2話・意図していないマーケティングと、その成果について。〜馬鹿と天才は紙一重を添えて〜
おばあちゃんの家って、何だか酸っぱい匂いがしますよね。
お酢みたいな、ちょっと美味しそうなあの匂いです。
わたし、海鳥 彩夏は、そんな匂いの中で目を覚ましました。
「……こ、ここは? 」
少しヒリついたように痛いおでこを撫でながら辺りを見回すと、自分が保健室のベッドに寝かされていることに気がつきました。
軋むような痛みに堪えながら上体を持ち上げると、3人の人影が目に入りました。
「あっ! 起きたっ! 起きたよみんなー! 」
「うるさい。見たら分かるから、いちいち叫ぶな。お前は、自分の声の大きさに自信を持っていい。人を殺せる」
「非核三原則ですかっ? 」
「何の話だ? 」
「二人共静かにして下さい。保健室ですよ? 」
茶髪と黒髪の先輩たちを諌めながら、男の先輩がゆっくりとベッドの横まで歩いてきました。
「あのぉ、すみません……。どういう状況でしょうか? 」
「あぁ〜 、覚えてないのかな? 」
「すみません。本当に何も分かってない状況です」
わたしは、今の状況が理解できていませんでした。
記憶に残っているのは、部活動紹介で気になった部活の見学に行こうとしたことまで。
それ以降の記憶が抜けているんです。
何か凄いことを見たような気がしますが、それが何だったのか思い出せません。
男の先輩が、「謝らなくていいよ。むしろ、覚えてくれてなくてありがたいくらいだし」と言いましたが、全く意味が分かりませんでした。
「よかったですねっ部長! 私たちの醜態は記憶に残ってい──ぶぷえっ!」
「胡桃沢、養護教諭を呼んでこい。けが人が増えた」
「増えたんじゃなくて、増やしたんです。自分で呼んできてください! 」
いきなり目の前で暴行事件が起きました。
記憶が正しければ、殴った方の黒髪の先輩は、生徒会長によく似ている気がします。気のせいでしょうか。
男の先輩はピシャリと言い切ると、カーテンを閉めて、近くの椅子に腰を下ろしました。
「いきなり変なものを見せてしまったね。ごめんね」
「ははは、そうですね……」
乾いた笑いしかできませんでした。
彼は面倒くさそうに耳の裏をかきながら、カーテンの向こうの2人に向かって舌打ちをしました。
「俺の名前は、胡桃沢 冬樹っていうんだ。向こう側にいる馬鹿っぽい方が、山内 春風で、俺たちは2年生。もう1人の黒髪の人が3年生で秋川 麗奈さん。生徒会長もしている、俺たちの部活の部長さんだ」
「やっぱり、生徒会長さんなんですね。他人の空似かと思いました」
「ははっ、同感! 」
どうしてこの人は、部長に対して、初対面のわたしと同じテンションなんでしょうか。少なくとも1年間は同じ部活で過ごしていた筈なのに……。
少し変な人たちだなと思いつつも、曲がりなりにも先輩ですので、最低限礼儀は忘れてはいけません。
わたしも、自己紹介をしました。
「わたしは、海鳥 彩夏と言います。1年生です。よろしくお願いします」
軽く頭を下げて、胡桃沢先輩と目を合わせました。
すると、彼は少し考え込むように視線を動かし、気まずそうに話し始めました。
「海鳥さんはさ、もしかしてウチの部活の見学に来たのかな?」
「あー、アボ部? でしたっけ? そのような部活の見学に行こうとした記憶まで残っています」
「そうなんだ。丁度いいね」
「丁度いい? ……ん? 待ってくださいね、何とか記憶を思い出せそうですので」
「やめてね? 思い出したら退学だから」
「忘れた記憶に一体何が!?」
そこまでして思い出してほしくない記憶とは何だろうか。
わたしが考え込むような仕草をすると、危険を察したのか、胡桃沢先輩が早口で話しかけてきました。
「えー、そっか! アボ部に興味があるだね。いいね。実は俺たちがそのアボ部の部員なんだけどさ、軽くでいいから説明しようか? するね? ありがとう」
「うーん、勢いが凄い。拒否権は……」
「無いよ? 」
「ディストピア?」
まぁでも、実際にアボ部については興味がありましたので、丁度いい機会かも知れません。
彼に、部活の説明をお願いしました。
「簡単に言うと、この部活は校内で放課後ゲームができる部活なんだよ」
「……ほう」
「先代の生徒会長が作った部活で、ゲームをする為の費用。機材代やオンラインのサブスク代から、通信費用まで何もかもを部費として学校が出してくれるという夢のような部活なんだ」
「この部活が存続しているのって、教育委員会の怠慢ではありませんか? 」
「まあまあ、そう早合点をしないでね。実績もちゃんとあるから」
そう言って、胡桃沢先輩はスマホの画面を見せてきました。
「俺は、国内8位のプレイヤー《蛇剣》のクルミと呼ばれているプレイヤーだ。その実績と、イベント大会の賞金の一部を学校に還元していることで、部の存続を許されていた」
「なるほど」
ただの金食い部活ではないようです。
ちゃんとした実績と、成果があった上で許されている部活のようです。
少し勘違いをしておりました。
「そう言えば、どうしてアボ部に興味を持ってくれたのかな? 言っちゃアレだけど、酷かったでしょ? 部活動紹介」
「はい、とても酷かったです。何も理解できませんでした。だからこそ、興味が湧いてしまいまして……、あれは、そういったマーケティング的なものではなかったのですか?」
「あの春風がそんな事を考えていたと思うか? 」
「微塵も思っていません!」
「そんな100点の笑顔で言わないでね」
胡桃沢先輩はため息をつきつつ、わたしのカバンに目を向けました。
そこには、おびただしいほどのペンギンのぬいぐるみがつけてあります。
「ペンギン好きなの? 」
「当たり前やろが。嫌いな理由あるかいな」
「……? 」
「あっ!──ゲホゲホ、そうなんです。わたし、ペンギンが好きなんです」
「……え、あ、そっかー、なら海鳥さんはアボに向いてるかも知れないね」
「と言うと? 」
彼は、再びスマホを操作して、【Animal Buddy Online】の公式ページを開いて渡してくれました。
「アボはね、プレイヤーとバディとなる動物をモチーフにしたキャラクターと共に冒険をするゲームなんだ。そのモチーフになっている動物の種類は、約2000種類。もちろん、そこにはペンギンも含まれて──
「入部します」
「前のめりが過ぎるだろ」
その日、アボ部は新入部員の獲得と共に、部の存続が決定しました。




