18 再び (最終話)
バグラドールの派兵を平和裏に撤退させ、モンセルニュ王宮にて、初めての二国間協議の日。
会議を前に、事前顔合わせの部屋で待っていたエドゥアールは、入室してきた男を見て、驚きのあまり表情を失ってひたすら瞬きを繰り返していた。
「初めまして、皆様。ウラニア国王のディオダートです。この度は伝統あるモンセルニュ王国とご縁が結べますことを幸いに存じております」
父とウラニア国王が握手を交わしているが……。
何が起こっているのだろうか。ウラニア国王がデオダにそっくりだ。
俺はついにおかしくなったのか? やはり俺のような軟弱な精神では、過度のストレスに耐えられなかったのだろうか……。
「殿下、お元気で何よりです。お迎えが遅くなり申し訳ございません」
デオダがこちらを見る。
お迎えって、本人……なのか。
「……デオダ、お前ここで何をしているんだ? ……再会は嬉しいが、これは絶対に失敗できない協議なのだ。冗談では済まない、国際問題に発展する前に早く部屋を出ていかないか。一体どうやって忍び込んだ?」
「いいえ、手ぶらでなど帰れません。第二の祖国であるモンセルニュの再建は私の悲願でもあるのですから」
「ウラニア国王はどこなのだ? まさか手でも縛って入れ替わったわけではあるまいな?」
「手ならここに」
デオダがエドゥアールの両手を包む。
モンセルニュ国王はというと、落ち着いて座り興味深そうにじっと二人を観察している。
「デオダ」
「はい、殿下」
「ディオダート国王」
「はい、殿下」
「……!?」
二人はその夜も、怒涛の忙しさのうちに日中を過ごしたまた次の夜も、寝る間を惜しんで語り合った。
話したいことも聞きたいこともいくらでもあって、失った時間を取り戻すためなら、少しも眠くなかった。
「本当に迎えに来てくれたんだな」
「お一人にしてすみませんでした。でも、今回のことは二人で成し遂げたと思っています」
「少しぐらい教えてくれてもよかったものを」
「過去は捨てたつもりでした。帰ったところで殿下を新たな面倒に巻き込む可能性もあったのです。どうかお許しを」
「良い。約束を守ってくれたんだから全部赦す。デオダ、ありがとう、本当に」
***
モンセルニュの保護開始から三ヶ月も経つと、ひとまず一通りのインフラが復活して街は以前の平穏を取り戻していった。観光が復興するにはまだ及ばないが、これは国民感情も追いつかないので時期を待って新たな道を探る。
王宮はというと、ウラニアの協力を得つつ、国王と息子二人に加えて王妃が積極的に意思決定の場に参与するようになっていた。のんびりし過ぎて警戒を怠ったという前歴を作ってしまったため、父と子は王妃に頭が上がらなくなった。エドゥアールは、母は今回のことで倒れたり心を病んだりするのではと一番心配していたので、秘めていた彼女のリーダーシップは最も意外だった。
現在は王宮に戻って生活しているエドゥアールが、ノックの音を聞いて執務の手を止める。
「お時間を頂戴しありがとうございます、殿下」
「陛下。いつでも歓迎いたします。それで今日はどのような?」
「実は、折り入って大事なご相談がございます」
「はい、承知しました」
エドゥアールは側近たちを下げ、部屋は二人きりとなった。
「デオダ。いつまでも俺に謙っている必要はないと言っている」
「仮に必要がなくとも、今さら態度を変えるのは簡単ではありません」
「俺もデオダと呼び続けているから人のことは言えないが」
「それは如何様にもお好きにお呼びください」
ソファーを勧め、向かい合って座る。
「……何度目かの訪問になりますが、モンセルニュも大分落ち着いてきたと感じています。殿下は、あの屋敷での暮らしを思い出すことはおありですか。私が護衛だった日々を」
「昨日のことのようにな。あれは悪くなかったと思っている、俺は」
「私も幸福な日々でした、人生で一番の。しかし……あの暮らしからもう何ヶ月も経ちます」
「そうだな。それで、用件はなんだ。言いたいことがあるんだろう?」
エドゥアールはデオダの様子がただならぬことを感じていた。
よほど重要な報告か相談かがあるはずだ。
「時も経ちましたし、その……」
デオダは勢い良く立ち上がり、不自然な歩き方でエドゥアールの隣に跪いた。
「私と一緒に、ウラニアに来ることを考えていただけないでしょうか。不自由のない暮らしをお約束します。国民も歓迎するはずです。殿下の文化振興や慈善事業の経歴はウラニアでは今と同様に必要とされるでしょう」
エドゥアールは脚を組み直す。
「よく分からないな。俺が、どういう立場で行くんだ? 何のために? 分かるようにちゃんと言ってくれないか?」
デオダは指輪を取り出した。
すみれ色のアメシスト。両脇にはあのレイピアから取った黒曜石の一部も小さく入れてある。
「殿下、……お慕いしております。不釣り合いだとは存じていますが、必ず貴方に見合う男になります。愛しているので、幸せにするので、どうか私と……結婚していただけないでしょうか。貴方を一生お守りします」
エドゥアールはゆっくり一度だけ瞬きをして淡々と質問を続けた。
「夜に楽器を弾いてうるさいがそれでもいいか」
「もちろん。あの音色さえも愛おしい」
「朝はなかなか起きないが怒らないか」
「私が起こしてさしあげます、毎朝」
「俺はわがままで不遜で弱くてとてもお前に釣り合わないがいいのか」
「まさかそのような……! 私は貴方だけを愛しております」
「俺もだ。その指輪を貰ったら返すつもりはないが、良いんだな」
エドゥアールは手を差し出す。
「ほら」
デオダはそれをぱっと掴む。今度は消える前に捕えた。
細い指に指輪を嵌め、ふわりと両手で包む。
「ああ。まさか、こんな日が来るなんて。全て貴方のお陰です。私に愛を教えてくれた」
デオダは感激して、安堵して、顔を伏せたまま動かなくなった。
「泣いているのか」
「いいえ。ですが殿下、少しだけ膝をお借りしても……」
「許す。これからはいつでも貸そう、俺はもうお前のものだからな。それとこれからは『殿下』はやめて、エディと呼べ。家族は皆そう呼んでいる」
「かぞ……」
両親の記憶すら朧げでずっと一人だったデオダに家族ができる。最愛の人が、生涯のパートナーに。
突っ伏したままのデオダの頭に、エドゥアールがぽんと手を置く。
「早く俺をお前の故郷へ連れて帰れ。俺は初めて海を見るのをずっと楽しみにしているんだ、いつまで待てば良い」
「海も私も逃げません。もう少しだけお待ちを」
「デオダ、感謝している、何もかも。お前に救われた命だ、俺の残りの人生はお前に捧げる。それにお前に幸せにしてもらわなくとも、俺はとっくに世界一の幸福者だ」
「……愛しています、心から」
「うん、分かっている。俺もだから」




