第013話 金色~VSブリジストン伯爵②~
「よく耐えた。さすが俺たちの息子だ。後で頭を撫でてやる」
その力強く広い背中は、低く優しい声は、シルバ父さんのものだった。
「さってと、よくも俺の子供と嫁と、おまけに村を傷つけたな。貴族みたいな服を着ているが、お前は爵位持ってる魔族か」
「野蛮な方だ。獣ような眼をしている」
一歩、魔族がシルバ父さんの剣のリーチの外側まで後退した。
「私はブリジストン伯爵。殺す前にあなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「シルバだ。お前をぶち殺す奴の名前だ。ちゃんと覚えと、け!!」
銀が煌めく。
一瞬にして僕の目の前にいた父さんは、魔族との距離を詰め、相手に剣を振り下ろしていた。
父さんの愛剣、バスターソード。幅広の両刃で相手を断ち切る武器だ。かなりの重量があり、大人の男でも持ち上げるのが精いっぱい。それを父さんは軽々と振り回す。
「私も少しばかり本気で相手をしないといけませんね」
しかし、魔族はその黒い腕で剣を受け止めていた。
バスターソードは魔族の腕の中ほどまで刺さり止まっている。
先程まで人の姿をしていた魔族の体は服などなくなり、全身がラバーのようなのっぺりとした肌をしており、その異様を見せつけるよう立っていた。
体長こそ、先ほどの二体魔族より小さく2メートルほどではあったが、それでもこちらを威圧する魔力は他の魔族たちの比ではない。
「さっきここに来る途中にいた奴はこれで一発だったんだが、やっぱ爵位級だとただの剣では切れないか」
「おや、武器を変えるのですか?」
「ちげえよ。不意打ちで終わってもあれかと思って手を抜いていたからな。マジの剣でいく」
空気がざわめき、魔族は咄嗟にシルバ父さんと先程よりさらに大きく距離を取る。
と、風を断ち切る音と共に大地が裂けた。否、父さんの剣が地面まで切ったのだ。
「ちっ、避けられたか。当たればぶっ殺せたのに」
「おお怖い。ただの大剣にそこまで多くの魔力を込められるのですか。なかなかの使い手ですね」
「まあな。魔術は使えねえが、剣の腕ならそこら辺のやつには負けないぜ」
「それは愉しみです」
舌舐めずりをした魔族が今度は父さんに襲い掛かる。
僕が見えたのは魔族が鋭い爪が伸びた腕を振り上げ、前進しようとしたところまでだ。
次の瞬間には固い物通しがぶつかる音が連続して聞こえてきた。
父さんと魔族が高速で移動しぶつかりあっている。
ぶつかる度に互いの間で火花が散る。
剣と爪がぶつかっているのだろうと想像するが、ぶつかる瞬間が見えない。
僕の届かない次元の戦いだ。
かろうじて目で追ってはいるが、まともに見ることすらかなわない。
二人が距離を取る度に、お互いの体に傷が増えていた。
父さんの鎧は凹み、露出した肌は裂け血が滲んでいた。
魔族も同じだ。腕の周りは裂け、指が何本かあさっての方向に曲がっている。
常に必殺の一撃が父さんを襲い、しかし父さんも負けじと両手で持ったバスターソードを振り回す。
払い、薙ぎ、突き、振り下ろす。
縦横無尽。
互いが互いを殺すための技の応酬。
それが何十合、何百合と繰り返される。
僕はその戦いに見入っていた。
爵位持ちの魔族と互角以上に戦う父さんに見惚れていた。
命のやり取りの真っ最中にも関わらず、かっこいいと思った。
しかし、すぐに気付く。気付いてしまう。
「これはちょっとだけやばいな」
「こちらといたしましては、むしろここまで動けただけでも驚愕なのですけどね」
明らかに父さんが相手より遅くなっていた。
移動速度も、反応速度も最初と比べて大きく下がっている。
「仕方ない。リキッド、よく見とけ」
父さんが僕の傍に立つ。背を向けて、僕に何かを伝えようとしているのは感じた。
父さんがバスターソードを上段に振り上げる。
「うおおおおっ!!」
父さんの剣が魔力によって肥大しているように見えた。
二回りほど大きくなったその剣は父さんの背丈を越えていた。
「飛龍!!」
父さんが剣を振り下ろすと同時に強力な剣圧が放たれる。
それは僕が真似している、その原型。本当の剣技だ。
剣圧が地面を裂きながら、魔族へ向かう。
そこに魔族が口から放った赤黒い閃光がぶつかり、激しい衝撃が巻き起こった。
剣圧は閃光を裂いて、魔族を断ち切り、赤黒い閃光は断ち切られてなお直線を駆け抜けた。
魔族は倒れ、父さんは立っていた。
剣を振り下ろした姿勢のまま立っていた。
父さんは勝ったのだ。
「リキッド、頭……撫でてやれなくて、すまん」
「……え?」
何が起きたのか。
僕の目の前で起きたことなのに、理解が出来なかった。
父さんの体が横に倒れた。
剣を振り下ろした姿勢のまま。
「ねえ、父さん。え?冗談よしてよ……」
足が変な形で地面から浮いていた。間抜けな格好だ。
まるで体が固まって石にでもなったかのような姿だった。
「フフフッ。ハハハハハハハッッッッ!!!」
「!?」
倒れていた魔族が立ちあがる。
魔族の胸には体を斜めにはしる大きな傷があった。
しかし、奴は生きていた。
断ち切られたはずの体が接合していた。
「愉快!どうして人間は同族を庇う!初めから庇おうなどとせず不意打ちで私を殺しておけば今頃生還の幸せを味わっていただろうに!子を守ろうとする人間の愚かさは理解出来ない!しかし愉快だ!!」
「あ、ああ」
どうして、こいつが生きている。
父さんが殺したはずじゃないのか。
どうして。
まるで父さんが負けたのは、僕を庇ったからみたいじゃないか!!
