余談:オーリーの長い片思い
本日二度目の更新です。
オーリーことオリバーの幼少期の思い出です。
幼い頃のオリバーは、内気で引っ込み思案な子どもだった。
年の離れた姉たちが三人もいたので、オリバーが動くよりも先に何でもやってくれたせいもあったかもしれない。
姉たちは年の離れた弟を可愛がっていたので、オリバーもそれを一身に受けて過ごした。
似合うからと言われて、姉たちが選んだフリルたっぷりのドレスを着せ替え人形のように着させられても、特に気にならなかった。
もっとも、幼い子どもは魔物に連れていかれないようにというお守り的な意味合いで、男女関係なくドレスを着けさせることはよくあった。
さすがに七、八歳ごろになるとあまり見られなくなったが、当時のオリバーはとても可愛い顔立ちをしていたため違和感は全くなかった。
青い瞳は大きく、輝く金色の髪を少し長く肩のところで切り揃え、出かける際には姉たちと揃えたドレス姿で外出し、オーリーという愛称で呼ばれながらすくすく成長した。
そんな八歳になったオリバーに、運命的な出会いがあった。
オリバーの家は貿易で財を成した平民だったが、オリバーの母の実姉にあたる伯母が子爵家へと嫁入りしていた。
オリバーの姉三人は貴族のお嬢様生活に憧れて、よく伯母の屋敷に遊びに行った。
伯母は貴族に嫁入りしていたものの、合理性を好む平民気質の性格だったので、自分の娘たちと一緒に勉強すればお得だと言ってオリバー達姉弟を快く招いてくれた。
伯母の娘である従姉妹二人と姉三人は年が近かったが、オリバーだけは少し離れていたため勉強に交じることはなく、従姉妹たちのおもちゃで遊んで過ごすことが多かった。
そんなオリバーを、ひとりの人物がよく気にかけてくれた。
「オーリー様。お休みになるのでしたら、ソファへお連れ致しますよ」
遊んでいたオリバーはいつの間にかうとうとしてしまっていた。
オーリーという、姉たちがつけた愛称で呼ばれて、抱えていたお気に入りのクマのぬいぐるみから顔を上げる。
そこには赤い髪をした、ひとりの若い女性がいた。
貴族令嬢である従姉妹たちにつけられた、女性の護衛騎士だとオリバーは聞いていた。
「……いいえ、大丈夫です。姉上たちが終わるまで、ここにいます」
「そうですか。もう少しなので、一緒に待っていましょうね」
内気な性格で家族以外と話すときは緊張してしまうオリバーは、ぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめながら答えた。
その護衛騎士は笑顔を返し、オリバーの側に立って従姉妹たちを見守っていた。
オリバーはちらりと女性騎士を見上げた。
従姉妹たちのお屋敷には騎士がたくさんいたが、女性の騎士は彼女一人だけだった。
従姉妹たちの父である子爵が心配して、娘たち専属の女性の騎士を選んでくれたらしい。
まだ若いが、背筋をまっすぐに伸ばして、いつも従姉妹たちを見守っている。
名をベアトリスというらしい。
年齢は従姉妹たちより少し年上くらいだが、オリバーの目からはとても大人びいて見えた。
従姉妹や姉たちより年が離れているオリバーのことを気にかけてよく話しかけてくれるが、内気なオリバーはいつも少し返事をすることしかできない。
「あ、終わったようですね」
勉強の時間が終わったらしく、姉たちがオリバーの元へと駆けてくる。
姉たちはとてもお喋りで華やかだが、女性騎士ベアトリスは物静かで、綺麗だがいつも騎士服を着ていたので華やかという印象ではなかった。
女性だけど姉たちとはどこか異なる彼女のことが、オリバーには少し不思議な存在だった。
一度、姉たちと一緒に作ったカップケーキを渡したことがあった。
いつもお世話になっている伯母たちへ渡すため作ったカップケーキだったが、親切にしてくれていたので女性騎士ベアトリスにもあげることにした。
おずおずと手渡したとき、彼女は少し驚いて、それからオリバーに視線を合わせて跪きながら「甘いものは大好きなんです」と微笑んで受け取ってくれた。
その笑顔は、オリバーの中でとても印象に残った。
そんなある日、事件が起きた。
伯母や従姉妹たちと一緒に、馬車に乗って外出した日のことだった。
オリバーの姉たちも含めて女性ばかりの馬車内はとても賑やかで、お喋りをしながら楽しく移動していた。
しかし、急に馬車が音を立てて止まった。
次の瞬間、外では言い争う声と剣のぶつかるような音が響き始める。
馬車内に緊張が走り、姉たちが不安そうにオリバーを抱きしめ、オリバーも震える両手でお気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめた。
裕福な貴族を狙う盗賊の存在はオリバーも知っていた。
そのため、外出の際には何人もの護衛騎士たちが同行している。
きっと護衛騎士たちが戦っている剣の音だろうと思っていたとき、突然馬車の扉が開いて見知らぬ男が乗り込もうとしてきた。
