原爆と竹槍77話
「可哀相に」
老夫の目からも涙が溢れ出た。
「自転車はどうしたの?」
「戦闘機に撃たれて壊れました」
「なんと酷いことを」
「どこへ行くと言ったか思い出せないが、どこで空襲に遭ったんですか?」
「広島市です」
「何?あの遠い広島県のことかね」
老夫が驚いたように尋ねた。
「はい、そうです」
老夫は、雪と鈴子を綾の再来のように思ったのか、次から次へと質問をしてくる。
「詳しく話してくれないか」
雪は、長崎を出た経緯から今までのことを全部話した。
「なんと恐ろしい話でしょう」
老妻が涙を流した。
「妻や私には、正しい情報が伝わってこないので、不幸は綾だけのように思っていた。だが、あなたが通った各県の人達、否、全国の人達が想像を絶するほど悲惨な目に遇っているんですね」
「そうだと思います」
「大変な苦労をして帰ってきたあなたを、このまま帰す訳にはいきません。どうか、私の家で疲れを取ってから、帰ったらどうですかな」
老夫の言葉に、老妻が目を輝かせて言った、
「それよりも、今夜は泊まっていってください」
「そうだ、それがいい」
老夫が相槌をうった。
「誠に有り難いお言葉ですが、早く帰らないと夫が心配していると思いますから」
「そうだろうな」
老夫が残念そうに言うと、老妻が言った。
「さつま芋を、雪さんに差し上げてもいいでしょう」
下げていた袋を老夫に見せた。
「それは良い事に気がついたね。これを持って帰りなさい」
「心配しなくていいんだよ。この芋は私の畑でとれたもので、いくらでもあるんだから、今日は知り合いの人に上げるために持ってくたんだけれど、知り合いには明日持って行けばいい。何も心配せずに受け取ってください」
そこまで言われては、雪は親切な申し出を断ることが出来なかった。