第017話 林道~花咲く林の道~
テイラー様からいただいた許可証を見せると、僕たちは簡単に国境を超えることが出来た。
「王国を出たのは初めてだ」
「僕もだよ。てっきりヴェルはこっちに来たことがあるんだと思っていたよ」
「聖国には興味あったけど、機会がなかったんだよな」
僕たちは聖国、レインフォース聖国に連なる小国の都市へ向かっていた。
王国の中でも辺境にある僕たちの村からは、王国の都市部経由で向かうよりも接する都市部から行く方が近かったというのが理由だ。
それでも歩くと何日もかかる。
テイラー様は馬を出してもいいと言っていたが、僕はそれを断った。
町に着いたら、僕はそこで冒険者の登録をするし、ヴェルは馬車に乗り、学術都市へ向かうため、次の町に進む。
学術都市は都市とは呼ばれているが一つの国だ。マリアンヌ様がそう言っていた。
テイラー様とマリアンヌ様は僕たちが旅立つ前にいろいろなことを教えてくれた。
僕とヴェルが一緒に村を出ることが出来たのはテイラー様とマリアンヌ様の計らいだろう。
曲がりくねった林道。
国から国へ続く道ということもあって地面は踏み固められ、歩きやすい。
しかし、ところどころぬかるんでおり、ぬかるみを気を付けて避けていても靴に泥が付いてしまう。
僕とヴェルは休憩を取りながら、ゆっくり歩く。
二人とも、荷物はそんなに多くない。
ヴェルは背負った荷物と愛用の剣を腰に下げ、僕は愛用の剣など持っていないから、武器は出掛けにリューネ母さんが渡してくれた短剣だけを持っていた。
「魔物が出たらどうしようと思ったけど、林に入ってから全然見かけないな」
「それはほら、あそこに白い花が咲いているだろ」
ヴェルが指を指した方向、木の根元に白い小さな花が咲いていた。ひとつの房にいくつもの花が集まっていて、それ全体で一個の花にも見える。
木に寄り添うように咲いているのがなんだか微笑ましい。
「オリアナの花といって、聖国では魔除けの聖花として大切にされているんだ」
「へえ、詳しいな」
「まあ、な」
言いづらそうにヴェルが苦笑する。
ヴェルには二つ上の姉が一人いた。過去形なのは既に彼女が無くなっているからだ。
オリアナ=ラッセル。よく笑う人だった。僕の大好きな人だった。
肩の辺りで切り揃えた髪を振り回して、走り回るほど元気だった彼女は流行病であっけなく死んでしまった。
『気をつけろ。人の気配がする』
「ヴェル、誰かいる。気をつけて」
「おう」
僕は聞こえた声に従い、周囲に目を向けながら短剣に手をかける。
僕たちが村を出るとき、テイラー様が言っていたのだ。
「いいかい、旅をするときはね。魔物より人間に気をつけるんだ。魔物は無暗に人間と戦おうとはしないけど、人間は時にくだらない理由で同じ人間を襲うから。金が欲しいとか、気に入らないとか、だから人間にも注意をしなさい」
僕たちはまだ人間に襲われてはいないが、魔物と出会っても距離が遠ければ刺激せずに逃げることも出来たので戦闘になることはほとんどなかった。
それでもいくつかはあったのだが。
しかし、人間の場合、特に相手が金銭目的でこちらに害意があるときは戦闘は避けられない。
「そこか!――石よ、敵を穿」
「待ってヴェル!ストップ!!」
「なんだよ!?」
木の陰に隠れるようにして動いたものをヴェルが得意の魔術で打ち抜こうとしたのを僕は腕を引っ張って止めた。
影から見えたのは僕より背丈の小さい生き物だった。そして、先生は人の気配がすると言った。
「子供だ。攻撃しちゃだめだ」
背の低い男の子だった。フードを目深に被り顔は見えなかったけど、露出した肌の色は僕らよりも少し濃く、髪はぼさぼさで少し痩せていた。
彼は僕らに背を向けるとすごい勢いで走って逃げた。オリアナの花の側を通った時、泥が撥ねた。
「逃げ足の速いやつだな」
「身軽そうではあったと思う。他にも近くにいるかな」
『他に気配はない』
「……大丈夫そう、だね」
「本当かよ。リキッドが言うなら信じるけど」
先生の声は僕にしか聞こえない。
僕もオリアナと同じ流行病にかかった。だけど僕は死ななかった。そして目が醒めたとき、初めて先生の声が聞こえた。
あれは6歳のときだったから先生との付き合いも、もう6年経つ。
男とも女ともわからない声だけど、僕に知らないことを教えてくれるから先生と呼んでいる。
先生の声は僕の左目の奥の辺りから聞こえる。
つい先日まで僕に左目はなかったのだけど、最近になって左目が生えて(?)きた。
たぶん僕が使った治癒魔術の影響だとは思うのだけど、まだよくわかっていない。
母さんやマリアンヌ様が言うには四肢の欠損を治す治癒魔術自体はあるそうだが、欠損後何年も経ってから治す魔術は見たことがないそうだ。
「そういえば、さっきのやつ尻尾が無かったか?」
「尻尾?あったかな、覚えてないや」
僕らは緊張を緩めると再び歩き出す。
何度か林道を越えると脇に大きめの休憩所のような建物が出てきた。
「ここで休ませてもらえないかな」
「無理じゃないか。ここ、孤児院って書いてあるぞ」
「あ、ほんとだ」
看板は傾き、文字も掠れていたが、確かに孤児院と読めた。
ここで休ませてもらうことは諦め、もう少し進むことにする。
地図上で見るともうすぐ町へ着くはずなのだ。
ちらりと孤児院の中を覗き込むと、4人ほど子供がいた。
ほぼ全員が僕とヴェルより年下のようだ。
「さっきの奴もここの子供かもしれないな」
「それ、たぶん当たり」
その子供たち全員が人間と少し違った。
ある者は頭に尖った耳、獣耳がついており、あるものは長い尻尾がスカートから飛び出ていた。
「獣人だな。そういえば獣人の子供は初めて見た」
獣人。身体能力や野生の勘などの獣の特性、特徴を備えた人族。
マリアンヌ様から話だと、獣人たちは王国では普通に人権が主張されているが、国によっては奴隷として扱われているところもあるらしい。
獣人にも獣人だけの国があるが、そこでは広い土地にそれぞれの村が疎らにあり、王国よりずっと自由に生きているらしい。
こうして見ると獣人も獣の特性、特徴があるといっても人間と何もかわらない。遊ぶし、笑う。迫害する国の考えが僕にはわからない。
孤児院を通り過ぎて少し経つと徐々に町が見えてきた。
僕たちの最初の目的地、都市ケイクルだ。
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