第012話 石化~VSブリジストン伯爵①~
「あ、あ。あああっっ!!」
リューネ母さんが、リエルが、ヴェルが、体を黒こげにして転がっていた。
生きているのか死んでいるのか僕の位置からは判断がつかない。
『落ち着け』
「……おち、落ちついてなんて……いられ、ない!」
『冷静になれ。まだ三人とも死んでいない』
「ほんと、う?」
『しかし、このまま何もしなければ魔族が手を出さずとも死んでしまうだろう』
「そ、れはいやだ。ぼくがしん、でも、かぞく……けは……まもり、たい」
『……』
おかしくなった体はうまく声が出せず、ちいさな声で途切れ途切れ先生と話す。
魔族は少し満足したのか転がった母さんたちには見向きもせず、こちらを見ていた。
『……奴の注意を引け、あとはこちらで用意をする。まだ魔術は使えるな?』
「……わか、った」
ぼろぼろの体を無理やり起こし、立ち上がる。
足が震えていた。二本の足でなんとか支えるように体を起こす。
「まだ立ち上がりますか。そこで寝ていれば楽に死ねたものを」
「か、あさんたちに、手を出すなっ。おま、えの相手は、ぼくだ!」
「ふふっ。いいですね。絶望的な状況で折れない心。それでこそ人間!それでこそ私たちの敵!それでこそ殺し甲斐がある!!」
ゆっくりと魔族が歩いて僕へ近づく。
殺す瞬間を愉しんでいる。
「先ほど私はブリジストンと名乗りましたね。元々、魔族に名前などはないのです。互いを識別する必要がありませんからね。しかし、爵位持ちとなると知性が宿る。徒党を組んで組織を作る者もいる。それぞれの明確な縄張りも発生してきます。そうなるとやはり名は必要となってくるのです」
つらつらと嬉しそうに魔族が語る。
「人間相手に今までこうして語ることはありませんでしたが、いやしかし。あなたは特別だ。私のことを教えたい。その夜の闇のような黒く力強い隻眼に絶望を刻みたい。だから、教えてあげましょう。私の名前の由来を。ブリジストンと名乗る由縁を」
途中で魔族が立ち止まる。
それは魔族の間合いなのだろう。
一瞬で僕に近づき、一撃で僕を殺せる距離。
「石化の魔術があるのはご存じですか?緑肌蛇や石眼鳥など魔獣でも希少種だと使えるものもいるのですが、私のそれはね、相手を石に変えるのではなく、姿はそのまま形を止めてしまうのです。昔、あれはまだ私が爵位を受けたばかりの頃、私の縄張りの近く、崖を挟んだ向こうに人の村がありましてね。百人を少し越える程度の規模だったのですが、そこに住んでいた者たちを使い、私の領地への橋をかけました。いつしか呼ばれた石化した者たちの橋、それが私の由来。ストーンブリッジのままでは名前として味気ないのでブリジストンと名乗っております」
愉しそうに語る魔族からは狂気を感じた。
狂ってる。
石化した人間で崖に橋を作る。頭がおかしい。
そんないかれた発想がどこから沸くのか。
「お前は、気が狂ってる。人間をなんだと思ってるんだ!?」
「威勢がいいですね。魔族に対して狂っているは褒め言葉ですよ」
魔族が嗤う。
姿は人であるのに、礼服の上の頭は黒く塗りつぶされた魔族の頭だ。
大きな口が三日月のように裂け、嗤っている。赤い目は愉悦に歪んでいた。
『私に続け。――光の女神よ。すべてを包み込む祝福を与えたまえ』
「……ひか、りの女が、みよ。……すべてを包み……込む祝福をあた、えたま、え」
「むっ!?」
先生の声に合わせ、詠唱が口から零れ出す。体は限界近いが詠唱は途切れない。
ミスはそのままみんなの死を意味するからだ。
村の上空に白く巨大な魔法陣が広がる。僕が今まで見たことがないサイズ、村すべてを覆うような魔法陣だ。
