↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校の死神(改)  作者: 化草野菜子
第二章 雨花の恩返し
PR
7/20

新しい世界

 二人は薄暗い廊下を歩いた。

 帰り際に見回りをする義務がある部活のキャプテンたちが、しっかりしていなかったようで、窓が開いていて涼しい風が吹き込む。

 僅かに風になびく真っ黒な死神姿のラオの後ろに続きながら、雨花はその、どこまでも黒い背中を見つめた。

 なんだか、葬式や喪服を思い出す。

 

「お前、怖くないか?」

 

 不意にラオが口を開いた。

 

「え? まあ、そりゃ怖いけど、ちゃんとやっつけてくれるんでしょ?」

 

「そうじゃなくて、オレのこと」

 

 そう言うと、ラオは雨花の方を振り返った。

 死神姿の彼は気のせいか、瞳の中まで果てしなく黒くて暗いように見えた。

 普段のときの明るさとのギャップに、雨花は少し戸惑った。

 

「別に? そりゃあ最初はちょっと怖かったけど、今は全然!」

 

 雨花は努めてなるべく元気に答えた。

 二人はいつの間にか階段に差し掛かり、声が反響していた。

 

「そうか」

 

 ラオは少し嬉しそうに表情を緩めると、前を向いてそうつぶやいた。

 

 階段を一番下まで下りると、あの大きな鏡の前に行き着いた。

 昨日の件もあり、雨花は怖くなって、気づかれないようにそっとラオの後ろに隠れた。

 昨日の件で思い出したのだが、この鏡にも、音楽室ほど具体的ではないにせよ、なにかしらの様々な怪談話が囁かれているのだ。

 鏡には彼の姿が映っておらず、雨花一人だけが映し出されているので、妙な動きがバレバレだった。

 

「んー……もう出た後か?」

 

 ラオは少し考え込むように、自分が映らない鏡をじっと見つめた。

 

「どういうこと?」

 

「んー、なんかようわからんけど、この鏡からよく霊とか妖怪? とか出てくるんや。なんか別の空間に繋がってたりして……? まあ、わからんけど、よく夕方に出てくるから、ちょうど出て来たところを仕留められんかなって思ったんやけど……そう上手くはいかんか」

 

 雨花は改めて、古びた大きな鏡を上から下まで眺めた。

 確かに、ここからお化けが出てくる、なんて噂話(事実だったが)も前からあった。

 それにしても、ラオが前にいるのに、自分だけが見つめ返してきて変な感じだ。

 

「へえ、そうなんだ。……気になるね、この鏡。ところで霊とか妖怪ってみんな前みたいな悪い奴ばっかなの?」

 

「いや……そんなわけじゃないと思うけどな。よーわからんけど」

 

 二人は再び霊や妖怪を探して歩き出す。

 職員室にはまだ先生がいるようで、気づかれないように静かに通り過ぎた。

 その後、美術室や音楽室の前まで来たが、中には入らず、再び来た廊下を戻って行った。

 

 そして二階の廊下に辿り着いたそのとき、雨花は急に悪寒がして身体をブルッと震わせた。

 

「なんか……寒い」

 

「やっぱりわかるか?」

 

 ラオはそう言って三年B組の教室の前まで来ると、ガラッと勢いよくドアを開けた。

 そこには、青白い火の玉がふよふよと浮いていた。

 

「あっ、火の玉!」

 

 雨花が見つけたとばかりに声を上げた反面、ラオは溜息をついた。

 

「あー、違ったみたいやなあ」

 

「え? 成仏させないの?」

 

「ああ、人に危害を加えん程度なら、ほっといても自然と成仏する可能性が高いし、その方がいいらしい」

 

 ラオが言い終わると同時に、雨花はまた身体中に悪寒が走った。

 

「なんか、また?」

 

「ああ、三-Aの方っぽい」

 

 ラオは短く答えると、くるっと向きを変えて三年B組の教室から足早に出た。

 雨花も慌てて後を追う。

 三年A組の教室に入った途端、雨花は思わず小さく悲鳴を上げた。

 恐怖で自然と足が震え出す。

 そこには長い髪を振り乱し、身体が妙に細く下半身のない女の化け物が立っていたのだ。

 一番不気味なのはその異様に長い腕と、細長く鋭い爪の生えた大きなその手で、自立している姿だった。

 

