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【1】CrossDestiny  作者: 氷鴉 刹
1章「古き本と黒き鳥」
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1話 「霧雨の街トワル」

 鈍色の天の許、雨は一向に止む気配がない。

雷鳴と共に降り注ぐような雨でないため、街を見遣れば小走りに道を行き交う人々の姿が目に入る。

しかし、人々は語らうわけでもなく街はただひたすらに静かであった。

 ――幻国ブリステア、トワル公領。

王となるべき者がその地位を剥奪され、暮すことを余儀なくされた決して空の晴れぬ地。

何故剥奪されるに至ったかを知る者は今や皇帝一人となった。

否、元より知る者は彼より他には居なかったのだ。

皇帝は誰が聞こうともそれについて口を開くことはなかった。

例えその王の子孫にも、伝えることはなかった。

「そうだとしても私は……どうしても知りたいんです!」

 トワル城の王の間でまだあどけなさの残る少年が叫んだ。

「何も知らず、この血に翻弄されるのは嫌です……!」

 少年が己が気迫の全てを懸けて懇願するも、その母は王者の座に腰掛けたまま、少しも表情を変えずにじっと我が子の眼を見ていた。

紫を微かに孕んだ漆黒の眼をただひたすらに、じっとじっと見ていた。

 彼女の意識は今は居ない城の主の許に在った。子の声は遠く、仕事に追われあまり返ってくることが出来ない夫を思い起こさせる眼に吸い込まれていた。

 少年は母の様子に溜め息を吐いた。

もう何度目か知れぬ遣り取りがまた意味を成すことなく終わった。

背後で引き留める声がしたが、戻ったところで不毛な遣り取りが繰り返されるだけということを彼は知っていた。

 決して日が差さぬ窓は濡れて城の暗さを際立たせている。

廊下を抜け、石造りの、苔を生し掛けた古びた螺旋階段を下り、向かうのは修練場。近付くほどにその乾いた金属音と勇ましい声は大きくなる。

 少年は修練場が堪らなく好きであった。

足を踏み入れるとそこの主とも言える騎士長アルヴァ・ソーンが、

「テンレイ様,帝王学の時間をお忘れでしたか?」

と、わざとらしく聞いてきた。

「今日だったのか?」

 これまたテンレイもわざとらしく返した。すると、アルヴァは深く溜息を吐いてよろけて壁に背をもたれてしまった。

 耳を澄ませば“全く、貴方という方は……”と彼はぶつぶつ呟いていた。

「仕方がないだろう? 関心がない物には時間を使いたくないんだ」

 悪気なくテンレイは思っていることを言う。

それが、元来苦労症の騎士団長をさらに悩ませてしまうということには気付かない。子供故の残酷さと言うか、彼は自分の思いに素直で、なおかつ従順であった。

素直すぎるがゆえに不真面目だと咎められることもあるが、彼は決して不真面目でもない。関心があるものに対してはその真相を知るまでは諦めようとしない頑固さを持っている。

 近頃は、その関心が不運にも決して明かされたことのない王の失踪の向いてしまった。

気になって仕方がなくて、普段は近寄りたくもない首都へ行きたくて仕方がなかった。

それをアルヴァに語ると“テイラー様の許可無しに行くのはお止めなさい!”とものすごい形相で叱られたばかりであった。

トワルの城主テイラーも不運な幼少期を送ったのだが、それは皇帝が最もたる原因のようで、皇帝のことを一言でも語ろうとすれば瞬時に機嫌を損ねてしまうほどである。

そのことを踏まえての判断であったのだろうが、禁止されると行動したくなるものであった。

「困りますよ。仮にも貴方は将来このトワルを担うのですよ?」

 首をもたげたままアルヴァは、至極呆れたような声でそう言った。

「どうせ、緊密な外交も無い。何もしなくても統治できるだろう」

 テンレイは脳裏に街の様子を浮かべる。

トワルは門から城へ続く唯一の大通りを除けば、疎らな住居と広大な果樹園が広がるばかりの静かな場所である。統治するための最低限の法がある今、公爵の仕事など無いに等しい。それ故に、長くトワル公爵が戻らずとも乱れることなく、静かに平和に単調に毎日が過ぎて行くだけの場所であった。

「公爵を襲位した人が居ればいいだろう?」

 ニコッと笑うテンレイに対し、アルヴァはまたゆっくりと首を振った。

「全く……貴方と言う人は! 貴方が公爵となるとき――テイラー様が即位する時ですよ! 貴方は公爵という位だけでなく皇子という――」

「あーはいはい、分かった。とりあえず説教はこれくらいにして手合わせしてくれ」

 彼はアルヴァの長い長い説教の間にちゃっかりレイピアを騎士見習いより調達してきていた。

アルヴァの鼻先に突きつけて挑発すれば、騎士達がぞろぞろと集まってきた。

「本当に困った人ですね……」

 頭を抱えつつも、テンレイから距離を取って恭しく一礼をした。そして無駄のない酷く整った様相で、細剣レイピアを構えた。

「さぁ、どうぞ? ただし,私が勝ったら帝王学を学んでいただきますからね」

 礼儀正しさの中に燃え上がる静かなる炎。

「負けても学ばせるつもりだろう?」

 対抗するがごとく燃え上がる黄なる炎。

「よくお分かりで」

「お前の頑固さなら父上から聞いているしな!」

 そしてテンレイは脇目も振らず踏みこむ。体中に存在するあらゆる力を目の前に込め突く!

しかし、アルヴァはその突きをあっさりと受け流した。

「無謀な挑戦は慎むのです。徒に殿下を傷つけたくありませんからね」


改稿版です。

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