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学校の死神(改)  作者: 化草野菜子
第七章 存在証明
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19/20

家族

 いよいよ夕暮れが迫ってくる。

 ラオは部屋の隅でうずくまったまま、動かない。

 辺りが次第に暗くなる。

 すると、ラオの身体がフッと黒い霧に包まれたかと思うと、次には真っ黒な死神姿になっていた。

 ラオはうずくまった姿勢で、いつの間にか死神の大鎌を抱え込んでいた。

 

「……ラオ?」

 

 雨花がおずおずと声をかけると、ラオはゆっくりと立ち上がった。

 そして、はっきりとした口調で言った。

 

「行こう」




 

 再び空き家に着くと、ラオは迷わず中へ入って行った。

 その後へ雨花も続く。

 すぐにラオの兄が現れた。

 

「来たか」

 

「おう」

 

「父さんは二階の奥の部屋だ。でも……もう父さんじゃなくなってる。そこには母さんもいる……」

 

 ラオの兄は悲しそうに、そう教えてくれた。



 

 二人は無言で階段を上がり、その部屋へ向かった。

 ラオは少し躊躇うと、ドアノブを捻った。

 日が落ちるのが早いせいもあるが、その部屋は特に薄暗かった。

 

 二人はゆっくりと足を踏み入れる。

 

「誰だ……?」

 

 部屋の隅の方で声がする。

 そして、ゆらりと男の霊が浮かび上がった。

 やはり、どことなく、ラオとその兄に似ている。

 ラオの父親だ。

 

「久しぶりじゃないか……ラオ」

 

「父さ——」

 

 ラオは怯えたように、か細い声でつぶやいた。

 雨花は心配そうに、ラオに視線をやった。

 

「お前のことは……そりゃあもう……恨んでるよ……」

 

 不意にラオの父親の背中が、ボコボコと不気味に蠢き始めた。

 

「……っ」

 

 ラオは思わず一歩下がった。

 手が震えている。

 こんなラオは初めて見る。

 

「ラオ! しっかりして!」

 

 雨花はラオの服を引っ張った。

 その間にも、ラオの父親は身体が変形している。

 

「よくも父親を殺したな……今度こそ、お前を殺してやる……!」

 

 そう言い終わった頃には、ラオの父親は恐ろしい姿に変貌を遂げていた。

 異様な姿だ。

 背中が大きく腫れ上がり、そこには悪霊に取り込まれてしまったのか、無数の人の顔がへばりついている。

 ラオの父親は白目を剥いて、不気味な笑みを浮かべている。

 背中にへばりついている無数の顔は皆、悲痛なすすり泣きや、呻き声を上げている。

 

 そして、その中には——

 

「か、母さん?」

 

 ラオは恐怖に目を見開いた。

 

「えっ? なに? どういう——?」

 

 雨花も震えながら、ラオとその化け物になってしまった父親を交互に見た。

 

「……ラ、オ?」

 

 背中の無数の顔、その中の一人の女性が、苦しそうにラオの名を呼んだ。

 

「はははははは!」

 

 ラオの父親は恐ろしい笑い声を上げながら、こっちへ向かってくる。

 

「ラオ!」

 

 雨花は声を張り上げ、ラオを力いっぱい引っ張って避けさせた。

 

「しっかりして!」

 

「!」

 

 雨花の呼びかけで、ラオはようやく我に返った。

 しかし、その顔は今にも恐怖に押しつぶされそうだった。

 

「うお゙あ゙あ!」

 

 ラオの父親は容赦なく襲ってくる。

 しかし、ラオは避けるだけで、決して切りつけようとはしない。

 

「うわあ!」

 

 怯えきった叫び声を上げ、息を乱しながら必死に逃げている。

 

「なにやってるの! やらなきゃ、やられるよ!」

 

 雨花は必死にラオに声をかける。

 それでも、ラオは逃げるだけだ。

 とうとうラオは、隅に追い詰められてしまった。

 ラオは震える手で大鎌を握りしめ、今にも壊れてしまいそうだった。

 

「ラオ! しっかりしてよ! そいつは悪霊なんだよ?」

 

 ラオの父親は恐ろしい顔で笑いながら、迫っていく。

 

「お父さんとお母さんを、助けてあげて!」

 

 鋭い爪のついた大きな手を振り上げる。

 

「ラオにしか、助けてあげられないんだよ!」

 

 そして、その手を勢いよく振り下ろす。

 

「ラオ——!」



 

 ——ザクッ——



 

