第508話・最終準備
「では始めようぞ、大天使諸君」
――――12月16日。
自衛隊が第5エリアから一時撤退したことを確認し、イヴは宇宙船の中央――――”ハイヴ”と呼ばれる空間で宣言していた。
決戦日はまだ先だが、なにも準備までは禁止されていない。
おそらく自衛隊側も、この期間に用意を行うだろう。
「次元エンジン臨界前に、まずいくつか質問したい。ガブリエルよ」
「はっ、なんでもお聞きください」
その場でひざまづいた大天使ガブリエルが、頭を垂れる。
左右には同じく大天使サリエル、大天使ウリエルが膝をつく。
「余の記憶では5万の同胞がコールドスリープについた。現在の覚醒者数はいくらまで伸ばせた?」
「はっ、この終点世界までに既に3万人は目を覚ましました。内1万人は天界師団として、残りの2万は”精神ニューラルネット”でその時をお待ちしております」
イヴがエンジン前の制御パネルを触ると、確かにガブリエルが言う通りの人数が起きているようだった。
2万人も起きていれば十分である。
彼らは同胞であると同時に、次元エンジンの最後の火種。
始発世界から旅立つ際に安全マージンを取って5万人を詰め込んだが、正解だったようだ。
周囲を見渡すと、壁一面にハチの巣のような模様。
それら全てが、コールドスリープ・カプセル。
彼らの精神は次元エンジンのローカルネットワークに接続され、肉体無しでも活動ができる。
「では次だ、『エンジェル・フリート』は予定通り稼働できそうか?」
「次元エンジンの臨界開始と同時に起動します。陣容は変わらず駆逐艦25隻、巡洋艦17隻、戦艦11隻、航空母艦3隻」
「素晴らしい、では引き続き準備を進めよ。12月24日に作戦開始だ」
イヴが高らかに宣言。
だが、その様子を影からこっそり眺める男たちがいた。
「『エンジェル・フリート』やって、こじらせた名前しとんなー」
小声でそう囁いたのは、特殊作戦群所属の自衛官。アサシンだった。
「名前よりも情報を取れたことが大きい。もう送ったな?」
返したのは、同じく特戦のアーチャー。
「無問題、タブレット越しに錠前さんも喜んどるわ。引き続き偵察しろってさ、まぁ危険を感じたら逃げてええらしいけど」
この2人は、先の作戦で宇宙船へ滑り込んでいた。
中は警備も皆無で、監視システムすら風化していて機能していない。
まだ魔力を持っていればバレたかもしれないが、2人は地球人。
執行者のようにわかりやすくはない上に、こういった偵察任務は十八番。
外部と通信可能なタブレットも持っていたが、こちらも魔力ではなく電波由来のため、イヴの神眼に特攻となっていた。
「とは言っても、相手が相手……あの錠前さんにメンチ切れる化け物や。安全マージン取るで」
”いざという時”に備えるべく、2人は入念な潜伏を開始した。
◇
――――ユグドラシル駐屯地、女子寮。
「もぐもぐ…………ッ パクッ」
電気の消えた部屋に、ポテトチップスの咀嚼音が響く。
タブレットの光に顔を照らされたのは、執行者テオドールだった。
服装はいつものパーカーとショートパンツ。
第5エリアで負った傷は、既に完全治癒していた。
「むぅっ、これじゃないですね」
そう呟くと、念力で浮かしていたタブレットを隣へどかす。
代わりに本棚からマンガ本を取り出すと、これまた念力で目の前に持ってきた。
手はポテチで汚れているので、彼女のだらけスタイルはいつもこうだ。
「なかなかインスピレーションというのは浮かびませんね、決戦まであと僅かだというのに」
天井を仰ぐテオドール。
彼女は結局、破壊神イヴに負けてしまった。
なにもできずのワンパンKO。
マスターである透の保険が無ければ、あのまま死んでいただろう。
普通なら落ち込むなりトラウマに苦しむ場面だが、
「まっ、なんとかなるでしょう」
曲がりなりにも多数の世界を制圧してきた元侵略者。
当日は多少ショックでご飯を2杯しかおかわりできなかったが、これしきでナーバスになる女ではない。
今は絶賛修行中で、再戦に備えて技の開発諸々を行っていた。
「おや……、これは錠前が大ファンだと言っていた呪いが主役の漫画ですね。途中まで読んで積んだままでした」
パラパラと高速で読む。
刹那、テオドールに天啓。
「これは……、使えるかもしれませんね」
人生、どこで逆転の芽が出るかわからないものだ。
軽く予行演習をして、それが実現可能かを確認。
天才的なセンスを持つ彼女は、
「どうやら、間に合いそうですね」
本番を前にニッと笑う。
ここ数日、自衛隊も本気で決戦に備えている。
なにやら情報を掴んだのか、海上自衛隊は横須賀基地の護衛艦を”全て”アメリカ海軍のハワイ・パールハーバー基地へ移動。
同様に、航空自衛隊 百里基地の戦闘機部隊も姿を消した。
また東京湾を囲むように03式中距離地対空誘導弾、ならびにPAC-3誘導弾などが展開。
都心は日常を送っているが、確実に姿を変えていた。
さらに言うと、なんとあの錠前がここ最近ウォームアップを繰り返しているのだ。
それだけ、本気ということだ。
――――コンコンッ――――
部屋がノックされる。
「はーい」
アルコールティッシュで手を拭きながら、テオドールはドアへ。
開けるとそこには、自身の敬愛するマスターが立っていた。
「準備できたな?」
新海透の問いに、執行者テオドールはコクリとうなずいた。




