第506話・決死の10分
「執行者ベルセリオンに……、誰だ?」
崩壊したビル。
砂塵から無傷で現れたイヴは、突然の増援に頭をかいた。
妙な紙袋で顔を隠している。
神眼で正体を暴こうとした時だ。
「くっ、お許しください…………ッ!!」
宙にタッチパネルを出現させた覆面男は、素早く操作。
その途端、イヴを覆っていた魔力が一気にダウンした。
「魔力が萎んだ……? 神眼も機能をほぼ喪失。次元エンジンが一時的に停止したか…………ッ」
この行動に、ベルセリオンは呟く。
「やるじゃない、これでチャーシューやネギの分はチャラね」
「うるさい、それで……新海透や四条衿華は何をしている? 錠前勉が来れない理由はわかるが、なぜマスター連中が姿を見せない」
この第5エリア攻略戦に、第1特務小隊はまだ参加していなかった。
「一時的にイヴ様を弱体化したとはいえ、10分もあれば元に戻る。因果の代行者である新海透でも来ないとどの道全滅するぞ」
「……あの2人は来ないわ」
「なにっ!?」
紙袋ごと、ベルセリオンの方を向くウリエル。
「2人はエリアの結界を打破することが今回の主任務。そして、もう1つ――――」
「ッ!?」
そう言った瞬間、ベルセリオンの魔力が数十倍に跳ね上がった。
さっきまでウリエルより下位だったそれが、一気に上回ってしまう。
迸るエネルギーが、火花のように散っていた。
何より、この雰囲気は――――
「四条衿華の……魔力!?」
「マスター2人は、”持ち得る全ての魔力”を眷属であるわたし達に貸し与えた。わたしかテオドール……どちらかが瀕死に陥った時を条件として。己が死にかけることと引き換えに」
この戦いは、執行者にとってのケジメだった。
マスター2人はそれを最大限尊重した。
しかしイヴが復活した今、残念ながらその願いは叶わない。
そこで、透は1つの提案を事前にしていた。
『テオかベルセリオン、2人のどっちかが心停止した時に、俺と衿華の魔力を全部使用できるようにした』
同時に、もう一言。
『10分もたせろ、そうすれば負けることは絶対ない』
彼女の言った言伝に、ウリエルは剣を構えながら返す。
「10分の根拠は知らんが、良いだろう……スープと麺の借りは返す」
戦闘態勢に入った3人を見て、イヴは冷静に呟いた。
「ふむ、マスター契約による誓約で魔力を底上げしたか。なら――――」
イヴが上空を見上げる。
空を引き裂かんばかりに、青白い光が降ってきたのだ。
「あの死んだはずの女児が生き返った理由もうなずける」
上空彼方から、膨大な魔力を纏った銀髪の少女が強襲を掛けた。
「51センチ――――『三連装・ショックカノン』!!!!!!」
イヴに対して、執行者テオドールが数十倍にパワーアップした魔力で襲い掛かる。
彼女は初撃で心肺停止に追い込まれたが、事前に透が仕込んでおいた魔力によって蘇生。
執行者特有の超回復の体質で、あっという間に呼吸を再開したのだ。
イヴは片手を上げると、降ってきたショックカノンを全力で弾いた。
彼女の腕に、ビリビリと衝撃が伝わる。
「畳みかけろ!! 隙を見せれば一瞬で形勢は逆転する! 魔力を枯渇させても良い!! 攻め続けるんだ!!!」
剣を牙突の構えに持って行ったウリエルは、莫大な魔力を纏った。
「暁天一閃――――『極ノ槍』!!!!」
超音速まで加速した大天使ウリエルは、自身の持つ最大出力の技を纏って突撃。
通った道が溶解するほどの熱。
剣先が衝突するが、イヴは片手で止めてしまう。
さっきよりは重たそうにしているが、とても抜けない。
だが想定内、両サイドから執行者エクシリア、並びに執行者ベルセリオンが回り込んだ。
「”八界”、”悠遠”、”空蝉の影”――――」
