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夜のひととき。

 超少子化のセカイ。金も時間も取られる不妊治療に挑んだ夫婦がヒトリでも子を授かる事が出来れば、各種手当が支給され、特区、スクールゾーンと呼ばれる仮想空間の街への出入りが許可される。  


 そこには各種教育機関、ショッピングモール、緑あふれる牧歌的を模したポポいろ公園、健全な娯楽施設が、高セキュリティの元に運営管理されている。


 そこは仮想空間。そこはこの世で最も、子育てに相応しいクリーンで安全なセカイ。




 ――、パパ!算数!と美桜にまんまと捕まってしまい、教える羽目になってしまった。


「パパは、高校の先生なんだからかんたんでしょ!」


 うーん、そう言うけどね、小学生に分かりやすい様に教えるのって、物凄く難しいんだよ。だからパパは高校の先生になったのに。泣きたくなりつつ丁寧に教えた宿題のドリル。バーチャル・ルームで授業するより、どっと疲れてしまった。


 美桜や妻である陽子は部屋の一角を仕切り、リモートワークや授業の為の設備を整えているが、教員である僕は別室がある。リビングと同じ様に、天井も床も壁も、プロジェクターを使い場を投影出来る部屋。そこで僕は生徒達に授業を執り行っている。


 高校ともなれば、登校における様々な事も全て自分で成さなければならない。なので9時、授業開始として設定されているのだが、時折、寝過ごしただのアカウント間違えただの……、手のかかる生徒がいるのは形を変えど、いつの世も同じかもしれない。




 ――、家族で楽しんだ食事。ケーキを頬張りながら皆でアニメ映画を見た夕べ。


 終わると美桜と風呂に向かった陽子。手が空いてる方が率先して家事をするのが僕達夫婦の決まり。


 使った食器を食洗機に入れ、食べ残しのゴミはバイオポストへ入れる。少しばかり多く残ったフライドポテトを、今から酒のサカナにする為に、グリルで軽くローストしていると。


「ふう、ありがと」


 甘い入浴剤の香りをさせた陽子が入ってきた。鼻をひくつかせた僕。クンクンと吸い込み……、


 ショッキングな出来事に気が付いてしまった。


「ああ!先に入っとくんだった!その匂い『ジュエルのフルーツパーラー』だっけ?シュワシュワピンクのチェリーな香り!くぅぅ、ジュース風呂みたいで苦手なんだよな」


「あはは、今日はコレにしたいって美桜がね。お湯抜いて入れ直す?」


「いいよ、勿体ないから息止めて浸かる。この後、仕事あるの?」


 グリルからデジタル音、ポテトがカリッと焼き上がる。


「9時以降は社へのアクセス禁止、働き方改革ね、リモートだとずるずる仕事しちゃうから」


 バレたら減給になっちゃう、と笑う彼女にじゃぁ、ちょっと飲まないか?と誘う。半地下に通じる床の扉を開ける。そこは一定温度に保たれている食品貯蔵庫。降りて行き届いていた箱を持って上がる。


「なに?何頼んだの?」


「何時もの店。リビングに行こう、ポテトをツマミにしてさ、冷蔵庫に店のデップが入ってる」


 少しばかり値段が高かった重い箱を持つ。了解、と陽子が冷蔵庫からアボカドデップを出し、ポテトに添えた。



 ――、大人の時間の始まり。


 ソファーとテーブル以外は何も無い。床も天井も壁もスクリーンになる様、設計されている。プロジェクターに箱に入っていたカードを取り出す。そこには店のアドレスとコードナンバー。


 ピ、ピピ、ピ……複雑に組み合わされているそれを、間違わぬ様に滞りなく、一定速度で入力して行く。店で飲むなら着替えてこよっと、コトリと皿をテーブルに置き、箱からボトルとグラスを取り出し、セッティングを終えた陽子が部屋を出て行った。


 アダルトゾーンにある店。未成年は決して立ち入る事は出来ない、娯楽に満ちた空間セカイ。


 ヴヴン、ジー……。音。パパパ、チチチ、それまで陽子の好みにセッティングしていたリビングの壁、天井、床が一度蒼く透き通ったガラスの様なブルーに戻ると、真白い光が網目を形成しランダムに走る。


 アクセス完了。デジタル音声。部屋が店へと装いを凝らす。床は深いオーク、落ち着いた色の壁紙。天井にはシャンデリア、ソファーに対面する壁は一面がモニター。


 箱に入っていた小さなアロマキャンドルを取り出すと火を灯す。グラスに入ったキャンドルが燃え尽きると、時間の終了。陽子がお気に入りのワンピースを着、髪を整え戻って来た。二人でソファーにすわる。