「魔族は知性を持ったが、それでも得られなかったものがある。愛だ!人間にあって魔族にないもの、それが愛!なんと美しい、なんと愚かしい!だが、だからこそ、人間は魔族の敵足り得る!!」
「うわああああああっっ!!!!」
理解する。理解してしまう。
全部狂ってる。
こいつは僕たちを殺戮する。
父さんは僕を庇ったせいで、たぶん最初の時に僕を庇ったせいで石化した。
人間の敵、魔族。
憎い。
殺したい。
憎しみと殺意と後悔と無力感と狂気が駆け巡る。
痛い。苦しい。
頭か、否。
眼孔の奥か、否。
左目が痛い。
失くしたはずの左目が酷く痛む。
左目を抑えると、そこに眼帯はなかった。いつの間にか落としたのだろうか。
「『……殺してやる』」
聞こえたのは確かに僕の声だった。
しかし、僕はそれを自分の耳ではなく、他のところ、ずっと遠くで聞いていた。
「ほう、今なんとおっしゃいましたか?」
「『殺してやると言った』」
魔力が無くなって動けないはずの体が起き上がる。
今まで感じたことのない感覚が、目の前の魔族よりも圧倒的な魔力量が、僕の体にあった。
「『繋がった条件は不明瞭だが、まあいい。まずお前を殺す』」
「少し、黙りなさい。!?」
先ほどと同じように僕の目の前に来た魔族がその鋭利な爪僕の方に振り下ろす。
しかし、金色の壁に阻まれて、僕の肌に近づくことは出来なかった。
「『お前ごときが触れられると思うなよ』」
「ガアアアアアッッ!?!!」
僕が軽く腕を振るうと。腕が直接当たっていないにも関わらず、魔族が吹き飛ぶ。
ぶつかった家屋ごと、魔族は数十メートル吹き飛んだ。
僕の両目には金色の障壁、否。金色のただの魔力が僕の周りを漂っているのが見えた。
「『両目で見えるのか』」
魔族を吹き飛ばした方向を見ると、赤黒い魔力が弱弱しく光り、地面に倒れ込んでいるのが見えた。
「『さすが伯爵級。しぶといな。まあいい、息の根を止めるか』」
金色の魔力が渦巻く。
「『集え、我が下僕どもよ。我が前に頭を垂れて傅け』」
赤黒い魔力の元、ブリジストン伯爵のところへ駆けながら詠唱をする。
魔族が僕を見て怯えていた。
それがひどく可笑しくて、僕は嗤った。
「ヒイッ!?その金色の両瞳は!!?」
「『奈落への階段。伯爵風情が、頭が高いぞ』」
漆黒の柱が天から地中へ向かって突き刺さった。
直径10メートルほどの螺旋状に回転する圧倒的な質量を持った柱が、魔族を押し潰し、勢いを弱めることなく、地中深くまで突き進む。
僕はその眼で赤黒い魔力――ブリジストン伯爵という魔族が消滅するのを確認した。
膝から地面に崩れ落ちる。急に全身から力が抜ける。急激な寒気がした。
目の前には深い穴が開いている。後ろには壊れた家屋があった。
そして村にはもう魔族はいなかった。
『接続が切れたか』
「……先生、僕は、守れましたか?」
『ああ、よくやった。今は休め』
「……はい」
ひどく疲れた。
白の魔力も金の魔力もなく、僕の中は空っぽだった。
ちょっとだけ休もう。
「……とうさ、ん」
目を閉じるとシルバ父さんの広くて厚い、力強い背中があって、僕はそこへ手を伸ばそうとして、
――意識を失った。
お読みいただき、ありがとうございました。