「妖怪、か……?」

 

 ラオはそうつぶやくと大鎌を構えた。

 

「だだ、大丈夫なの?」

 

 雨花が真っ青になって震えながらそう発した瞬間——その化け物が、二人目掛けて手で這ってきた。

 

「うわあああ!」

 

 雨花が絶叫して咄嗟に避けると、化け物はそのまま教室から出て行ってしまった。

 

「なんか、あれみたいだな、ほら、よく都市伝説とかに出てくる……えーっと」

 

 パニック寸前の雨花と違って、ラオは呑気に腕を組んで頭をひねる。

 

「な、な、なにかなあ?」

 

「あ! テケテケ!」

 

「あ、ああ、確かにねえ」

 

 雨花は初めて妖怪らしいものを見て、茫然としていた。

 教室から出ると、ラオは廊下の真ん中に立っている、テケテケのような化け物を見据え、

 

「よし!」

 

 と掛け声と共に、大鎌を振りかざして駆け出した。

 テケテケもどきも彼に向かってくる。

 ガリガリと、化け物の爪が床に擦れて嫌な音が響く。

 雨花は教室のドアから恐々と見守った。

 ラオはテケテケもどきが目の前に迫ってきた瞬間、大鎌を素早く振り上げた。

 

「ギエェエエ!」

 

 校舎全体を揺らさんばかりに、テケテケもどきの恐ろしい悲鳴が響く。

 その時、長い髪で隠れていた化け物の顔が、一瞬露わになった。

 恐ろしい顔だった。

 異様なほど大きな赤い目と、鋭い歯が覗く耳元まで裂けた大きな口……。

 傷を負ったテケテケもどきはラオから逃れ、雨花の方へ向かってくる。

 

「うひゃあ!」

 

 雨花は情けない声を上げて教室に引っ込むが、足が竦んでしまい、その場から動けずに混乱している。

 

「根岸、伏せろ!」

 

 ラオの叫び声に、慌てて雨花は頭を抱え込むようにしてしゃがみ込んだ。



 

 ——ザクッと、なにかを切り裂く音がした。



 

 雨花が目を開けると、目の前でテケテケもどきの姿が光に包まれ始めていた。

 テケテケもどきはじわじわと光の塊になり、フッと溶けるように消えてしまった。

 消える直前に、誰かの穏やかな顔が見えた気がした。

 

「大丈夫か?」

 

 ラオが静かに雨花に声をかけた。

 

「うん……」

 

 雨花は、なんとか立ち上がりながらうなずいた。

 

(こんな妖怪も元は人間だったのかな……)




 

 下駄箱まで来ると、ラオは不意に立ち止まった。

 

「お疲れさん……。なぁ、ごめん……お前やっぱり危ないし、手伝うのなしでええよ?」

 

 ラオは申し訳なさそうに頭を掻いて、視線を泳がせた。

 雨花はそんな彼が、ふと寂しそうに見えた。

 

 ——もしかしたら手伝えというのは、単なる口実だったのではないだろうか。

 彼は、ずっと独りであんな化け物と戦ってきたのだ。

 おそらく雨花と同じ、まだ十三、十四歳の少年なのに……。

 

 雨花は息を吸い込むと笑顔を見せて、元気に答えた。

 

「いや、手伝うよ? 恩返しなんだし!」

 

 ラオは目を丸くする。

 

「本当にいいんか?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「うん、でも……ちゃんと護ってね?」

 

 雨花はなんとなく照れくさくなって、急いで靴を履くと、荷物を持って彼に背を向け歩き出した。

 

「もちろん……根岸、ありがとな」

 

 そんな彼女の背中に、珍しく、ラオの優しい声が返ってきた。




 

 雨花は学校から出ると、ぎゅっと鞄を抱きしめた。

 曇っていた空には、いつの間にか星が顔を覗かせて輝いていた。

 

(死神かあ……怖いけど、なんか、こんなにワクワクするの初めてかも。違う世界を知れるなんて、なんか嬉しい……!)

 

 毎日同じことの繰り返しの日々の中、彼との出逢いは、雨花にはあまりにも新鮮な体験だった。

 

 まるで、積み重なっていくだけの色のないキャンバスに、鮮やかな一滴の絵の具が落とされたかのように……。










  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。