愛してるよ、スピカ。
「はあっ!? お前本気で言ってンのかっ!? 小さい頃あれっだけべたべたべたべたくっ付いて、滅茶苦茶コイツに懐いてたクセにっ!?」
兄様の大きな、責めるような声が響いた。
「あり得ねぇっ!!」
「ロイ、いいんだ。十年近くも会っていなかったし、それにわたしは目の色だって変わった。手紙だって全然やり取りしていなかったんだ。忘れられてても、おかしくないよ。スピカはなにも悪くない」
婚約者様が兄様に首を振る。
「けどっ、別にお前だって悪くねぇだろ」
「しょうがないんだよ。小さかったんだから」
寂しそうに微笑む婚約者様に、
「……本っ当、信じらんねぇ。幾ら小さかったからって、あれっだけネイ様ネイ様って、どこ行くにもウザいくらいくっ付き回って、ネイサンが向こう帰ったときなんか、毎日毎日べそべそぐずぐず泣いてた奴が、こうも簡単に忘れちまってるなんて……悪い、ネイサン。こんな薄情な妹が婚約者で」
そんな顔をさせたわたしを兄様がじっとりした視線で見やり、そしてまた視線を移し、ばつの悪そうな顔で婚約者様に謝る。
なんだか、物凄~~く罪悪感が・・・
「だから、スピカはなにも悪くないんだってば。でも、そうだね。できればスピカには、昔みたいにネイ様って呼んでほしいな。ダメ、かな?」
「・・・はい?」
んん?
小さい頃、わたしが婚約者様にべたべたとくっ付き回っていた? ウザい程?
十年程前に?
そして、婚約者様がどこかへ帰ると、毎日毎日べそべそと泣いていた?
わたし、が?
婚約者様の名前は、ネイサン、様?
昔みたいに、ネイ様って呼んで?
もし、かして・・・?
いやいや、そんなまさか?
でも、他に心当たりは――――
「・・・ねえ、様?」
思わず小さな呟きが零れると、婚約者様はそれはそれは嬉しげなお顔で微笑んでくださいました。
「っ!?」
眩しくて目に刺さる!!
「ありがとう、スピカ」
「・・・え? あの、本当に本当の、わたしの・・・ねえ様、なんですか?」
「思い出してくれたのっ!? スピカっ!! そうだよ、わたしはスピカのネイ様だ♪」
「っ!?」
にっこりと、嬉しそうな蕩けるような満面の笑みでぎゅっと抱き締められた。しかも、さっきのお顔より眩し過ぎるっ!!!!
「・・・って言うか、待ってっ!! ねえ様って、わたしのお姉様じゃなかったのっ!?」
「え?」
「は?」
婚約者様と兄様のぽかん顔再び。
「え?」
「・・・え? なにお前、もしかしてコイツのこと、ずっと女だと思ってたのか?」
「だ、だって、ずっとねえ様だって思ってて。ねえ様は綺麗なお顔だし、髪の毛も長くて、いつも可愛いリボンで結んでて、わたしの髪も、お願いしたらねえ様が結んでくれたし。それに、その・・・兄様がっ、ねえ様は遠くへ行ったって言ったし、その後にお葬式があったからっ、だからわたしは、てっきりっ・・・」
「は? あ、あ~・・・まぁ、ネイサンは昔っから女顔ではあったけどな。つか、ネイサンが帰るっつったら、絶対泣き喚いて大変だろうからって、お前が寝てる間に向こうに向かったんだったな。けど、普通死んだと思う・・・ん~? あ、わかった。アレか! あのな、スピカ。ネイサンが向こうの家に帰った後のアレな、親戚の爺さんの葬式」
「へ?」
「なにお前、ネイサンが死んだと思って毎日べそべそ泣いてたのかよっ!? プフっ!? ハハハハハハハハハハハハっ!?」
わたしの、十年にも渡る勘違いを爆笑する兄様。わたしは本当に、ねえ様がいなくなって、すごくすっごく悲しかったというのに!!!!
「・・・なんて兄様だ。酷い」
思わずじっとりと兄様を見やると、
「こらロイ、笑ったらスピカに悪いでしょ。でも、そっか。スピカはわたしが死んだと思って毎日泣いてくれたんだ? 可愛い♪」
ちゅっと額に落とされる温かい感触。
「ありがとう、大好きだよ。スピカ。これからは、昔みたいに毎日傍にいられるから安心して? もう、スピカを置いてはどこにも行かないよ」
ねえ様はネイ様で、
ネイサン様で、
実はわたしのお姉様じゃなくて、
本当は男の人で、
ちゃんと生きていて、
会ったことが無いと思っていた、隣国に住むわたしの婚約者で――――
そしてそして、どうやらねえ様は・・・わたしのことが、大好きなようだっ!!
ああもう情報量多いなっ!?
なにをどう喜んでいいのっ!?
