第一章 リーダーの資質3
――よほど、お腹が空いていたんだな
ブリーフィングルームを兼ね備えた操縦室。その狭い間取りの中で夕食を加熱していたところ、簡易ソファーに寝かせていた幼女が目を覚ました。幼女を簡易テーブルに招き寄せ、トオルが加熱済みの冷凍ドリアを与えた途端、脇目も振らずに食べ始めたのだ。
――それにしても、こっちはこっちで良く食べるなぁ
隣をチラ見すれば、保子莉が調達した高級炊飯器を脇に置き、黙々と炊きたてご飯を食べ続ける海賊頭首がいた。
仕事を始めた日、お腹を空かして生米を齧っていたディア。その姿があまりにも不憫だったので、ご飯を炊いてみせたところ、これが大変お気に召したようで……以来、海賊頭首自ら炊くようになり、今ではトオルよりも美味しくご飯が炊けるまでになっていた。
「……三度の飯よりも、ご飯大好き」と豪語するほどにスキルアップしていた。その食欲旺盛の金髪美少女を横目に、トオルと再生体が一人前のドリアで腹を満たしていると
「ごちそうさまでした」
と三人前のドリアをペロリと食べ終えた幼女が深々と頭を下げた。
「助けて頂いたうえに、ご飯まで食べさせて頂き、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
丁重に礼を述べる幼女に、トオルは気さくに笑って見せた。
「そんな大したことはしてないから、頭を上げて」
余分に備蓄されている食料だ。一人増えたところで食料不足に陥るような心配はない。それよりもトオルとしては、気になることがひとつあった。
――この子、ひょっとしてクレハ星人なんじゃ?
栗色の髪と背丈具合。顔立ちは違えども、クレハ・クリス・クレアやクレハ・ガゼ・エテルカに雰囲気が似ていたのだ。
「僕は敷常トオル。で、君の名は?」
「ウチ、ケイニャって言います」
「クレハ・ケイニャ?」
とトオルが訊ね直すと、幼女が怪訝な顔をして小首を傾げた。
「いえ。ケイニャです」
「クレハは?」
「クレハ? 何ですか、それ?」
真顔で小首を傾げる幼女に、ディアがご飯粒を口元につけたまま言う。
「……トール。この子は読心能力を持っていない」
覚えたばかりの箸でもってケイニャを指すディアに、トオルは眉をひそめた。
「何で、そんなことが分かるの?」
長年、エテルカと共にしていたから。と返ってくるのかと思えば
「……私の心を読んでいないから」
インスタント味噌汁をズズッと啜るディアに、何を考えていたのかと尋ねてみると
「……トールと同じこと」
訊けば、幼女を一目見たときからクレハ星人だと思っていたらしい。
「……でも、それらしき反応がまったくなかった」
「拙者もディア殿と同意見だ」
どうやら再生体もケイニャに対し、ディアと同様のことを考えていたらしい。
――だとすると、この子はただの子供なのか?
