1話・俺の幼馴染みは植物でもなければ、人でもないようです。誰か引き取ってくれやしませんか?
桜の花びらが散り始め、道の色が変わる4月中頃。
俺は、廃部危機の部活の存続を願って、体育館のステージ横で手を合わせて祈っていた。
カーテンの向こうには、大勢の新入生たちがいるのだろう。
「──以上で、アボ部の部活動紹介を終わります。ご清聴ありがとうございましたっ」
礼をして、まばらに響く拍手と、戸惑いに満ちたざわめきを背に、ステージから戻ってきた少女に目を向ける。
彼女はなぜか満面の笑みを浮かべていた。
……無駄な祈りをしてしまったようだ。
「え、えぇ、と……アボ部の方、ありがとうございました……」
司会を務めていた生徒会書記の、戸惑いに溢れた声を聞きながら、裏口から少女と共に屋外へ出た。
涼しい風が、頬を撫でる。
「素晴らしい部活動紹介だったでしょ? 」
「何をもってそう判断した? お前に託した俺が馬鹿だったよ! 」
達成感に満ちた様子の彼女に、俺は思わず怒鳴りつけてしまった。
「えぇぇ? ちょっ、いきなり怒鳴んないでよっ! ふゆくんは、何をそんなに怒ってんの? 」
「全てだよ、全て。お前の狂行の全てだ! 」
「………え、キョウコ? 誰よその女!? 」
「言ってない!」
この騒がしい少女は、山内 春風。俺の幼馴染みであり、同じ部活の仲間だ。
俺たちが所属するアボ部は、部長と俺と春風の三人しかいない小さな部活だ。今日はその部活の存続に関わる大切な日。部活動紹介の日だった。
──その筈だった。
「……お前、分かってんのか? 今年の新入生から入部が無ければ廃部なんだぞ? それを踏まえた上で、 "部活動紹介は任せて下さい(裏声)" とお前は言ったよな? 」
「言ったけど? 」
「なんで、その綺麗な瞳で、あんな地獄みたいな部活動紹介ができたんだよ……」
「産地直送ですからっ! 」
「はぁ? 」
脈絡のない会話をする彼女に目眩がしてきた。
「まあまあ、落ち着きたまえよ胡桃澤。この醜態は、コイツごと揉み消してしまえばいいのだ」
俺が呻っていると、背後から声をかけられた。
「また、そんな治安の悪いことを……」
声の方に振り向くと、ウェーブのかかった黒髪の少女がいた。
我がアボ部の部長にして、現生徒会長。秋川 麗奈だった。
俺とほとんど変わらない身長の彼女は、女子としてはかなりの高身長だろう。
そんな彼女が、深いため息とともに春風の首へ腕を回す。
「なぁ、山内ィ? なぜ、私の指示通りにしなかったのか聞いてもいいか?」
「諸行無常、ですっ」
「うん。日本語で話してくれないかな?」
「はい、日本語ですよ?」
「なるほど、困ったな。岐阜の人間は、ここまで言葉が通じないのか……」
「それは、岐阜県民に対するヘイトスピーチですよっ!」
「本当に困った。私は初めて人を殺してしまうかもしれない」
そう言って、春風の首に回された腕に力が込められていく。
最初は強がって平然を装っていた彼女だが、次第に呼吸が苦しくなったのか、慌てて部長の腕を叩いていた。
「ギ、ギブ……っ、すみ、ません……ギブです!」
「岐阜? 君はどれだけ岐阜県民であることに誇りを持っているんだ」
「──っ、しぬっ……!」
部長は、自分も同じ岐阜県民であることを棚に上げ、嘲笑しながら首を締め上げていた。
白目を剝き、年頃の女の子がしてはいけない表情をし始めた辺りで、ようやく春風は解放された。
「まったく、君は本当に手が焼けるな。司会の彼女も困っていただろう?」
部長は呆れたように息を吐く。
「この部活動紹介は、新入生たちに自分たちの部活動をいい感じに紹介して、入部を促し、より多くの部員を騙し入れて、部費と権力を勝ち取るための会だぞ?」
「と、到底っ、現生徒会長の発言とは思えないですね」
異常なほどハツラツとした声で答える春風。
秋川部長は両腕を上げ、大きく伸びをした。
