第一章 リーダーの資質2
あれから一週間。
「こんなに楽で良いんだろうか?」
実際にやってみれば、特に難しいことはなく、むしろ拍子抜けさえする仕事内容だった。
荷物の大きさはまちまちだが、大きくて大型冷蔵庫。小さいものならティッシュ箱くらい。配達量は一日平均10個から20個程度。それを二人で手分けして配達するのだから一人当たりの配達量は半分だ。求人誌に掲載されていた日本の宅急便屋さんの一割以下にも満たない仕事量に、申し訳ないとさえ思えてくる。その代わり1日あたりの移動距離は長く、地球の距離換算で大体300キロメートル前後。遠い場所によっては400キロメートルもあり、東京-名古屋間の直線距離に等しい。当然、誤配などすれば大きく予定が狂うだけに間違いは許されなかった。とは言え、幸い地球のように受取不在などのトラブルもなく、いたって順調だ。
しかもンカレッツア星の公転周期は約28時間。つまり地球に比べて一日が長いのだ。当然、日没などに煽られることはなくマイペースで配達が出来るのだから、これほど楽な仕事はない。しかも夜も長く、充分に休息もとれて翌日への英気も養えるのだから、文句のつけようがない。
「ご苦労さま」
爬虫類のお客さんから労いの声をかけられ、本日最後の配達を終えたトオルは「ありがとうございます」と元気良く挨拶し、駐めておいたライドマシンに跨った。
――今日は、これでおしまいだな
会社から支給された端末機を見れば、受取認証に『レ』点が示されていた。人体認証。どう言う原理なのかは知らないが、これにより本人もしくは親族が受け取ったことが証明されるシステムだ。配達先の位置コードを元にナビゲーションの指示に従い、荷物を届ければ自動的に完了。土地勘のない惑星とは言え、子供のお使いよりも簡単である。
――さてと、ディアさんはどのあたりにいるかな?
トオルは端末の地図を使ってライドクローラーと呼ばれる巨大コンテナハウスの位置情報を確認した。
予定通り、60キロの速度で西へ西へと移動している。
――南西4710アーか
巡行速度で走り続ければ約1時間半で合流できる距離にいた。その走る拠点を中心に、ライドマシンを使って南北に点在する村々に品物を届けるのがトオルたちの仕事だった。しかも複数班分かれて請け負った品物全部をンカレッツア星全土に配ろうというのだから、宇宙の宅配スケールは格も違えば規模も違う。大掛かりで壮大な計画。三人から五人体制のチームが10チーム。そのうちの1チームとしてトオルたち三人が編成されていた。
――あいつは、もう終わったんだろうか?
北側を請け負ったトオルとは逆の方向へと向かった相手の光点をチェックする。
――ライドクローラーから南に1570アーか……。ずいぶん近いな
地図上で、その者の位置を確認していると不意に端末が振るえた。表示された着信者名である『再生体』に、トオルは舌打ちして通話許可を押した。
『兄者。拙者の方の配達は終わったが、兄者の方はどうだ? もし終わっていないようならば拙者も手伝うが』
「こっちも終わってるよ! それと僕のことは名前で呼べって言っただろ!」
感情的になって当たり散らすトオルに、再生体の声がわずかに萎れた。
『しかし血を分けた兄に対し、軽々しく名前で呼ぶわけには……』
頭と胴体が分裂しただけで、血を分けたつもりは毛頭もない。それだけに兄者と呼ばれることが、とても不愉快でたまらなかった。
「じゃあ、リーダーって呼べばいいだろ!」
嘘でも嫌がらせでもない。事実、宅配プロジェクト総括者のダリアックからチームリーダとして任命されているのだ。
「トオルさん。悪気はねぇんだが、今回、組んだチームの指揮はあんたに任せる」
惑星間を飛び回る海賊頭首のラ・クロウ・ディア。体力の勝る再生体。そのまとめ役としてトオルが託されたのだ。本来ならばディアが適任のはずなのだが、海賊ということだけに、行動制限をかけたのだ。
「……トールへの恩返し」
