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Missing  作者: 逢坂
恋情パースペクティブ
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24/33

14.all my love

14.


「嫉妬、かぁ」


 日記帳を閉じながら、私は口の中だけで小さく呟いた。


「かっこわるー」


 でも、良かった。これは恋だ。

 親愛でも友情でも依存でもない、どこにでもある、ありきたりな恋だった。欲張りで身勝手で、大好きな先輩にまで嫉妬して。相手と真っ直ぐ向き合えないのは、後ろ暗い気持ちがあるからだ。幼い頃の私はまだ殊勝だった。由稀から何かを奪ってしまうことを恐れていたし、彼のためになるならば、離ればなれになってしまっても構わないとすら思えた。それがいつの間にか、彼と一緒にいることが一番の望みになって、誰にも渡したくないと思うようになった。日増しにみにくくなっている。

 自然と笑みがこみ上げてきた。そりゃあ、焦りもするわけだ。ただ愛しい相手の幸福を望むような、誠実で清らかな心持ちだったら、いつまででも穏やかに胸を張っていられるだろう。でも、今の私はそうじゃない。

 私たちはアリス先輩とお別れしてからも、今ひとつ煮え切らない関係を維持していた。中学卒業後、私は推薦、由稀は学力入試で、今の高校に入学した。相馬君は野球をするために、隣の地区の全寮制高校に行ってしまった。聞くところによれば、今では立派なエースで四番だそうで。時々こっちに戻ってきては、コーラ好きの由稀をマクドナルドに誘うらしい。加奈子ちゃんは私たちと同じ学校だったけれど、クラスも部活も違うしで、最近あまり話す機会がない。

 高校生になって、由稀は一層他人を寄せ付けなくなった。いつも不機嫌そうに顔をしかめて、せっかく入った写真部も幽霊部員。ただ、美術部にはしょっちゅう顔を出していた。なるべく傍にいようとしてくれている気がして、私はそれが嬉しかった。彼の無愛想なところも、心のどこかで都合良く感じていた。結局私たちは、何一つ決定的な言葉を交わせぬまま、不器用な日々を積み重ねただけだった。昔の私なら、きっとそれでも満足しただろう。由稀の近くて絵を描いていられれば、十分だと思ったはずだ。でも、今の私には我慢できない。このままじゃダメだって気付いて、焦って焦って、また、夏を迎えた。ちょっぴり勇気を出して書いた交換日記は、まだ返ってこない。


「園村さん!」


 悲鳴にも似た叫び声が、突然私の名前を呼ぶ。驚いて振り返ると、髪をぐしゃぐしゃに乱した花ちゃんが、お店の入り口に立っていた。


/


「ごめんね」

「別にいいって、面倒くさい。謝り過ぎだ」


 美術室に向かって階段を上りながら、由稀は煩わしそうに眉を寄せた。別にいいと言われても、そんな簡単に割り切れることじゃなかった。私が財布を忘れたりしたせいで、花ちゃんはひったくりに遭い、由稀は犯人に襲われた。謝ったって今更何にもならないことはわかっているけれど、他に言葉が無かった。


「だって、花ちゃんなんか、鞄、あんなにされちゃって」


 ぷんぷん怒っていた彼女を思い出し、私は唇を噛んだ。彼女が犯人を詰る度、自分が責められているような気がして辛かった。


「縫ってやれ、どうせ元々手作りだ」

「私裁縫できない」


 涙が零れるのを堪えていた私は、鼻の詰まった声で応えた。呆れたように眼を見開く由稀。


「家庭科でやったろうが」

「由稀にしてもらった」


 つい、そんな甘えた台詞が口をついたのは、さっきまで、日記を振り返ったりしていたからだ。思い出して欲しいことがあった。そして、受け入れて欲しいことが。


「あぁ、そうだったかな」


 がしがし頭を掻き、由稀は遠い眼をした。美術室の前に着いても、 なかなかドアを開けない。思案するような沈黙の後、彼は妙に優しい声で告げた。


「せっかくの機会だ、自分で縫ってみろよ」


 それが拒絶だということは、すぐにわかった。全身がかっと熱くなって、思わず、ドアの前で立ち尽くしてしまった。涙なんて一瞬で乾いた。

 ただの気まぐれならいい。でも、私が最後に書いた交換日記を読んだ上でそう言ったのだとしたら――。

 やがて、菊池君と二・三言葉を交わしたあと、由稀は美術室を出て行った。私はそれを確認してから、大きく溜め息をついた。必死に感情を抑えながらパレットと筆をとる。けれど、カンバスの『八月』と向き合った瞬間、私の中で何かがぱちりと爆ぜた。叩き付けるようにして、何度も何度も、真っ青な絵の具を画面に重てゆく。


「ユ、キ、ちゃ、ん、の、ばーっか! アホ! 格好つけ! めんどくさがり! コーラの飲み過ぎで骨まで溶けちゃえ!」


 息が切れるまで叫んだところで、菊池君が部屋から出て行く気配を感じた。頭上を仰ぐと、白い天井に、いつか陸上競技場で見た抜けるような空が映った。


「馬鹿は、私だ」


 それは、自分でもびっくりする程さっぱりとした、清々しい独白だった。あの日、私はきっと、アリス先輩の告白を止めるべきだった。そうして、正々堂々と、胸の内を由稀に伝えれば良かった。彼は私を拒むかもしれないけれど、それでも。

 いたずらに先延ばしにして、うじうじうじうじ、馬鹿みたい。彼を大事に思う気持ちは、昔から変わらないのに。

 格好つけで、からかうとすぐ機嫌が悪くなるところも。面倒臭がりなのに、甘えたらちゃんと助けてくれるところも。説教くさくて、口が悪いところも。愛想はないけど、情は深いところも。私のことを心配して、時々、わざと距離を置こうとするところも。全部好き。愛してる。

 この絵を描き終わったら。そう心に決めて、私は再び筆を動かし始めた。泣いたり悩んだり、捨てたり失ったり。それでも歯を食いしばって、絵を描くのをやめなかったのは、手に入れたい未来が、その先にあると信じているからだ。

 あの夏の日に得た道標は、今でも私を導いてくれている。大丈夫、大丈夫。ちゃんと奥の方まで、道もゴールも見えている。


/


 8月1日(金)


 8月に入って、いよいよ夏も本番って感じだね。夏と言えば、最近よく、中学二年の頃のことを思い出すの。由稀の家に押し掛けて、「待ってて」って、言ったことがあったでしょう? 私、不器用でさ、絵を描くしか能がないから、由稀にはたくさん迷惑かけちゃうだろうけど。それでも、由稀には、ずっと待ってて欲しいって、思うよ。甘ったれたワガママだって、わかってる。でも、今でもそう思うの。別に、何か返事が欲しくて書いてるわけじゃないんだけど、由稀も少し、思い出してみてくれると嬉しいかな。

 それはそうと、あの時は、由稀が本気でおじさんのこと殴っちゃって大変だったよね。最近は仲良くしてる? ダメだよ、ケンカばっかりしてちゃ。


 園村色




第二章「恋情パースペクティブ」終

第二章終了。

三章は、犬伏麻耶編です。

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