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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
蜘蛛の魔女に拾われて
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7.糸の城の端くれで

 来るべき時が来てしまった。その知らせを耳にした時、わたしは真っ先にそう思った。

 その内容は、糸の城の端くれ──西の地との境あたりにて、見慣れぬ妖精の集団が近づいてきたというものだった。

 見張り蜘蛛たちによればそれは蟻の妖精たちで、警告を無視して進軍してきたという。きっと亡国の残党兵たちに違いない。見張り蜘蛛たちはすぐさま応戦し、現在、追い返すべく戦っているのだという。

 頭を過るのは、西と南の境で起きたという樹皮の王国と残党兵たちの戦いだ。その結果は、樹皮の王国の勝利であったそうだが、引き返した彼らの矛先がこちらに向いたということなのだろう。

 怪しい蝙蝠の妖精が飛び回っていると聞いていた頃から覚悟はしてきたけれど、やはり、わたしは怖くなってしまった。


「見張り蜘蛛の方たちは、勝てるのでしょうか」


 食事の際、わたしは迷に言った。

 迷は甘い蜜の味に酔いしれつつも、答えてくれた。


「心配はいらない。昨晩、城主様はそう言っていたわ。残党兵たちはね、とても小さい体をしているの。力も弱いから集団で襲い掛かってくるらしくて、そこが怖いそうだけれど、それでも、見張り蜘蛛の方がずっと逞しいのですって」

「よかった。それなら、ここも大丈夫ですね」


 大丈夫。そう信じたい。

 言霊というものが本当にあるならば、どうかこの場所を護って欲しい。

 しかし、祈れば祈るほど、不安は募っていく。そして、その不安を煽るように、状況は日に日に悪くなっていった。

 翌日、わたしの耳に入ったのは、千夜が新しい手下蜘蛛を送り出したという話だった。

 どうやら、見張り蜘蛛たちは残党兵たちの進軍を止められなかったらしい。進みながら目指すのはこの城の中心。狙っているのは恐らく、城主である千夜の命なのだろう。

 何故。何の目的で。理由なんて分からない。誰が仕向けているのかさえも、分からないままだというのだから。とにかく不気味だった。


 しかし、不安を前にどうする事も出来ない。わたしはこの城に囚われてしまっているのだ。千夜に拾われ、銀花という名を与えられた時から、役目は決まっている。逃げ出す機会もなければ、その気持ちにすらなれない。

 きっとここで暮らして長くなってきたからだろう。わたしはいつの間にか、この城に愛着のようなものを抱いてしまっていたのだ。

 毎日肌を重ね合う迷は勿論、わたしの主人である千夜も、そして千夜を支える手下蜘蛛たちも、新しい居場所を紡ぐ大切な存在となっている。だからこそ、祈るしかなかった。

 そしてそれは、千夜の愛玩である迷もまた同じだった。


「いざとなったら、城主様が自ら戦うのだって」


 食事の際、わたしを抱きしめながら、迷はいつになく不安げな様子でそう言った。

 これまでだったら、不安がるわたしを彼女の方が励ましてきたというのに、この度の迷はすっかり怯えてしまっていた。


「ああ、どうしよう。どうしよう、銀花。アタシは今、これまでに感じた事のないほどの無力感に苛まれているの。どうしてアタシは武器を扱えないのかしら。城主様と一緒に戦えたら、どんなに良かったのだろうって」

「迷……どうか気を確かに」


 わたしはその頬を撫でた。背中の翅を震わせて、迷は静かに涙をこぼす。か弱き花の妖精の前では圧倒的強者である彼女も、こうした事態の前ではわたしと変わらない。むしろ、わたしにとっては迷こそが心配だった。

 西の地の残党兵というものについて、わたしは少しだけ知っている。彼らは肉食妖精であり、蝶の妖精を捉えて食べてしまう事があるという。もしもここが攻め込まれることがあれば、迷はきっと彼らの餌食になってしまうだろう。

 そんな未来は御免だ。しかし、わたしに何が出来る。今のわたしに出来る事は、涙の止まらない迷を慰める事だけだった。


「迷には迷のお役目があります。城主様もきっと、迷がいるから安心するはずですよ」


 実際に、迷の存在は千夜の支えとなっているようだった。

 ここへ来た当初に抱いた、孤高ではなく孤独なのではないかという疑いはどうやら正しかったらしい。それだけ、周囲に目を光らせ、土地を護るということは責任が重たいのだろう。

 けれど、迷の反応は芳しいものではなかった。


「アタシにもっと力があれば……。残党兵なんて蹴散らせたら……」


 それ以上、かけるべき言葉が見つからない。

 何を言ってもきっと、今の迷には雑音でしかないだろう。

 ただただ頬を撫でながら、唇を重ねる。蜜を少しだけ与えてみると、わずかにだが迷もそれを飲み込んでくれた。

 そっと口を離し、迷は我に返ったようにわたしを見つめてきた。


「御免なさい、銀花。せめて、か弱いあなたの前では、しっかりしなくてはと思っていたというのに」

「いいんですよ、迷。不安なのはわたしも一緒ですから」


 それからようやく、わたし達は食事へと移った。

 しかし、いつものような開放感はない。誰かに見張られているかのような、そんな落ち着きのなさが付きまとう。それはきっと、いつここが攻められてもおかしくないという恐怖が頭を過っていたからだろう。

 そして、その不安は、確実に近づいてきていたのだ。

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