と無表情のまま金髪美少女は言っていた。きっとライドガンナーの事故騒ぎの時にエテルカを救出したことを感謝してのことなのだろう。では再生体がリーダーなら……頑固過ぎる性格と融通の利かなさから、相応しくないとの理由で除外されたのだ。つまりは消去法。それによりトオルがチームの責任者として抜擢されたのだった。
ちなみに南半球側の別働隊の中には、親友芝山田長二郎とクレハ・ガゼ・エテルカを含む4人体制で仕事に励んでおり、また保子莉は他の従業員たちを引き連れて、もっとも過酷な北半球の最北端を受け持っていた。
それに比べ、トオルチームの編成はあまりにもアンバランスであり、人間関係がよろしくなかった。
「とにかく僕はお前の兄でも何でもないんだから、リーダーと呼べよ!」
本来、威張り散らすのは苦手な性格なのだが、再生体の前だと無意識のうちに気性が荒くなり、声がきつくなってしまう。
『了解した……リーダー』
物悲しげに返事をする再生体に、トオルの胸にチクリと棘のようなものが刺さった。
『とりあえず拙者は一足先にライドクローラーに戻るが、何かあったら遠慮無く連絡してほしい』
昨日も一昨日も、その前もそうだった。自分の仕事も終わっていないのに、人のことばかり心配するのだ。
「僕のことに構わず、早く帰れよ!」
そう言い放ってトオルは通信を切ると、鉛を吐き出すように重いため息をついた。再生体への八つ当たり。その行為が胸くそ悪く、自身を呵責させる。
――何やってんだ……僕は……
再生体を意識すればするほど、深月への未練が湧き上がり、知らず知らずぬうちに苛立ってくるのだ。
――こんなのが、あと二週間も続くのか
どうせなら一人で仕事がしたかった。だがロシアの端からヨーロッパの端まである広大な土地を、トオル一人で配達するなど到底無理な話だ。
――帰りたくないなぁ
しかし帰らなければ、食事や休息が取れないのだ。ましてや、ここは危険なガスがあふれ返る惑星である。とてもじゃないが、野宿というわけにもいかかず、トオルはリアクターエンジンを始動させ、渋々、ライドマシンを走らせた。
心なしかアクセルスロットルが重たく感じられた。スピードメーターを見れば、やはりと言うべきか、速度も出ていない。
――まぁ、ノンビリ帰れば良いか
本日のノルマは全てこなし、陽が落ちるまでには充分に時間はあるのだから慌てる必要はない。それよりも頭を悩ませるのは、今夜の献立のことのほうだった。
――今夜は何にしようか
とトオルは保子莉が用意した食料の在庫を思い浮かべた。大量に用意された地球産の食料。三人が余裕で一ヶ月過ごせるほどの量がある。白米やパンを始め、和洋中の冷凍食品やインスタント製品。おまけにスナック菓子はもちろんのこと、ジュースやアイスまで揃えられ、なぜか猫缶までもが用意されていた。当然、ンカレッツアに来てからは、好きなものを好きなだけ食べていた。パン、ピザ、ハンバーガー、カレー、ラーメン、ハンバーグ、牛丼、パスタに揚げ物など。飲み物にいたっては炭酸ジュースばかり。しかも三食。それだけに、いい加減飽き始めていた。
――和食が懐かしいなぁ
アジの開きやひじきにほうれん草の和え物など。普段は進んで箸を伸ばさなかったトオルも、ここにきて母親の作るおかずが恋しくなっていた。挙げ句の果てに、なぜか立ち食いそば屋の蕎麦も食べたくなる始末。だが良く良く考えると、乳製品の類や卵がないことに気づいた。
――生卵かぁ……
そう考えただけで、無性に玉子かけご飯やオムライスが食べたくなってきたりするのだから不思議だ。
――この星に卵とかあるのかなぁ?
必要なものは現地調達。と、恒星間送迎時に受けたサバイバルレクチャーを思い出す。基本的にンカレッツア星の半数以上はトカゲ星人であり、古くからの先住人だと聞かされている。それだけに地球の爬虫類とは異なり、卵から孵化するわけではなく胎内出産をするらしいのだ。となると、卵を食べることがタブーなことでもなさそうだが。
――もしかして卵そのものがないのかなぁ?