そして脱力するように腕を下ろす――その瞬間。振り下ろされた腕の一本が、勢いをそのままに春風の頬を打ち抜いた。
パチン!信じられないほど乾いた音が響く。
「…………え?」
いきなりのことで理解が追いついていない彼女をよそに、部長は何事もなかったかのように話を続けた。
涙を堪えながら、痛そうに頬を擦る幼馴染みの姿を見て、思わず吹き出しそうになってしまう。
「他の部活は真っ当に紹介しているというのに、君ときたら、機械音声に喋らせておきながら、ステージの真ん中で棒立ちとは何事だ? 」
久しぶりに部長はガチギレをしているようだ。
目がヤバい。
「──その上、プロジェクターの正面に立つとは正気とは思えん」
「スポットライトが足りなかったもので……」
「足りない? 一つで充分だろ。君はジャスティン・ビーバーか何かなのか?」
「私とジャスティンは、ニアリーイコールです」
「ジャスティン呼びと来たか。烏滸がましいことこの上ない」
「私とジャスティンは同じホモ・サピエンスですっ!」
「烏滸がましい」
「人であることすら否定されたっ!?」
春風は、およよ、と泣き真似をしながら膝から崩れ落ちる。
「こんな屈辱っ、生まれて初めてですよぉ……。助けてぇ、ふゅくぅん……」
「その発声やめろ。アイヌ語か? 」
「百歩譲って、機械音声に喋らせたことはいいとしよう」
部長は額を押さえていた。
「ただ、プロジェクターの前に突っ立っていたことだけは理解できない。なんだ、あれは?」
「だから、光が足りなかったんですよ? 枯れ死んでしまいますのでっ!」
「お前は植物か何かなのか? 」
「それに──」
「烏滸がましい」
「キーーーっ!」
今回は発言すら許されなかったようだ。
部長はもう一度深くため息をつくと、近くの壁に背を預ける。
「プロジェクターの映像は、全て君に映っていた。──これの意味は分かるか?」
「はい。……電気代がもったいない。ですか?」
「どの観点からの意見だ」
綺麗に整えられた髪を掻きむしりながら、秋川部長は春風を睨みつける。
「スクリーンには何も映ってなかったんだよ! 5分間っ! ただひたすらに機械音声をBGMに、顔面に文字やイラストを映した珍妙な女が光り輝いていただけだったんだよ!」
「なるほどっ」
「「チッ」」
「モラハラですよっ!? 」
わざとらしく膝を打つ春風を見て、思わず俺までも舌打ちをしてしまう。
「新入生の身にもなってみろ。何も理解できやしなかっただろう。映るはずだった文字は君の身体で歪んで読めやしない。機械音声は、目の前のカオスな光景を前にマトモに耳に入ってこない!」
「間違い無い。春風、お前が今日したのは、ただのネガキャンだ」
「そ、それはっ、ごめんなさい! 」
珍しく素直に頭を下げる春風。
「足りてなかったみたいですね……」
「何がだ? 配慮か? 知能か? 」
少し冷静になった部長が、鼻を鳴らして彼女に近づいていく。
「部長っ、カルシウム足りてないみたいですねっ! 」
「──貴様を今から殺すッ!」
その日、俺は人生で初めて女が女をグーで殴る瞬間を見た。
〇●〇
東棟校舎の4階に、俺たちアボ部の部室がある。
そこに置かれたゲーミングチェアに、秋川部長は深く腰を掛けて、ふんぞり返っていた。
「さて、裁判の時間だ。パブリック・エネミー」
「必要あります? 」
俺は部長の横に立って、目の前で土下座をしている春風を見下ろす。
「死刑では? 」
「異議なし。では、ギロチンを──」
「流石に、私にも人権はありますよっ! 」
ガバっと、顔を上げて叫ぶ春風。
部長は、うーんと少し唸ってから、人差し指をクイクイと曲げ、俺を近くへ呼び寄せた。
「人権は、人にしか適用されないと思っていたのだが、間違いないか? 」
「おっしゃる通りでございます」
「なら、聞こう。コイツは人か? 」
「まっさかー! エイプリルフールは過ぎましたよ部長」
