飛鳥の天眼
用明天皇の第二皇子として生まれた厩戸皇子(うまや戸のオウジ)には、ある恐るべき「力」が存在していた。
十人の言葉を同時に聞き分ける聡明さ――世間ではそう噂されていたが、真実は異なる。厩戸の眼には、時に「これから起こり得る未来の情景」が、流れる水のごとく鮮明に映し出されていたのだ。
時に西暦587年。飛鳥の地は、仏教の受容をめぐって蘇我馬子と物部守屋が激突する「丁未の乱」の直前にあった。
史実であれば、物部氏は討たれ、絶滅の道をたどる。そして勝利した蘇我氏の権力は歯止めが効かなくなり、やがて後世におけるクーデター『乙巳の変』という血の惨劇を生むことになるのだった。
「……国を二分する血戦など、百害あって一利なし」
弱冠十四歳の厩戸皇子は、四天王の像を刻みながら静かに目を閉じた。彼の天眼には、物部が滅び、やがて豪族たちの内乱によって国力が疲弊し、海外の大国――隋や唐の圧力を受けて呑み込まれそうになる日本の脆い未来が見えていた。
「馬子殿、守屋殿。争うのはおやめなされ。我が目には、あなたがたが相争い、日本の国力が潰える未来が見えております」
軍勢を率いて対峙していた蘇我馬子と物部守屋の前に、矢面に立って躍り出たのは、甲冑すら着けぬ一人の少年皇子であった。




