い。
「よし、これから、部長である俺自身が《アオハル救助隊》の依頼を出す。亜玖里さんを楽しませるような、プランを考えてくれ!」
その提案に、ようやく三人は心地の良い返事をしてくれた。
「その依頼、受注しよう。報酬はいくらかな?」
「貴公の願い、この万年の魔女が特別に受けてやるぞ」
「仕方ないわね」
俺たちは自分のスマホを手に取り、各々が行きたい場所を探し、プランニングする。
こういうのも青春の一部分だろう。
「ここ、ワイファイ繋がるかい?」
「ちょっと待ってろ、今調べる」
「パスワードが、かかってるわね」
「ならば我に任せろ。封印の解放は得意分野。あったぞ、このファイルに封印を解除する暗号がある」
「でかしたぞ、比屋根」
「ワイファイあるホテルは神だな。ぼくがホテルに求める一番の機能は多分、ワイファイの有無だ」
「現代人はもうその域まで達してしまったのか」
「ねえ! ワイファイってどうやってやるのよ! 教えなさい!」
「ここに原始人がいること忘れてた⁉」
「誰が原始人よ! この原始人顔!」
「えっ、俺のこと言ってる……?」
そんなこんなで……。
俺たちは納得するまで、亜玖里さんのために、遊びの計画を立てたのだ。