「こんばんわ、いらっしゃいませ」


 バーテンダーの主の落ち着いた笑顔。こんばんわ、と返す。陽子が程よく冷えたボトルを開け、同封されていたグラスに注ぐ。


 スピーカーからは静かにジャズ。今日のアロマはカルーアの香り。コーヒー豆から作られるリキュール。甘いそれは落とした照明に似合う。リビングがひと息に店へと変わる。


 香りがそれに拍車をかけるのはいつもの事。店とは雰囲気を売る存在。これは美桜が好きなポポいろ公園と同じ。


 公園に入るのには特区に住む者は、住民番号を入力するだけで良い。そのままだとのんびり話す空間なのだが、VRを装着すればアスレチックをしたり、原っぱで花を摘んだり小動物と戯れたり出来る。



「相変わらず仲の良い事で……、羨ましいですね。いらっしゃいませ」


 嘘か誠かわからないが、温和な笑顔の店主は今は独りで暮らしているらしい。独身の頃から馴染みの店、陽子と出会ったのもここでだ。今日は忙しいらしい、新しい客の対応をしている店主。


「今日は忙しいみたいね」


「うん、良かったよ待機しなくて」  


 カクテルグラスを傾けながら、陽子と二人で話す。


「お知り合い様が来られてますよ、どうします?」


 別のお客と話していた店主がそう聞いて来る。繋いで下さいと返事をした。取り次いでも良いか悪いかは主の判断。トラブルになる様な相手には取り次ぐ事はない。


「おお!センパイ、来てたんッスか、マスターから聞いて繋いでもらったんですよ」


「なんだ、知りあいってお前だったのか」


 洒落た酒棚を背後に背負った店主から、同じ店の背景を背負った後輩へ画面が変わる。繋いで損したなと挨拶代わりに言う。


「ひっどいなあ、あ!えと……、ヨウコさん。こんばんわ」


「こんばんわ、何時も主人がお世話になってます」


「こんばんわ。あ、マスター、紹介したいので繋いでくれませんか?マリコ。何時も話をしてるセンパイだよ」


 その言葉で分割されてされた画面。片方にヤツ、片方に白いワンピースの彼女。あいつ、彼女がいたのか!


「こんばんわ、マリコです。お話はよく伺っています」


 ペコリと頭を下げる彼女。


「こんばんは、何時も話……、お前何喋ってる?」


「ええ!その、悪い事じゃ無いですよ、その、結婚して同居して、その上子育て迄してて凄いなとか、その、そのうち、えとね、なんとか……」


 ゴニョゴニョと語尾を濁す後輩。陽子がクスクス笑い、僕の耳元で囁く。 


 ――、プロポーズ、したいみたいね。


 へぇ……、そうなんだ。ニマニマと生温かい笑顔を僕はモニターに向けて作る。


「ふお!な!なんですか。その人の悪い笑顔は!」


「ん?いーや、何でもない。何でもない。まっ!頑張れ」


 それから4人で他愛のない話で盛り上がった。ハキハキと話すマリコちゃんは、ヤツには勿体ない素敵な彼女だった。


「おっと、こっちはそろそろお開きだから、今度、別でゆっくり話そう、じゃマリコさん、ふつつかな後輩ですかよろしくおねがいします」


 延長は出来ないシステムなので、キャンドルの量を見計らい会話を終えた。


「お話が弾みましたね」


「ええ。そうか。ヤツもねぇ、よく来てるんですか?その……あの子と」


「ええ、時折。お客様の昔の様ですよ」


 店主に陽子が聞く。


「あら。随分と昔のはなしだけど……、覚えてますの?」


「そりゃぁ、こんな世の中ですからね、出逢って惹かれて、結婚迄行き着くお客様は、ほんの一握りですから……、ああ、そろそろですかね」


 タイムを確認をして店主が話す。ジジ……、香りが深く濃くなり、炎が大きくなり揺れた。


「また来ますね、ね」


 陽子が店主に言う。


「うん、また来よう。じゃそろそろ……」


 ありがとうございました。と店主が頭を下げた。音楽が少しばかり大きくなり、さざ波の音が混ざりこんで行く。


 揺らぐ様にゆるゆるとフェイドアウト。無造作にパッと消え去る事はない、今日の別れの映像は夜の海、セカイの色が変わる。新たなる夢幻の世界が構成されて行く。


 天井は高くなり満天の星空、どこもここもそれに埋め尽くされている様。黒い波打つ海面には青白く光る、夜光虫達のダンスの光。


 ソファーに座る僕達は、夜の海に浮かぶ小船に乗っている様。


 思えば僕がプロポーズした時、この店の別れのビジョンにかこつけてだったな。とポテトを頬張る陽子を眺めながら、ふと思い出した。


 もしかして……、あいつも今晩かな、と。ニマニマ笑いがまた浮かび上がる、ほわわんと幸せな夜のひととき。




 一日の終わりがもうすぐ来る時間。



 終。


お読み頂きありがとうございます。ツッコミどころ満載の、作者の想像による世界を書いてみたかっのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます! SFだけどとてもリアルなお話( ˘ω˘ ) 10年後にはこうなってるかも……?( ˘ω˘ )
[一言] おお、素敵な世界☆彡 子育て政策充実ですね (*´▽`*)
[一言] 素敵な近未来の世界ですねー。 バーチャルでいろんなとこに行けちゃいますねー。いろんな世界も見れますし……。
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