こんなことを考えれば、空かさず「子供じゃないですぅ!」と頬を膨らまして怒るクレア。だが、当のケイニャはそんな素振りも見せないまま、スクッと立ち上がると小さな頭を下げた。
「トールさん、お願いがあります。ウチを『シアス』に連れてってください」
健気に懇願する幼女に、トオルは無碍に断ることができなかった。
『シアスじゃと?』
予定の配送ルートから外れた地名を聞きながら、端末越しで寒冷地仕様の耐ショックジャケットを脱ぎ始める猫娘。
『ちなみに、そこはどんなところなのじゃ?』
「特に危険な場所ではないみたいだよ」と、トオルは端末で調べた情報を口にする。
最終配達地点から南西300キロメートル離れた場所に位置するシアス。人口は約3000人程度の大きな村。先住人のトカゲ星人はおらず、異種混同の星人たちが共存しており、農作物の耕作で生計を立てているらしいのだ。
『そんな辺鄙な土地に、その娘は何用があって行きたがっておるのじゃ?』
「それが、理由を聞いても教えてくれないんだよ」
「何でもしますから、お願いします!」
食い下がるケイニャに、トオルも返答しかね、とりあえず一晩考えてみると返答を濁したのだ。
『何か特別な事情でもあるのじゃろう』
確かに人に聞かせたくない事情を抱えているのかもしれない。だが、それ以前にケイニャ自身が他人に対し、心の壁を作っているように思えてならなかった。何しろ、何を聞いても明確な答えを言わず、詮索でもしようものならば黙り込んでしまうのだ。分かったことと言えば年齢くらいだ。
『智花と同い年か。それで、そのケイニャは今、何をしておるのじゃ?』
「さぁ、ディアさんと相部屋になってもらっているから、何をしているのかは分からないよ」
夜も更けているだけに、きっと寝ているかもしれない。何しろトオルでさえ、あくびをしながら保子莉と通信をしているのだから。
『あぁ、そっちは26時半じゃったのぉ』
時間を告げられ、ンカレッツア星のワールドタイムを確認すれば、保子莉側は19時半を示していた。
『それで、どうするつもりじゃ?』
トオルの考えは、ほぼ決まっていた。
「とりあえず最終配達地まで連れていって、それからどうするか考えようかと」
すると保子莉は灰色の右耳を摩りながら思案する。
『あまり気が進まんのぉ』
即断できない理由は分かっていた。他の惑星に比べてンカレッツア星は細かな制限があり、入星の際、長期に渡る大陸間移動ということで入念な検閲が行われたほどなのだ。
特に出星には厳しく、希土類相当の価値があるバブンガスの結晶体においては加工はおろか、持ち出しさえ許されないほどだ。ゆえに素性のしれないケイニャを引き連れて歩くのはどうかと言うことなのだろう。
『まぁ、地理的にも法的にも大きな問題にはならんようじゃし、この件に関してはおぬしに委ねるとしよう。それで今日の仕事はどうじゃった?』
「問題なく終わったよ」
終業早々にデータ送信した業務日報。だが仕事着のジャケットを着ていたところをみると、まだ目を通していないようだ。
「保子莉さんは今終わり?」
『配達の方はな。この後、みんなで明日の準備をしてから、晩ご飯じゃ』
厚手のジャケットを脱いで椅子に腰掛ける保子莉。着古したタンクトップ越しの胸元が小さく揺れ……そしてお尻を浮かせたかと思えば、野暮ったい耐ショックパンツを脱ぎ捨てた。
『いやー、さすがに今日の配達は疲れたわい』
白く長い足と黒い尻尾を伸ばしてくつろぐ猫娘。そのあられもない姿に視線が端末画面に釘付けになった。……が、ハッと我に返り、慌てて視線を反らした。
――見てたのバレたかな?
画面越しとは言え、ついエロ動画鑑賞のつもりでガン見してしまった。きっとスケベな男だと思われたに違いない。と、トオルが赤い顔をして目を背けていると
『どうじゃ、エロかろう?』
健康な男子たるもの我慢せんでも良いぞ。と艶っぽく付け加える保子莉。見透かされた挙げ句、挑発するような台詞に、トオルは心の中で地団太を踏んだ。
――ちくしょー。保子莉さんの思うつぼかよ
彼女の手のひらの上で転がされていたことに、悔しがっていると
『何なら、存分に見ても良いぞ』
無意識にゴクリと喉が鳴った。
――どうする?
過去二度に渡り、見たことのある彼女の裸体。……が、それらすべてはラッキースケベ。そこへもって今回は本人自らの招きである。見るべきか、見ないべきか。
――ええいっ! こうなったら、思いっきり見てやろうじゃないか!