「”生雷”、”位相の根城”、”虚空の支配者”――――」
ハルバードとハンマーが、全力で振られた。
「『空裂破断』!!!!!!」
「『雷轟撃鉄弾』!!!!!!」
衝撃波とイカヅチが、左右からイヴに直撃した。
周囲が砕け散り、竜巻のような砂塵が舞い上がる。
「そうか、こいつら執行者は因果の……」
攻撃を障壁で防いだ彼女は、どこか思い出したように一言。
その場を飛び退き、ウリエルの猛攻から脱出。
しかし、上空にも逃げ場は無かった。
「はぁああああああ!!!!!」
空に無数の光の剣を具現化したのは、執行者テオドール。
蘇生はしたが既に内臓は粉砕されており、常人では発狂しかねない激痛が襲っている。
口からは血が漏れ続けていた。
それでも、彼女は痛みで止まる女ではない。
「一斉射――――『波動カートリッジ・ソード』!!!!」
空中にいるイヴへ、数百もの剣が襲い掛かった。
羽を前面に展開し、凶悪性能の防御魔法で防ぐ。
「掛かりましたね!」
「ッ」
テオドールは、まんまとかかった得物に容赦しなかった。
「魔力回路、臨界稼働!!!」
銀髪が光り輝く。
テオドールを通して、剣先に込められた『爆雷波動砲』の100分の1の魔力が共鳴。
――――ギャリギャリギャリッ――――!!!!!!
「貫けぇッッ!!!!」
数本の剣が、ギリギリでイヴの障壁を突破。
ここに来て、遂に破壊神の肉体から鮮血が噴き出す。
「逆の振動で余の障壁を破ったか、本当にセンスの良い女児であるな」
着地したイヴは、刺さっていた剣を抜いた。
直後に、彼女の体は何事も無かったように再生してしまった。
「ッ!!!」
「余はこう見えてアノマリーだ。アノマリーの特性には”肉体反転”と”適応”がある」
「まさか…………ッ!」
最悪の予想は、的中していた。
「そうだ、貴様らの魔法は今この瞬間に適応した。もう余には効かぬ」
圧倒的。
あまりにも基礎スペックが違い過ぎる。
ただでさえ攻撃が通じないのに、初見かつ一撃で葬らねばならない。
「……無理ゲーにクソゲーを足し合わせた印象ですね」
眼前に降り立ったテオドールは、つい最近遊んだソシャゲを思い出す。
だが、これほどの理不尽ではなかったなと、胸中で開発者に謝った。
隣に来たウリエルが、袋の奥で歯ぎしりする。
「まさかここまでだとは……、すまない」
その瞬間、イヴの抑制されていた魔力と神眼が本来の機能に戻った。
10分が経ち、ウリエルの妨害工作が消えたのだ。
「時間切れだ……ッ、ラーメンの借りを返せず申し訳なかった」
ウリエルが転移魔法で消え去る。
神眼が復活した以上、正体はバレてしまう。
もうこの場にいることはできなかった。
「執行者よ、因果調律の使徒……まだ”未覚醒”ながら天晴であった。あの紙袋の男はいずれ見つけるとして、まずは貴様らから殺す。なに……楽しませてくれた礼だ。苦しませはせぬ」
蓄えていた魔力はもう残っていない。
だがこれで良い。
勝てないことなど想定済み、保険の魔力は”10分”を稼ぐため。
眼前のイヴが、印を指で結んだ時だ。
「魔導封――――」
––––バリィッッッッッ––––!!!!!!
それは、彼女にとって完全に想定外の事態。
第5エリアを守護していた結界が完全に破られ、粉雪のように破片が落ちてきたのだ。
「まさか……、破ったというのか。余の結界を…………ッ」
上空――――視線の先には、迷彩服を着た1人の男が浮いていた。
「新海も四条2曹も倒れちゃったけど、おかげで間に合ったっぽいね」
目には目を、アノマリーにはアノマリーを。
“現代最強の自衛官”――――錠前勉が、第5エリアに降臨した。
紅く光る魔眼が、神を見下ろす。