そう言えば鳥らしき姿を見ていないような気がする。空を仰げば、羽を生やした古代海洋生物のような生き物が我がもの顔で飛んでいた。
――あれって卵、産むのかな?
などと満たされぬ欲求でオパビニアもどきを見つめるトオル。仮に卵を産んだとしても良質なタンパク源を摂取できるとは思えなかった。
――明日、配達先の村で、誰かに聞いてみるか
とりあえず今夜は冷凍ドリアか何かで済まし、明日の配達の準備を確認してから、夏休みの課題をやって寝よう。
そんな段取りを考えて未舗装の街道を走っていると、街道端の大岩のてっぺんに何者かがへばりついているのを発見した。
――何であんなところに子供が?
うつ伏せになっている子供に、トオルはライドマシンを停めてHUDの情報を読み取った。確認するのは周囲の地殻変動とバブンガス発生の履歴。酸素より重い気体であるバブンが発生した場合、高い場所へと避難し、ガスから身を遠ざける避難方法がある。それを実践している者がいると言うことは、この辺り一帯にバブンガス、もしくは残留ガスが残っている可能性があるのだ。だが情報を見る限り、バブン噴出などの形跡はない。
おかしいなぁ? と思いつつ、トオルは辺りを警戒しながら大岩の下にライドマシンを寄せた。
――だったら、何であんなところへ?
3メートルほどの高さがあろう大岩。よほどのことがない限り、子供がよじ登るとは考えられなかった。
「おーい、大丈夫かーい?」
しかし子供は返事どころか微動だにしなかった。代わりに子供が提げているカバンからハムスターのような生き物が這い出て飛び跳ねた。
「君は僕の言葉が理解できるのかい?」
だが、小動物は小首を傾げ「ミュー」と鳴くだけだった。
――とりあえず、子供を助けなきゃ
ヘッドギアと耐ショックジャケットを脱ぎ、足場を探りながら岩によじ登ってみた。
「君、大丈夫かい?」
子供の肩に触れて揺すってみるものの反応はなく、代わりに小動物が心配そうにミューミューと鳴くだけ。
「心配しなくても大丈夫だよ」
小動物にそう言い聞かせると、子供を仰向けにし……その子の姿に我が目を疑った。
ボサボサの栗色の髪に、穴の空いた服を纏ったアザだらけの肌。履物である靴の底は剥がれ、汚れた素足を覗かせた姿は、さながら行倒れたホームレスのようだった。
――何で、この星に人間の子供がいるんだ?
惑星ンカレッツアに棲息している大半は爬虫類系の星人と聞いている。だが、目の前の幼女はどう見てもトオルと同じヒューマンタイプだった。
――とりあえず、容態を診ないと
呼吸をしているところを見ると、死んでいるわけではなさそうだ。ただ意識がないということは、何らかしらの病気にかかっている可能性があるだろう。トオルはすぐに端末を取り出して子供の健康状態をチェックした。
『空腹による血糖値低下及び疲労』
――何だ、ただの行き倒れか
安心したトオルは、大岩を滑るようにして降りるとライドマシンの積載ボックスからミネラルウォーターと簡易非常食をディバックに詰めて再び岩によじ登った。
「聞こえるかい。ほら、水だよ」
幼女の体を支えながら、ミネラルウォーターを口元へと垂らしてみた。舌を伝い、喉の奥へと潤いを与えているはず。と、端末診断を欠かさず、静かに様子をうかがう。
――頼むから、死なないでくれよ
幼女に飲ませた水が仮に毒だった場合に備え、首から提げたサバイバルテスターをギュッと握りしめた。
「ん……」とかすれた声をひとつ吐く幼女。端末は依然として血糖値低下を示していた。トオルは非常食の中から栄養剤を取り出すと、それを歯で噛み砕き、その欠片を幼女の口に放り込んだ。
――多分、これも問題はないと思うけど
少量の水を与え、サプリメントを流し込み、再度端末をかざしてみた。もし幼女の体が毒として拒絶反応を示したなら、迷わずサバイバルテスターを折って口に差し込むつもりだった。だが診断数値は回復状況を示すように安定していった。
