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第一章 リーダーの資質4

 9日目。

 今朝も変わらず、ケイニャはディアの傍で朝食の準備をしていた。

 もちろんトオルも警戒心を持たれないように軽く挨拶を済ませ、食事の用意をしてくれたことに感謝の意を伝えるだけに留めた。すると先に食事を終えた再生体が箸を置いた。

「では、ディア殿。今日一日ライドマシンを借りるぞ」

「……構わない」

 ディアの希望により、保子莉から積載を許可された金色のライドマシン。本日の荷量が多いことから、昨夜のうちにディアに相談していたようだ。再生体の受け持つ本日の配達件数は10件。しかも大きい荷物が多い分、ミニライドでは頼りなく不安定とのことらしい。その点、ディアの所有するライドマシンならば余裕で運ぶことが出来るだけに、トオルも異論を唱えることはしなかった。

「助かる。そういうことで兄者、悪いが先に出る」

 そう言って再生体は格納庫へと降りていった。

 ――僕が手伝ってもいいんだけどな

 本日のトオルの配送件数は8件。決して楽ではないが、時間もリアボックスの積載容量にも余裕があるのだ。

 ――まぁ、ディアさんのライドマシンも借りれたことだし、余計なことをしないほうが無難かな

 その反面、あまり関わりたくなかったのも本音だった。そんなことを考えながらケイニャをチラリと垣間見れば、トオルの心の内などまったく気づかないまま再生体の食器を片付けていた。

 ――どうやら本当に心を読めないんだな

 でも、なぜ。年齢と比例しない幼い体格。しかも見た目と違って力もあり、ディアや再生体もケイニャのことをクレハ星人と思っていたのだ。だが、当の本人はまるでその自覚がないときている。

 ――今度、クレアに聞いてみよう

 もしかしたら何か知っているかもしれない。と本業の保険屋業務に追われ、宇宙を飛び回っているクレアを思い出すトオルだった。


「準備万端」と本日の積荷を確認し、ライドクローラーを後にするトオル。

「南東150キロにバブン発生の兆候ありか」

 気がかりなガス情報に注意を払いながら、ライドマシンを軽快に飛ばしていく。だが、やはり気になるのはバブンガスだった。発生予測地点の距離も遠く、気象情報の示す風向きを鑑みても被害を被ることはないのだが……いつ何時、気象条件が変わるか分からないだけに油断はできなかった。

 そして午前中の配達を終え、長閑な風景が一望できる丘の上で持参したお弁当を食べながら、端末でもってディアと再生体の進捗状況を確認した。

「ん? 再生体は何をしてるんだ?」

 移動履歴を見れば、二箇所の地点を往復している。配達状況を確認すれば、2つの受領認証がエラーになっていた。いわゆる誤配である。Bに届けるはずの荷物をAに届けてしまい、Aの荷物をBに届けてしまったのだろう。Bの段階でようやく間違いに気づき、慌てて引き返したようだ。双方の距離は約50キロメートル。本来ならばそれで済むはずが、100キロという余計な走行距離と時間をロスしていた。

 ――きっと、人体認証の確認を怠ったんだな

 自ら引き起こしたニアミス。ただその後は順調のようで、問題なく配達をこなしていた。地球の宅配便と違って時間指定が無いだけに、今日中に届ければクレームになることもないだろう。

 ――この様子なら、僕が手伝うほどではないな

 と、トオルは気にすることをやめて食事を続けることにした。


「そんな事があってさぁ……」

 夕食を終え、トオルは格納庫で明日の準備をしながら長二郎と話をしていた。

『でも1時間遅れとは言え、みんなと合流できたんだし、スケジュール的にも影響がなかったんだろ?』

 なら問題ねぇじゃん。とサングラス越しに笑い

『チョージロー、アーンして』

 子供の手でもって差し出されたサンドウィッチに、長二郎が口を大きく開けてかぶりついていた。長二郎が担当する南半球の配達区域の時刻は丁度昼時。常夏を思わせる陽の下、持参したアロハシャツを着てデッキチェアにくつろいでいたりする。

