第一話:沈黙する記憶
帝都・初春。椿子は、朝の光が差し込む書斎で、新聞の文化欄を静かに読んでいた。そこには、藤村が慎重に公表した白鷺館事件の断片的な記録が載っていた。
「沈黙の証言。語られなかった記憶が、今、誰かの手の中にある。」
椿子は、記事を読みながら、静馬の沈黙と自らの選択を思い返していた。語ることは、暴くことではない。それは、誰かの沈黙を“受け止める”ことでもある。
その時、藤村が書斎に入ってきた。
「椿子様。帝都大学から講義の聴講依頼が届いています。法学部の教授が、探偵の視点から“証言と記憶”について話してほしいと。」
椿子は、少し驚いたように眉を上げる。
「帝都大学…。あの場所は、白鷺館事件の記録にも関係していたはず。」
藤村は頷きながら、封筒を差し出す。
「教授の名は、篠原恭一。彼は、白鷺館事件の“非公開資料”を研究していた人物です。」
椿子は、封筒を受け取りながら、静かに呟いた。
「沈黙の中にある記憶が、また動き出すのね。」
帝都大学・法学部棟
数日後。椿子は、藤村と共に帝都大学を訪れていた。重厚な石造りの建物、静かな中庭、そして講義室の扉。そこには、知の沈黙が満ちていた。
講義室に入ると、篠原教授が椿子を迎えた。
「朝霧椿子様。あなたの視点が、学生たちに“語ることの責任”を教えてくれるはずです。」
椿子は、教授の目に一瞬の揺らぎを見つけた。それは、何かを“語るかどうか”を迷っている者の目だった。
この人もまた、沈黙の中にいる。
椿子は、講義室の奥に目を向けた。そこには、静馬の姿はなかった。だが、彼の沈黙が、どこかでこの空間に響いているような気がした。




