第71話 人を救うのに理由なんていらない
やっとの思いで、灯台に辿り着くと、灯台の灯りに仄かに照らされた、少女の姿があった。
暗がりの後ろ姿ではっきりは分からなかったけれど、その少女の名は栗原亜玖里さんであると、俺の心が直接そう告げていた。
彼女の態勢はかなりショッキングなものだった。
両手でガッチリと柵を掴み、身を乗り出そうとしている。
誰がどう見たって、“危うい”ことをしているのは一目瞭然だった。
「栗原亜玖里さん……!」
だから俺は反射的に叫んだ。
少女の名を。
救えなかった少女の名を。
今度こそ救うために。
彼女はゆっくりと振り返った。
そして、俺と赤槻の姿を確認した。
同時に、俺と赤槻は彼女が栗原亜玖里さんであると確信する。
亜玖里さんは、瞠目し、とても驚いている様子だ。
それはそうだろう。当然の反応だ。
「ボランティアスタッフの人。どうして……ここに……」
少し逡巡する。
俺に彼女を止める資格なんてあるのだろうか。
彼女はおそらく、俺では想像もつかないような苦しみを経験し、ありとあらゆることを考え、悩み抜き、そうして導きだした決断であるはずだから。
でも、彼女がこれからしようとしている“それ”は理屈抜きで止めなければならないことだ。
「九重さんからきみがまだ家に帰っていないってことを知って、探しに来たんだ」
亜玖里さんは心底、不思議そうな表情をして、
「どうして……ここが」
その質問は、俺の代わりに赤槻が答えてくれた。
「今日、貴女が言っていたわよね。灯台に行くことが好きって。それでピンと来たのよ。というか、それしか情報無かったから」
「そのヒントだけで……」
亜玖里さんは驚きを通り越して、半ば呆れているようだ。
とにもかくにも、本当に良かった。
彼女はこうして生きている。
まず、俺がすることは謝罪だ。
「まずはごめんなさい、栗原亜玖里さん。きみの気持ちを考えずに、傷つけることを言ってしまい」
「別に……それは、なんでもいい」
「そうか。ありがとう」
そして俺は意を決して、彼女に提案する。
「さあ、帰ろう。皆が心配しているよ」
だが、この言葉は悪手だった。
「誰が……私の心配をしているの?」
「親御さんが心配しているよ」
「嘘ばっかり……」
亜玖里さんは吐き捨てるように、そう呟いた。
指で突けばすぐに貫けそうなくらい、薄っぺらい言葉は、亜玖里さんには通用しない。
「私の両親に実際に会ったの?」
「いや、それは……」
そして、亜玖里さんは俺に怒鳴った。
「私のことを何も知らないのに、偉そうに言わないでよ!」
きっと俺はこの先、ずっとこんな失敗を犯すだろう。
上辺の言葉だけ並べて、本質を突いた言葉に御される。
自分よりも随分年下の子にさえ、この体たらくなのだから、先が思いやられる。
亜玖里さんは俺を咎めるように、強い口調で言った。
「私が居なくなったって、誰も悲しまない! だから邪魔しないで!」
それに対しては、赤槻が質問を投げかけた。
「どうして、そう思うのかしら?」
亜玖里さんはイライラするように答えた。
「あなたたちみたいなボランティアをするようなちゃんとする人間には分からないだろうけど、私は神様が間違って作った欠陥品! 人と関わることもできない! 勉強もできない! 物覚えが悪い! あげたらきりがない! こんな人間、居なくなった方がマシだから‼ だから、私に生きる意味なんてない‼」
亜玖里さんの魂の叫びだ。
欠陥品。その言葉に、身に覚えがある。
それは自分自身を指す言葉だ。
自分の欲望に従順で、他の人の気持ちを考えられない、ノンデリカシー男。
そんな最低人間であり、欠陥品が俺だ。
でも、俺はこうして生きている。
確かに、生きるのが辛くなった時は無い、といったら噓になるだろう。
だけれど、二部崎先生や赤槻をはじめとする《アオハル部》の面々に出会えたおかげで、今は自信を持って楽しく生きていくことが出来る。
彼女の欠陥品度合がどれくらいかは分からない。それこそ、また「知ったような口をきくな」と彼女に怒られるかもしれない。
でも、自分が欠陥品だからなどという理由で、生きることを諦めるのは、余りにももったいない。
それを伝えたい。
でも、俺の語彙力で伝える自信はない。
だが、言うしかない。
彼女を繋ぎ止めるためには、そうするしかないのだから。
一瞥して赤槻の方を見る。
赤槻は目配せして「貴方が伝えなさい」とジェスチャーを送る。
俺は赤槻に向かって静かに頷き、アイコンタクトを取る。
俺のつたない口が、静かに言葉を紡ぎだす。
「亜玖里さん。意外に思うかもしれないけど、俺も欠陥品なんだ」