『エテルカの作ったサンドウィッチおいちいよぉ』と画面の外のエテルカにだらしなく微笑む長二郎に、トオルがゲンナリしていると

『まぁ、俺はそういうミスはしてねぇけどよ、チームの一人が荷物を無くしたって大騒ぎしたことはあったけどな』

 荷物の紛失。きっと誤配どころの騒ぎでは済まなかったことだろう。

「それで、どうなったの?」

『センサー使って、みんなで探したさ。そしたら荷物が単三電池並みに小さくってよぉ、リアボックスの隅に転がってました。ってオチさ』

 つまり大事には至らなかったということらしい。

『それに比べれば、再生体の誤配なんか、大したことねぇよ』

 しかも早く気づいてリカバーできたんだし。と、長二郎は二つめのサンドウィッチを頬張った。

『それで再生体は?』

 リーダーの責任として、受領認証を怠ったことを認めさせ、厳しく反省をさせたことを伝えると

『お前、それって私情を交えてねぇだろうな?』

 サングラスをズリ下げて上目遣いで睨む長二郎。もちろん仕事に事情や感情を持ち込んだつもりはない。

『ふーん……。まっ、それなら別にいいんだけどよぉ』

 どういう経緯であれ、あまり目の敵にすんなよ。と言いたそうな顔をしていた。それは分かっているつもりだ。

「それより長二郎のほうこそ、エテルカさんにかまけてばかりいないで、ちゃんと仕事するんだよ」

 何しろ、今回の長二郎の目的はトキンから借りている借金減額のための高額アルバイトなのだから。

『バーカ。余計なお世話だ。お前こそ粗相なんかすんなよな』と笑う長二郎だった。

 そして二人は他愛のない雑談を交わした後、お互いの健闘を祈った。



 翌日。

 ついにトオルもやらかしてしまった。

「そんなバカなっ!」

 とライドマシンのリアボックスに頭を突っ込んで目を皿にした。

 夕べ積んだはずの荷物。それが、どういうわけか一夜にして消えていたのだ。

「なんで……」

 気づいたのは8件目の配送先。玄関先にライドマシンを停め、いざ訪問しようとした矢先のことだった。

 ――そう言えば、一件目の配達の時から見てない気がする

 石材で作られたティッシュペーパーほどの大きさの荷物。記憶を辿れば、長二郎との話に夢中になり、配達先の位置情報を入力したまま積んでいなかったような気がする。

 ――まさか、ライドクローラーに忘れてきたのか?

 冷や汗を感じながら、ディアに連絡を取れば

『……ケイニャが格納庫したに降りて荷物の有無を確認した』

 寡黙の割には、遠回しな言い回しだった。

「それで?」

『……手付かずのまま』

 まるで死刑判決を下された気分だった。どうするべきか。移動中のライドクローラーとの距離は100キロ近く離れている。ライドマシンでを飛ばしても往復一時間前後。しかも配達の途中であり、これからさらに200キロメートル以上の距離を走行しなければならないのだ。その痛恨のミスに、トオルは脳ミソをフル回転させた。

 ――何か、いい方法はないのか

 ディアに忘れてきた荷物を金色マシンで届けてもらおうか? いや、そうなるとライドクローラーはどうする? 拠点の進行が止まってしまうではないか。

 ――取りに戻るしかないか

 とライドクローラーに帰ろうと決断した時だった。ディアから折り返しの連絡が入った。

『……再生体が忘れ物を持って、そっちに向かった』

 そう言えば、今日の再生体の受け持ち件数は少ないはず。だとすると、すでに自分の仕事を終えたと言うことなのだろうか。

『……だから、トールはそのまま配達を続けてて構わない』

 悔しいけど断る理由がどこにもなかった。結局、トオルはディアに了解とだけ伝え、次の配達先へと向かった。


 リーダー失格。

 そんなことを考えながらライドクローラーへと戻れば、明日の準備をしていた再生体がトオルを出迎えた。

「お帰り、兄者。例の品物は拙者が無事に届けておいたから、心配には及ばん」

 自分たちの業務遂行に何の影響もなければ支障もないと言わんばかりに、にこやかに告げる再生体。だがトオルとしては再生体に借りを作ってしまった自身の落ち度に苛立ちを覚え、ライドマシンから降りると、隠れるように自室へと上がった。

 ――どうして、言わなかったんだよ

 粗末な簡易ベッドに身を放り出し、枕に顔を埋めた。これでは立つ瀬もなく、お礼の一言も言えない自分を最低だと罵った。そんなやるせない思いを抱えていると、部屋をノックする音がした。

 再生体なら、今は合わせる顔がない。すると予想に反してドアの外から幼女のか細い声がした。

「トオルさん。あのぉ、ご飯冷めちゃいますけど……」

 いくら何でも、ケイニャ相手に無視を決め込むわけにはいかなかった。

「後で食べるから、置いといて」

 そう応えるだけが精一杯だった。すると「分かりました」とドアの外から気配が消えていく。

 大人気ないと自分でも分かっていた。きっとケイニャにも愛想を尽かされているかもしれない。もしかしたらディアや再生体も同じことを思っているのだろうか。疲弊しきった体で、そんな行き場のない考えを巡らし……そして、いつの間にか眠りに落ちていった。


 翌朝。

 トオルは鉛のように重い気分を引きずってブリーフィングルームに顔を出した。

「おはよ……」

 テーブルを囲む三人には、きっと冴えない顔に見えたに違いない。だが……

「おはよう。兄者」

「お、おはようございます、トオルさん」

 普段と変わりない再生体とケイニャ。だが、ディアだけは違っていた。相変わらずの無表情のまま、ジーっとトオルのことを見つめていた。

「…………」

 理由は分からないが、何やら機嫌が悪そうだった。

 ――昨日の失敗を怒ってるのかな?