「よし、死刑だ」
「いや、扱い酷すぎません? 訴えたら勝てますからねっ!?」
「貴様には、国選弁護士すら呼ぶ権利が無い。大人しく斬首されろ」
「パンツ? 」
「言ってない」
部長のこめかみには青筋が浮かび、目元がぴくりと引きつった。
本格的に殺されかねないと思い、俺は春風の首根っこを掴んで、猫のように持ち上げた。
「ほら、春風。ちゃんと謝れって。それだけで部長は許してくれるから」
「許さないが? 」
「許されないみたいですがっ!? 」
涙目で俺に助けを求める春風。
すまない。俺は自分の命が一番大事だ。
部長の方に春風を投げ渡し、息を吐く。
「にゃ、……にゃーん、許して欲しいんだ、にゃーん」
「ふふふ、遺言はそれでいいのかしら?」
そう言って、春風の頬を強くつねり上げた。
「痛たたたたたたたたたたた!」
と、まぁ、部長がここまでキレているのにも理由がある。
俺たちアボ部は、人気VRMMOゲーム【Animal Buddy Online】、通称アボで国内1位を目指している部活なのだ。
元々は、先代部長が生徒会長に就任した際に、息抜きのために当時の趣味だったアボを合法的に学校内で遊ぶ為に作られた、職権濫用極まれりな部活。
それが今代の生徒会長にも引き継がれている形だ。
ゲームをプレイする為の周辺機器やWiFi、オンライン費用も、全て学校が部費として出しており、正直部員としてはありがたいことこの上ないのだが、当然の如く、他の部活からは非難の対象にされてしまっている。
今までは何とか、部長の会長としての権限と、俺の実績も相まってギリギリ見逃されてはいたが、とうとう限界が来てしまった。
『今年、新入生からの加入が無い場合は、アボ部は廃部とする』
流石の部長も、校長から直接宣告されてしまっては無視はできなかったようで、かれこれ2ヶ月間、新入部員を獲得しようと計画してきたのだが……。
「にゃ、にゃーん、わ、私は、ご主人様のっ、ペットだにゃーん……」
「ふふふ、可愛いわね」
「……にゃ、にゃら、許して欲しいんだにゃー」
「首輪つけて、校内一周散歩してくれたらいいわよ」
「やったにゃ…… 」
「2人とも正気か? 」
現在。何故だか、インモラルなやり取りが目の前で繰り広げられている。
どこから取り出したのか、部長の手には赤い首輪が握られていた。
春風は輝きを失った目のまま、首を部長に差し出している。
「な、なんだか、興奮するわね……」
「……部長、ヨダレ垂れてますよ」
「そう。別に飲んでもいいわよ」
「嫌ですよ。てか、部長のこんな姿は見たくなかったです」
瞳孔を大きく開いたまま、丁寧に首輪を絞めていく部長。
2人の少女が、人として越えてはいけない一線を越える。
その一瞬前。
「し、失礼しまーす」
部室に、聞き慣れない声が入ってきた。
小柄な、短髪の女の子だった。
髪色は青みがかっており、クリクリとした目は可愛らしい印象を受ける。
制服のリボンの色から、一年生だということを察した。
(もしかして入部希望の新入生か!? )
そう思い喜ぼうとした瞬間、俺は気がついた。
今、彼女の目の前に広がっている光景に
「あっ、あの──」
──制服を着崩し、ネコ語を話すバカ。
──そのバカに、ヨダレを垂れ流しながら首輪を付けようとする生徒会長。
──その様子を見せまいと、慌てて近付いてくる男子生徒。
「──失礼しましたッ!」
「ぐふぇ!」
勢いよく部室の扉が閉められ、俺は走った勢いのまま扉にぶつかってしまった。
しかし、それだけで終わらなかった。
「……あれ?」
「……え゛?」
岐阜県立カヨウ高校。創立130周年。東棟校舎築30年。
今日、その一室の扉が破壊された。
「ぐぷぇ……── 」
「あ、」
1人の新入生が、俺と扉の下敷きになってしまった。
「死んだ! 死んだにゃ! ふゆくんが殺したにゃーーー!!! ぐはっ……」
バカは殴って黙らせた。