馬車内に悲鳴が上がる。
「――彼女たちに近づくな!!」
しかし、よく知っている声が聞こえ、男が馬車に侵入する前に剣で押さえた。
よくオリバーに声をかけてくれた、あの女性騎士ベアトリスだった。
「お嬢様方、私がここでお守りします!」
彼女は馬車の扉の前に立って、オリバーを含め、伯母や従姉妹たち、姉たち全員を背に庇いながら剣を振った。
オリバーは姉たちと一緒に馬車の隅で震えることしかできなかった。
女性騎士ベアトリスの他にも同行していた男性騎士たちが必死に戦い続けてくれたおかげで、街の憲兵たちが駆け付けるまで、誰一人犠牲にならずにすんだ。
盗賊たちが憲兵に連れていかれてようやく安堵したとき、オリバーは自分の手の中にクマのぬいぐるみがいないことに気づいた。
慌てて周囲を見回していると、上からクマのぬいぐるみが現れた。
「馬車の隅にいました。驚いて隠れていたのかもしれませんね」
驚いて顔を上げると、女性騎士ベアトリスがぬいぐるみを見つけて持って来てくれた。
オリバーは安堵し、力強くクマのぬいぐるみを抱きしめた。
「あ、あの、大事なお友達なんです。見つけてくれて、ありがとうございます」
内気なオリバーだったが、頑張って感謝の気持ちを伝えた。
そんなオリバーに、女性騎士ベアトリスが優しく微笑み、それを見たオリバーの胸の奥にひとつの感情が生まれた。
それから少しして、新しい迎えの馬車が来たので、姉たちと一緒に乗って帰路に着いた。
今日はとても大変な一日だった。
姉たちに挟まれて座りながら、オリバーはずっと考えていたことを口にした。
「……姉上」
静かな馬車内に、オリバーの声が響く。
「どうしたの、オーリー?」
「ぼく、もうドレスは着ません」
次の瞬間、弟の発言に姉たちは驚愕した。
その空気の中、さらなる発言が飛び出す。
「ぼく、強くなります……!」
「オーリー!?」
「オーリーまでお兄様みたいなことを言ってる!」
「オーリーがあんなムキムキになってしまうなんて!」
姉たち三人は悲鳴を上げた。
オリバーと三姉妹のさらに上には、すでに成人している兄がおり、家業である貿易商で働き、船乗りに交じって荷物を運んでいる筋肉が自慢の男だ。
ドレスを着せて可愛がってきた弟までも、兄のような筋肉になってしまうのだと姉たちは嘆いている。
しかしオリバーの意思は固かった。
「騎士のお姉さんに相応しい男になります」
オリバーの言う騎士のお姉さんが誰を指しているか、姉たちはすぐに分かった。
同性から見ても女性騎士ベアトリスは魅力的だ。
どうやらオリバーの心も奪われてしまったらしい。
「あ、でも、この子を見つけてくれたお礼をしたいです。この前、姉上たちと作ったカップケーキをあげたら喜んでくれたので、またお渡ししたいです」
大事なクマのぬいぐるみを抱きしめながら、もじもじと見上げる弟の姿に、姉三人は姉心を撃ち抜かれた。
可愛い弟が女性騎士に恋をして強くなりたいというのなら、姉として全力で応援しようと誓い合う。
こうして、可愛いオーリーことオリバーは、その日から男になることを目指した。
しかし、体力をつけようと運動に励んだ結果、慣れないことをしたせいで体調を崩してしまうこととなった。
しばらく寝込んだのちにやっと回復し、カップケーキを持って従姉妹のお屋敷を尋ねたときには、すでにベアトリスは子爵家の騎士を退職した後だった。
王立騎士団への入団が決まっていたらしく、オリバーは手作りカップケーキを渡せぬまま、あの襲撃事件が最後に会った日となってしまった。
それ以来、風の噂でベアトリスの功績を聞きながら、再び会える日を目指してオリバーは体力づくりと剣の訓練に励んだ。
ようやく再会を果たせることになるのは、それから十年以上たってからだった――。
***
――ときは流れ。
「おはようございます、ベアトリス。朝食はパンケーキを作ってみましたが、起き上がれそうですか?」
オリバーはパンケーキの乗ったトレーを片手に、寝室の扉を開いてベッドまで歩み寄った。
ベッドの中からベアトリスが顔を出した瞬間、オリバーの表情は満面の笑みになる。
十三年越しにようやく想いが成就したので、今のオリバーは世界一幸せな男だ。
朝食を作りベッドまで運んで来て、甲斐甲斐しく妻の世話をすることが嬉しくて仕方がない。
パンケーキには甘い蜂蜜が零れ落ち、瑞々しいフルーツまで添えられていて、非常に美味しそうだ。
ベアトリスはベッドの中から顔を出し、それを眺めた。
「君は強いうえに気遣いもできるし、料理も上手で完璧な男ね……」
「ベアトリスに相応しい男になれるよう努力しました。午後のお茶の時間にはカップケーキを作る予定です」
「充分すぎるわ……!」
世界一幸せな男オリバーは、愛おしい年上の妻の額に口づけを落とした。
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