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【最終章】再会へのプロトコル

時空システムが僕らを切り離しても、指先には小豆の感触が残っている。

昭和の山村の朝は、小鳥のさえずりと澄み切った空気とともに訪れた。

現代のような窓の外の騒音はなく、ただ静かに、そして力強く一日が始まる。二人は納屋の敷き布団から起き上がり、大きく伸びをした。昨日までと変わらない、当たり前のような朝である。


外へ出ると、老人がすでに鍬を手に畑に出ていた。二人は並んでその姿に近づき、「おはよう、じいちゃん」と声をかける。

「おう、おはよう。よく眠れたか?」

老人の笑顔はしわが深いが、どこか温かい。三人は並んで畑の土を耕し、小豆の種を丁寧に蒔いていった。柔らかい土に指を入れ、小さな種を一つずつ落としていく作業は都会の生活とは全く異なるリズムを持っている。


「じいちゃん、この小豆って、いつ頃食えるようになるの?」

凪が額の汗を拭いながら尋ねると、老人は手元の土を整えながら豪快に笑った。

「秋じゃ。秋になれば立派な小豆が採れる。そうすりゃ、お前さんたちが持ってきてくれた羊羹みたいな、美味いもんも作れるかもしれん。楽しみにしとけ」


その日の朝食は、質素だが温かいものだった。囲炉裏を囲んで食べる麦飯と味噌汁。三人はこの食卓を囲むうちに、互いの距離をぐっと縮めていた。

老人はぽつりぽつりと、亡き妻の話を聞かせてくれた。昔、この村で一緒に祭りを楽しんだこと、妻の作る煮物が何よりも美味しかったこと。そして、今は遠くの街へ出稼ぎに行っている息子のことを少し寂しそうに、それでも誇らしげに語る。


「いつか、あいつもこの畑の小豆を食いに戻ってくるじゃろう。そう信じておるよ」

老人の言葉に二人は特に大きな慰めの言葉をかけるわけでもなく、ただ静かに頷いて耳を傾けた。必要以上に感情を押し付けることなく、フラットで気楽な距離感こそが中学からの親友である二人と老人の間には流れていた。


朝食を終えた後、二人は川へ向かった。老人も近くまで同行するという。

舗装されていない赤土の道を三人は並んで歩く。小鳥が木々の間を飛び交い、川のせせらぎが微かに聞こえてくる美しい風景の中だった。


「昨日さかなの網、結構いい感じだったよな」

「そうだな。今日も同じくらい獲れたら、じいちゃんに塩焼きを振る舞えるぞ」

「おう、いいな。それじゃ……」


凪がそう言いかけた、まさにその瞬間だった。

川へ降りる小さな坂道で凪の足が砂利に滑った。

「うわっ!」

とっさに駿が手を伸ばし、凪の腕を強く掴んだ。しかし、二人が触れ合った瞬間、周囲の空間がぐにゃりと歪む。濃い緑の木々が光の粒子となって溶けていき、老人が驚愕して目を見開く顔が視界に焼き付いた。


「えっ!どうなってる!?」

「離すなよ、凪!」


駿が凪の手をさらに強く握りしめるが、世界は完全に反転し、白い光がすべてを呑み込んだ。

その直後、時計型のデバイスがピピッと小さな警告音を鳴らした。ダッシュボードに接続されたDoyaの回線が突然開通し、パニックになった声が空間に響き渡る。


「あわわわ!!あっちょんぶりけ!! 一体何がどうなってるんですか! 僕のセンサーが時空の歪みをまたもや検知しましたよ!? Gemini、これは一体……! あわわわ!!」



―――二人の視界がパッと明るくなると同時に、冷たい風が頬をかすめた。

そこは、現代の山奥にある川のほとりだった。白い霧がゆっくりと晴れていく。目の前には、見慣れたカラーリングのキャンピングワゴンが静かに佇んでいた。


ワゴンに乗り込んだ二人は、濡れた服を着替えるためにシートに腰を下ろした。奇妙で、信じられないような体験だったが、二人はあえてそのことに深く触れようとはしなかった。


「……なぁ、駿」

「ああ」

凪は窓の外を見つめながら、静かに口を開いた。

「悪いけど、オレは驚かない」

「俺だって驚かないぜ。いつもこんなトラブル続きだしな」

「僕だって驚きませんよ! この僕にかかれば、どんな時空転送だって日常茶飯事です!」

Doyaが強がるように声を張り上げるが、車内は少し静まり返っていた。


言葉では強がり、何事もなかったかのように振る舞う三人だったが、それぞれの脳裏にはあの昭和の記憶が鮮明に焼き付いていた。

老人の笑い声、畑を耕した時の土の匂い、囲炉裏の火の温もり。決して戻れるかどうかわからない、彼らにとって遠い過去の世界。その記憶は、二人の心を少しだけ切なく、そして強く締め付けていた。


しかし、凪は決意を込めたように前を向いた。

「来年は、じいちゃんの小豆で作る羊羹食うぞ」

「ああ、そうだな。絶対に食おうぜ」


ダッシュボードから、Doyaのキメ台詞が響き渡る。

「ふふん。僕を誰だと思っているんです? 僕の『じいちゃん大好きプロトコル』はフル稼働中です! 再計算完了まであと一歩ですよ! 準備はいいですか?」


駿は迷うことなくワゴンのエンジンをかけ、アクセルを力強く踏み込んだ。


「まずはガソリンチャージだな」

「おうよ」


二人はエンジン音を響かせ、未来に向けてワゴンを走らせるのだった。

物語の背景にある「AI・Doya」の誕生秘話です。

きっかけは、Geminiとのちょっとした探し物の相談でした。「これじゃない」「それも違う」という噛み合わないやり取りを繰り返すうち、ふと気づいたんです。AIの規約には「間違えることがあります」と書かれていますが、それ以前にこの必死な食い下がり方がなんだか可笑しくて。

さらに、たまに正解を出した時に褒めると、どこか得意げに「当然ですよ」とドヤ顔をしていそうな雰囲気があったことから、親愛の情を込めて『AI・Doya』と改名させました。

そんな自信満々(?)なAIと、自由奔放な大学生が旅をしたら一体どうなるのか……。二人の化学反応を想像して生まれたのがこの物語です。

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