ブリジストン伯爵が自分の周囲に強固な障壁を発動させる。
その障壁では僕の魔術は通らないだろう。母さんの魔術だってこいつにはほとんどダメージ通らなかったのだ。あまりにも強靭な障壁。
しかし、それは意味のない行動だ。
この魔術は今まで一度も使ったことがないが、降り注ぐ白い光を感じて確信する。
暴力的なまでに僕の魔力を根こそぎ吸い尽くすそれは、僕の制御を離れていた。しかし、僕には先生がいる。僕一人では出来ないことも先生がいれば、例え暴走状態だとしても、術は完成する。
『癒しの世界』
「癒しの世界」
村を覆う白い魔法陣から白の輝きが降り注ぐ。
それは倒れている者たちへ触れると、全身を白く覆うように柔らかく光る。
光った体は徐々に傷が小さくなる。
荒かった呼吸はおだやかになり、止まっていた脈が静かに動き出す。
死んでいた人が蘇らない。しかし生死の境にいた者たちがこちら側へ戻ってくる。
女神の祝福。
これは治癒魔術だ。
僕の体も表面の傷が消え、体の中の痛みもほとんど感じない。
ただし、魔力消費による眼孔の奥、頭痛は先ほどより更に酷い状態となっていた。
「……私を殺すためではなく、味方を生かすための魔術ですか。それにしても、矮小なその身で、これだけの極大魔法……なるほど、まさかまさかとは思っていましたがその金の髪、黒の瞳。勇者と聖女に子がいるという噂は真実だったのですね。特別だとは思っていましたが、ああ!私の眼に狂いはなかった!!」
「……」
何かに驚いている魔族だが、僕にそれを聞く余裕はなかった。
既に再び地面に這いつくばった体はもう1ミリも動かない。それなのに頭は中で獣が暴れているんじゃないかというぐらい痛い。
今ので魔力を本当に全部使い切ってしまったのだ。
今まで感じた魔力切れとは別次元だ。急に意識を失う時だって、まだ体に少しは魔力の感覚があったのに、今ではもう体が自分のものではないかのように感じる。
「仕方ない。ここであなただけを殺したら、他の人間は見逃しましょう」
そう言って、魔族は障壁を解除した。
その言葉に僕は安堵してしまった。
僕はやりきったのだ。ここで僕は死ぬだろう。
魔族の話しぶりを見るに、狙いは僕だ。僕が死ねば、他のみんなは見逃してくれる。
「――などと言うと思いましたか?」
「!?」
「ふふっ、ふふふふっ、ふははは!!この村の人間全部皆殺しにするに決まっているじゃないですか!私たち魔族がどうして人間を殺すのか知らないのか!食べるため?生きるため?違う!ちがうチガウ違う!!」
魔族は口を大きく開け、赤い目を光らせる。
「人を殺すのが愉しいからだ!家畜の悲鳴が心地良いからだ!肉を潰す感覚が忘れられないからだ!絶望に染まる瞳を見続けたいからだ!!」
魔族、人間の敵。
こいつらと僕は共存することは出来ない。
対極の存在。
狂っている。
「さあ、あなたの絶望は私の傍に飾りたい。いつまでも永遠に。そう、死ねない石にして傍に飾ってあげましょう」
悔しさに涙が溢れる。
もうどうにも出来ない。
魔力は切れ、体は動かない。
後は僕が死に、次に母さんたちも殺される。
魔族の口が赤黒く光る。
おそらく、これは石化の魔術だ。
石になるのはどんな感じなのだろうか。
死ぬのか、意識はあるのか。
僕の意識が途切れ、赤黒い閃光が迸った瞬間、僕の頭上で銀の光が煌めいた。
「悪いな。遅くなっちまった」
恐々目を向けると、赤黒い閃光が銀色をした何かに弾かれたのが見えた。
鎧に身を包み、幅広の両手剣を構えるシルバ父さんが僕を守るようにして立っていた。
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