 鈍い音が響いた。

 ラオは、自分の父親に大鎌を突き立てていた。

 

「……あ……と、父さんっ」

 

 大鎌が手から滑り落ち、ラオはその場に膝をついた。

 ラオの父親の背中からは、取り込まれていた無数の魂が解放され、天へ還っていく。

 ラオの父親は元の人間の姿に戻っていた。

 

 悪霊は——消滅した。

 

 母親もその傍らに立って、穏やかな表情をしている。

 

「ラオ……お前には、いっつも助けられてばっかやな……」

 

 父親は先ほどとは全く違う、優しい声でラオに話しかけた。

 

「なに言って……! オレは父さんを、殺したのに……っ」

 

 ラオは戸惑って、悲痛な声を上げた。

 

「お前があのとき止めてくれんかったら、俺は自分の息子をこの手で殺してたことになる……その後は、どうせあいつに支配されとった……家族二人を失っとる上に、お前まで手にかけとったら、俺自身の魂が悲しみに支配されて、化け物になっとったかもしれん……またこの姿に戻れたのは、お前のお陰や」

 

 父親は優しくそう言うと、ラオの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「父さん……」

 

 ラオの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

「それに……いくら悪霊に取り憑かれとったとはいえ、本当に悪かった。謝って済むようなことじゃないけど、俺の心の弱さに責任がある」

 

「父さん……もう、いいよ」

 

 ラオは目をこすりながら、そう言った。

 

「私も……弱いばっかりに、二人を置いてっちゃって、ごめんね? それに、ありがとう……。ラオを生んでよかったよ!」

 

 ラオの母親は優しくそう言って、ラオそっくりの笑顔でニカッと笑った。

 

「母さん……でも、オレあのとき、母さんを支えてあげられんかった……」

 

 ラオは、後ろめたそうにつぶやく。

 

「なに言ってんの! 男がいつまでもうじうじせんのよ!」

 

 母親はぽんとラオの肩を叩いた。

 

「うん……ありがとう! 父さんも母さんも……」

 

 ラオは涙で濡れた顔を上げると、二人にニカッと笑いかけた。

 そのとき、二人の身体が光に包まれ始めた。

 

「そろそろ行かんとな……お前も早く来いよ! お前が死神になったのは、多分俺を殺したからじゃない……自分の命を、自分で捨てたからだ。俺が言えたことじゃないけど、そんなのただ逃げただけやしな。生きてたら、楽しいこともある! 死んだら美味いもんも食えなくなるしな!」

 

「そうよ! ラオも早くおいで?」

 

「俺もそう思うな」

 

 母親に続いて、ラオの兄も光に包まれながら現れた。

 

「兄ちゃん! ずっと独りにして、ごめん……」

 

「母さんも言ったろ? 男がうじうじすんな。根岸さん、本当にありがとうな!」

 

 兄も弟と同じように、ニカッと笑った。

 雨花もそれに笑い返す。

 

「お前は良い弟だった! まあ、いっぱい喧嘩もしたけどな……ま、それが兄弟ってもんやろ?」

 

 ラオの兄がそう言い終わると、家族三人はまばゆい光に包まれ、互いに笑いあって、抱き合い、光の塊となって消えていった。



 

 ——無事に、成仏したようだ。



 

 後に残された二人はしばらくの間、沈黙した。

 

「……根岸」

 

 ラオが不意に口を開く。

 

「なに?」

 

「本当に、ありがとな……」

 

「うん……」

 

 そのとき、ラオの身体が再び黒い霧に包まれたかと思うと、人間の姿に戻っていた。

 

「ラオ! 死神から、解放されたの?」

 

 思わずラオに駆け寄る。

 

「多分な……」

 

 ラオが静かに答えると、突然彼の右の手がぽうっと光を発した。

 

「ん?」

 

 ラオが不思議そうに自分の手の平を開くと、黒い文字で『二十四時間』と記されていた。

 文字はすぐに、先ほどの黒い霧のように消えてしまった。

 

「二十四時間後に還るってことかな……?」

 

 ラオもよくわからない様子で首をひねる。

 そしてやはり、一向に身体が光に包まれる気配はない。

 

「多分そうやな……ってことは明日の夕方か……」

 

「明日の夕方……」

 

 雨花はラオの目の前に座り込むと、静かに繰り返した。



 

 長い沈黙が流れる……。

 

 雨花は静かに口を開いた。

 

「明日……ラオが行くまで一緒にいていい?」

 

「ああ、ええよ……」




 

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