原爆と竹槍79話
助けることも出来ず、恐怖の目で見る雪の前で、戦闘機は、綾を撃ち殺した時と同じように、老夫婦を追い回す。
何をしても無駄と分かっていたが、何かをせずには居られない雪は、自分に注意を向けさせようと、石を投げたり、大きな松の幹を叩いたりした。
だが、戦闘機は見向きもせず、老夫婦が恐怖に怯える様を楽しみながら、尚を追い回していた。
やがて、老夫婦は、逃げ切れないと悟ったのか、同じ死ぬなら、愛する娘が殺された所で、死にたいと思ったのか、海水を掻き分けるように歩き、綾が殺された所へ行くと、互いに抱き合って動かなくなった。
戦闘機は、老夫婦の心情などしらぬげに、正確に狙い撃ちした。
銃撃と同時に、雪は目を閉じた。
老夫婦は、抱き合ったまま、有明海に倒れ込むようにして沈んでいった。
戦闘機の飛行音が消えてから、雪は有明海を見たが、老夫婦の姿はなかった。
またも、戦闘機は有明海を血に染めたのだ。
「私に関ったばかりに、山田さんが殺された」
雪は泣き崩れた。
それを見た鈴子も泣き出した。
「山田さんの悲しい最後を誰かに伝えなくては、あまりにも山田さんがお気の毒」
そう呟いた雪は、後戻りし、老夫婦の家に一番近い家に行って、仔細を伝え、元の場所に戻ってきた。
雪は、老夫婦が殺された場所に向かって、何度も、ご免なさいと謝り、泣きながら、長崎への道を歩いた。
老夫婦の死は雪のせいではない。
雪に会わなくても、老夫婦は、あの場所で何時間もいるために、戦闘機に射殺されているだろう。
例えそのことを雪が知ったとしても、雪の悲しみは変わらなかっただろう。
だが、幾ら悲しくても、雪が此処に留まることは出来ないのだ。
鈴子の手を引いて歩く雪の目から涙が絶えることは無かった。
「かあさん、鈴子、もう、歩けない」
鈴子は、崩れるように倒れた、
「鈴子!」
驚いた雪は、鈴子を抱き上げた。
「どこか痛むの?」
「痛くはないけど、歩けないの」
鈴子は、母親を悲しめまいと、痛いが痛くないと言った。
「じゃあ、母さんの背中に乗りなさい」
雪が背を向けると、鈴子が力なく乗った。
「父さんや、お婆ちゃんがいる鈴子や私の家まで、おんぶしてあげるから、苦しくても我慢してね」