 不安を抱えたままトオルが席に着くと、ディアが白飯を口にしながら言う。

「……トール、昨夜ご飯食べなかった」

 聞けば、昨夜のご飯は最高の出来だとか。

「……百年に一度の炊き加減だった」

 三日目にして『ご飯マイスター』と自負したディアのことだ。きっと素晴らしく美味しく炊けたのだろう。そうなると俄然、食べてみたくなるのだが。

「……もう、ない」

 保温では美味しさを保てないため、ディアが全部食べてしまったそうだ。ちなみにどれだけ美味しかったのかと訊ねたところ

「……宇宙一」

「拙者には違いが分からなかったが」

「ウチにとってディアさんの炊くご飯は、いつだって宇宙一です」

 二人に続いて、小さな声で自身の意見を述べるケイニャ。まだ気まずさがあるとは言え、心の距離が縮まったかのように思えた。

「あぁ、食べておけば良かった……」

 落ち込むトオルに、ディアを除いた全員が笑った。その明るい談話に、トオルの心も自然と軽くなった。


 本日の配送は一件のみ。

 冷蔵庫ほどの巨大な根株を依頼先の工房に届けるのが本日の仕事だ。大きく重い荷物。当然ライドマシンに載せることができず、ライドクローラーで直接、工房先まで乗りつけることとなった。

「重い荷物は拙者に任せてくれ」

 そう言って持ち前の怪力でもって、受取人宅の工房へと運び入れる再生体。そのおかげで呆気なく配達完了となった。

「これで立派なテーブルが作れるよ」

 喜ぶ受取主のカメレオン獣人。トオルは荷を引き渡したこの瞬間が好きだった。

「ありがとうございました」と挨拶を済ませ、トオルは再生体と共にライドクローラーに乗り込んだ。

「次はガヲだな、兄者」

 端末でもって350キロ先にある地域を確認する再生体に、なぜか深月の影が重なった。

「言われなくても分かってるよ!」と無意識に声を荒げてしまった。その横柄な態度にケイニャは怯え、操縦席に座るディアに寄り添うように身を小さくしていた。

 ――何やってんだ、僕は……

 自身の態度に苛立ちを覚えていると、不意に頭の中で声がした。

 ――未練がましいよ

 もう一人の自分がトオルの心に囁いた。そして二人目、三人目が言う。

 ――そんなんじゃ、周りにも影響を及ぼすだろ

 ――リーダーは、みんなをまとめるのが仕事。それなのに空気をギクシャクさせてどうする?

 ――ケイニャを見てみろ。怯えてるじゃないか

 幼女を見れば、瞳に動揺の色が浮かんでいた。

 そんなつもりじゃなかったんだ。……とケイニャを宥めようとした時だった。ライドクローラーを運転していたディアがケイニャを見て言う。

「……トール、買い物がしたい」

「買い物? まぁ、構わないけど」

 時刻はまだ昼前。仮に昼過ぎに出発しても、夕方までにはガヲに着くだろう。

「……すぐ終わる」

 ディアはライドクローラーを村の入口付近に停車させると、ケイニャの手を引いて操縦室を降りていった。

「兄者。拙者もマシンの整備をしてくる」

 何か用があれば呼んでくれ。と階段を降りていく再生体。操縦室にひとり取り残されたトオルは助手席に座り、ボーッと外を眺めてぼやいた。

「こんなんじゃ、リーダーとは言えないよな……」

 分かっている。ただ再生体を見る度に、深月のことを思い出してしまうのだ。

 ――いったい、いつまで引きずってんだよ

 髪を掻き毟って嘆いていると、背後で小動物の鳴き声がした。振り向けば簡易テーブルの上でハムスターもどきがトオルを見ていた。

 名前はポウ。ケイニャが一生懸命考えて付けた名前だそうだ。

「ミュー」

 つぶらな瞳をして甘えるその声に、トオルは優しく手招きして語りかけた。

「君のご主人さまはディアさんとお出かけしに行っちゃったよ」

 するとポウはテーブルから飛び降り、小動物さながらのすばしっこさでトオルの肩へとよじ登ってきた。

「ポウはみんなと違って、僕から逃げないんだね」

 怖くないのかい? と人差し指で小さな頭を撫でてやると、頷くようにミューと鳴いた。その愛らしい姿に心が癒やされた。

「僕の話を聞いてくれるかい?」とトオルは自身が抱えている悩みを語り始めた。

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