「……うーん」と幼女の瞼が虚ろに持ち上がる。意識が戻った。……が、すぐに瞼が閉じてしまった。
「おい! 君、大丈夫か?」
体を揺さぶっても、幼女は目を覚まさなかった。容態は安定している。
「このまま放っておくわけにもいかないし、とりあえず連れて帰るしかないか」
ライドマシンに戻り、デイバッグの代わりに今度はロープを抱えて大岩のてっぺんに戻ると、幼女を背中に括りつけて地上へと降りた。
「ふぅ、暑ぅ……」
背負った相手が幼女とはいえ、結構な重労働だ。脱いだ衣類を丸めてリアボックスに放り込み、幼女を担いだままライドマシンに跨がると、先ほどの小動物がトオルの肩に這い登ってきた。
「君も一緒に来るかい?」
小さな頭を持ち上げて短い声を上げるハムスターもどき。きっと、幼女の安否を気遣っての返事なのだろう。……が、途端に「ミュー! ミュー!」と強く鳴き声を発した。同時にHUDに警報が浮かぶ。
『避難勧告! 一時間後にバブン発生の兆候あり』
現在地を中心に、予測されるであろうガス発生位置と気候状態がマッピングシミュレーションされた。示された予想では、風に伴ってバブンガスが南下してくるとのことだった。最大風速は4メートル。人が立っていられないような強風でも吹けば、ガスは大気中で撹拌され散ってしまうらしいのだが……。
「気象情報はあくまでも情報に過ぎない」
だから、警報が鳴ったらなるべく早くその場から遠ざかるようにしろ。と散開前にダリアックは言っていた。トオルはその言葉を信じ、急いでリアクターエンジンを始動させた。
――飛ばせば、逃げ切れる!
ライドガンナーレースでコースレコードを叩き出したマシン『アロ・スペシャル』。これでバブンガスに追いつかれるようでは、改造してくれたアロに申し訳が立たない。
「君はご主人さまのカバンの中に入ってて」
すると小動物はトオルの言葉を理解したかのようにチョロチョロと幼女のカバンの中へと入っていく。それを確認し、トオルはライドマシンのギアを入れ、移動中のライドクローラーへと走り出した。
未舗装の街道を小一時間ほど走り、ほどなくして移動する拠点であるライドクローラーの影が見えてきた。見慣れた巨大コンテナハウス。何度見ても思うことだが、それはまるで家という建築物が動いていると言っても良いだろう。
「兄者! 早くっ!」
砂煙を上げながら走行するライドクローラー。その後方ハッチから手招きする再生体に、トオルは舌打ちしながらライドマシンを滑り込ませた。すると再生体は下ろしていたスロープを収納し、ハッチを閉めながら操縦室と無線連絡を取る。
「ディア殿。兄者を回収をした」
『……了解』
車内スピーカーから伝わる抑揚のない返事を聞きながら、トオルはライドマシンを固定アンカーに接続させ、ヘッドギアを外した。
「無事でなによりだ、兄者」
近寄ってくる再生体に、思わず眉をしかめた。
――兄者って、何だよ。何で名前で呼べないんだよ
どうやら無意識のうちに兄者が習慣付いてしまっているようだ。
――もう勝手にすればいいさ
すると再生体が、トオルが背負っている幼女を指さした。
「その者は、どうしたのだ?」
「行き倒れていたから、保護した」
ぶっきらぼうに言い放ち、縛り付けた背中のロープを解くと、再生体が幼女を抱き上げた。
「意識がないようだが、大丈夫なのか?」
「たぶん、お腹を空かして倒れたんだと思う。念のためディアさんに診てもらうから、操縦室に運んで」
素っ気なく指示するトオルに、再生体は頷くと早足に螺旋階段を昇っていく。その様子を見ながら、トオルもリアボックスから耐ショックジャケットを取り出し、再生体を追いかけるように操縦室へと上がった。