原爆と竹槍24話
「どうやら、よい話でないようだ。どんな辛い話でも私たちは聞かずにはおれません。どうか話してください」
「分かりました。でもこの話は、綾さんの顔を見た訳ではないので、私が見た女性が、綾さんだと、絶対に言い切れませんので、その心算でお聞きください」
雪は、有明海で無惨に撃ち殺された女性の話をした、
その話をしている間、両親は何度も泣き崩れた。
その都度、雪は話を止めようとしたが両親が最後まで聞きたいと言うので、話した。
無論、雪とて、涙なくしては語れなかったが、語り終えた雪が言った。
「必ずしも、綾さんとだとは断言できませんので、お気を落とさないでください」
「お心つかいありがとう。でも、この辺りに若い女は、綾しか居ないのです。慰めはいいですから、綾が撃ち殺された所へ連れて行ってくれませんか」
雪は、花を持った両親を連れて行った。
「無念だろうが、安らかに眠ってくれ」
老夫婦は、涙を流しながら言うと、花を干潟に投げ込んだ。雪もそれに見習った。
「じゃあこれで」
雪が別れを告げると。
「どうか、今夜だけでも、我が家に泊まってください」
老女が涙を流し、懇願するように言った。
先を急ぐ雪には、その招待は受けられないため断るしかない。
しかし、断る理由に母親のことを持ち出すと、老夫婦に余計な心配をさせると思い嘘をついた。
「お受けしたいのですが、今夜、鹿島市で会う人がいるのです」
「仕方ないですね。もし、この近くを通るようなことがあれば、お寄りして下さい」
「はい、お伺いします。でも、お気を落とさないでください。もしかしたら、今日にも長女の淑子さんが帰ってくるかもしれませんよ」
「慰めてくれてありがとう」
「じゃあ、お名残惜しいですが、失礼します」
雪は、老夫婦を後にしたが、後を振り向くと、老夫婦は哀しげな姿で立っていた。
その姿から、夫婦は、自分も撃たれたいと思っているように見えた。
しかし、それを阻止する時間はない。
「さあ、鈴子、行くわよ」
雪は、気持ちを奮い立たせるように言って、自転車を漕いだ。
鹿島市に入った直後、大きな爆発音が聞こえた。
何の音かと思いながら走っていると、急に飛行機の音が大きくなってきた。
雪は急いで竹薮の中へ逃げ込み、飛行機が飛び去るのを確認してから、自転車を走らせたが、すぐ、飛行機が何をしたのかを目にすることとなった。