とりあえず・・・
「大好きですねえ様!! またお会いできて、とってもとっても嬉しいです!!」
再会を喜んでぎゅ~っと、あの頃よりも逞しくなったねえ様の背中に腕を回して抱き締めると、
「っ!? ああもうっ、本当にスピカは可愛いな」
ねえ様の麗しいお顔が耳まで赤くなる。
「……ごめん。もう放してあげられないから、覚悟してね? 愛してるよ、スピカ」
滑らかなテノールが耳元に囁き、にこりと微笑んだ妖艶な唇が落ちて来た。
「……っ」
・*:.。 。.:*・゜✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・
ねえ様のお兄様が病弱な方で、ねえ様は留学という体で、六歳の頃に親戚であるわたし達の家に預けられていたのだそうだ。
親戚の中で同い年くらいの子供(兄様)がいて、評判の悪くない、人柄の良い家族としてうちが選ばれたのだとか。ナイス判断だったと、ねえ様のおばあ様(父方のお祖父様のお姉様)が言っていたそうだ。
そして、ねえ様が十歳くらいの頃、お兄様の体調がよくなったので、お家に戻された。
ねえ様はそのままわたしの家にいたかったのだそうだけど、ご両親が学校は向こうの方で入学手続きをしていた為、仕方なく嫌々ながらに帰ったのだという。
ねえ様のご両親は病弱なお兄様のことで手一杯だったらしく、ねえ様が構われることはあまりなく、寂しい幼年期を過ごしたのだそうだ。
我が家へ来て、同い年の兄様がいて、お父様とお母様が兄様同様、分け隔てなく扱って(叱るときも本気です)くれて、更には二歳にならないくらいのわたしが、ねえ様にめっちゃ懐いてくれたことが、とても嬉しかったのだという。それで溺愛されました♪
ねえ様がいなくなって、毎日毎日べそべそ泣いているわたしを見かねたお父様は、「そんなにネイサンが好きなら、ネイサンを婿に取るか? そうすればずっと一緒にいられる。ネイサンに聞いてみるが、駄目なら諦めなさい」と言って、わたしはそれに泣きながら頷いたそうだ。全く覚えていないけど、ありがとうございますお父様。
そして、お父様の打診を喜んで了承したねえ様は、毎年わたしにプレゼントを贈っていたのだという。わたしの喜ぶ顔を想像して、楽しみに選んでくれていたのだとか・・・
なんか、相手をねえ様だとわからなくて、プレゼントを毎年適当に(一応は心を込めていたけど)選んでいたことが大変申し訳なく思う。
今年からは真剣に、真心を籠めて選びますが。
うちの家族は、わたしがネイサン様のことを男だとわかっていると思っていて、わたしはネイサン様をずっと自分のお姉様だと勘違いしていて、しかもねえ様が亡くなっているものだと思い込んで(兄様のせいで!)いて、そのまま交流はずっと続いていた。
わたしだけが気付かないで・・・
なんだか、わたしがとてもアホの子のように聞こえる話だが、十年前の五歳の子だったわたしに、周囲の状況がわかるワケはないと思う。
ねえ様がいなくなったことになにも説明されなかったし! めそめそしていたわたしに、誰も説明してくれなかったから!
ねえ様は許してくれたことだし・・・わたしは、なにも悪くないと思う!!
だから、あんまり爆笑しないでほしい! 家族達め! 特に兄様! わたしの勘違いの原因の大元は兄様のクセに!
そして、ねえ様のお兄様が向こうの家を継いでも問題無い程にそこそこ健康になったので、ねえ様は我が家へ婿入りする為に、こっちに来たのだそうだ。
ねえ様は、我が伯爵家の持つ子爵位と領地の一部を継いでの婿入り。ちなみに、伯爵位は兄様が継ぐ予定となっている。
小さな頃のねえ様は、自分をちょっとだけ要らない子だと思っていて、そんなとき一心に自分を慕ってくれるわたしの存在に、とても救われたのだとか。
それで、わたしを大層可愛がって……愛してくれたのだそうで――――わたしへの……「スピカがわたしを求めてくれるのなら」と、婿入りにも直ぐ頷いたのだとか。
そんなねえ様は、あまりご家族の話をしない。
ご家族のことを嫌っているワケではないらしいけど、溝があるのだそうだ。
ねえ様曰く、「両親は溝があるなんて、全く思ってなさそうだけどね」と苦笑していた。
そして、
「愛してるよ、スピカ」
愛情を確認するように、
「大好きだよ、スピカ」
キスを落としながら囁いて、何度も何度も抱き締めてくれるねえ様。
向こうの家にいる間はきっと、ねえ様はずっと寂しかったのかもしれない。
だからわたしも、
「わたしも大好きですよ」
と抱き締めてキスを返す。
「わたしの愛しいねえ様」
こんな感じのオチです。楽しんで頂けたのなら、幸いです。
洋画かなんかで、「ねーさん」と呼ばれている男の人がいて、けれどオネエじゃないので、なんなんだろうと思っていたら、ネイサンという名前だったとテロップで知りました。
そういうワケで、勘違い話を思い付いて、日本語じゃないと成立しないなぁと思いながら書きました。
そして、外人さんは成長するにつれて瞳の色や髪質が変わることがままあるので、『小さい頃とは別人っ!?』ということも結構あるらしいですし、こういう勘違いも面白いかな?と。
ちなみに、ヘブライ語の神の賜物という意味の『ナサニエル』が英語読みで『ネイサン』になるそうです。
ネイサンのサはthの発音になるので、幼児には難しいかもしれませんね。
R15タグは要らないかな?とも思ったのですが、ネイサンの家庭環境があれなのでそのままにします。
読んでくださり、ありがとうございました。
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