男なら当然の選択とばかりに、目を見開いて画面に集中した。……が、すでに保子莉の下半身は作業用のツナギに隠され、両腕の袖でもって括れた腰を縛っていた。
「えっ? 作業服?」
期待していたものと違う無粋な姿に、トオルが間抜け顔を晒していると
『言ったじゃろ。これから明日の準備をすると』
色気とはほど遠い作業靴を履きながら、保子莉がクスクス笑う。
『残念じゃったのぉ』
尻尾を振って純粋な男心をもてあそぶ猫娘に、トオルが露骨にガッカリしていると
『そう言うことじゃから、今夜はここまでじゃ』
おやすみ。とウィンクして通信を終了する彼女。華やかだった端末画面が、一瞬にして無機質な『ノーシグナル』の文字と入れ替わった。
「……おやすみ」
トオルは消えた相手にそう告げて肩を落とした。
――今夜は寝れなくなりそうだ……
就寝前の高揚。結局、悶々とした気分を引きずったまま、いつまでも寝付くことができなかったトオルだった。
翌朝8時過ぎ。
本日のバブン情報を確認し、担当するエリアの荷物をリアボックスに積み込んで配達先へと向かうトオルたち。いつものようにディアが操縦するライドクローラーを起点とし、再生体はミニライドマシンで南へ、トオルは北へと向かった。現在の気温は17度。風を切って走るライダーには少しばかり肌寒かったが、後2時間もすればたっぷりな陽射しが降りそそぎ、暖かな陽気となるはずだ。そんな中、トオルはライドマシンを軽快に走らせながらシアスへの予定を模索する。その結果、日程通りにすべての配達を終え、三日間の猶予が生まれることを知る。
――何だ、余裕じゃないか
最後の配達を終えた翌日にケイニャをシアスへ送り届け、全配達チームが合流するトラプヤ駐機場まで行ったとしても、有り余るほど充分なスケジュールだった。
――それまでに打ち解けてくれれば良いなぁ
とトオルは今朝のケイニャを思い出す。
身支度を整え、操縦室を兼ねたブリーフィングルームに顔を出せば、ディアと共に朝食の支度をしていたケイニャがいた。昨日同様の薄汚れた服。だが昨夜シャワーを浴びたせいか、幼き肌は剥き卵のようにツヤツヤしていた。
「おはよ」と気さくに挨拶をかけた途端、ケイニャは小動物のようにビクッとし、食事の配膳の手を止めた。
「お、おはようございます」
「昨夜は良く眠れた?」
にこやかに振舞ったつもりだった。だがケイニャは笑うこともなく、コクリと小さく頷くだけだった。怯えとも警戒とも取れる表情の幼女に、トオルは保留にしておいた件を伝えた。
「君をシアスへ連れていくことに決めたよ」
あれだけシアスに行くことを望んでいたのだ。さぞかし喜ぶだろう。と、屈託の無い幼女の笑顔を期待したのだが
「あ、ありがとうございます」と沈んだ顔で返されてしまった。
「それにしては、あまり嬉しそうじゃないけど」
簡易テーブルの前に用意された朝食に手をつけながら、突っ込んだ質問をしてみると
「う、嬉しいです」
それにしては声が小さく、ちっとも嬉しそうじゃなかった。
「それで、何でシアスに行きたいの?」
「ユ、ユートピア……」
ユートピア? と聞き直すトオルに、ケイニャが目を反らした。
「な、何でもないです。ウ、ウチ、再生体さんを呼んできます」
逃げるようにして階下の格納庫へ降りていく幼女。トオルがその後ろ姿を見ながら首を傾げていると、ディアが茶碗に高盛りしたご飯を食べながら言う。
「……今は、あんまり詮索しない方がいい」
一晩、同室したディア。何かを聞き出したのだろうと、訊ねてみれば
「……何も聞いてない。でも、あの子は闇を抱えて生きてきた」
その聞き捨てならない言葉に、トオルは眉をひそめた。
「ディアさんは、ケイニャがどんな悩みを抱えてるのか分かるの?」
「……分からない。でも苦労をしてきたことだけは、何となく分かる。ただそれだけ」
普段から表情の乏しいディアのことだ。きっと語らずとも意思の疎通が取れるのかもしれない。結局、トオルもケイニャに対して、それ以上、踏み入ることができなかったのだ。
そしてディアの補佐という仕事を与え、出掛けに「困ったことがあったら遠慮なく相談してね」と残してきたのだが
――しばらく、ディアさんに任せてみるか
同性で余計なことを語らないディア。少なからずケイニャにとっては安心できる相手だろう。
――とりあえず早く仕事を終わらせて帰ろう
とライドマシンを走らせるトオルだった。





