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第四章 ケイニャとガラとワニ男3

 それからの数日間は順調だった。

 ライドクローラーの操縦のほとんどをケイニャに任せ、トオルたちも安心して配達をこなしていた。もちろん夜は夜で保子莉や長二郎と雑談を交わし、昨日は久しぶりに450光年離れたクレアとも長電話をした。

『もうクタクタですぅ』

 と、現在携わっている案件の愚痴から始まって

『寝るときはぁ、お腹冷やしちゃダメですよぉ』

『ちゃんとぉ、栄養バランスを考えてぇ食事を取ってくださいねぇ』

『何かあったらぁ、無理しないでぇお嬢さまにぃ相談するんですよぉ』

 心配するクレアに「大丈夫だよ」「分かってるよ」と相槌を打つトオル。

 ――まるでうちの母さんみたいだ

 未だ人類が到達できていない遠く離れた惑星だ。もし相手が母親だったならば、きっと同じように心配したことだろう。

 ――地球の家族みんなは元気かなぁ

 と、ちょっとだけホームシックになるトオルだった。



「そんな話、俺は聞いてないし、頼んだ覚えもないぞ」

「どうせ、そんなこったろうと思ったよ」

 ガラの家の台所。バブン灯の明かりの下、トカゲ女とワニ男がでテーブルを挟んで内談していた。

「ちくしょう。どうりで見つからなかったわけだ」

 ワニ男はここ数日間における自分の行動を振り返った。異種他民族のたまり場であるシアス。当然、非獣人であるケイニャも、そこに向かっただろうと決め込んで西にゾッタを走らせたのだが……姿はおろか足取りすら掴めなかったのだ。足を棒にして途中にある村々を渡り歩き、手掛かりひとつないままルララケに戻ってきてみれば

「いったい、どういうつもりで配達屋なんかに預けたんだい?」

 言われのない疑いに困惑するワニ男。そしてお互いが持つ情報を交わし、訪れた宅配業者がまったく関係のない部外者だと知るには、それほど時間がかからなかった。

「それで、どうすんだい?」

 と怪訝な顔をして水を差し出すガラ。

「どうするもこうするもないだろ。追いかけてケイニャを取り戻すまでさ」

 ワニ男は大きな口を開けて一気に水を飲み干すと、空になったコップの底をテーブルに叩きつけた。

「大事な金ヅルだ。どこの馬の骨だか解らねぇヒューマンなんかに横取りされてなるもんかよ」

 するとガラが眉をひそめた。

「そう簡単にいくかねぇ?」

「それはどういうことだ? まさか、俺を信用してないのか?」

「そうじゃないさ。アタシが言いたいのは、穏便にケイニャを取り戻せるのかってことさ。アタシの見立てでは、連中アレは外惑星から来た者たちだよ」

「その根拠は?」

「家のような大きな箱に乗って移動してたんだ。あの様子だと、アタシたちンカレツッア人よりも文明の進んだ武器なんかを持っているに違いないよ」

 ガラの憶測に、ワニ男がチッと舌を鳴らした。

「そいつは難儀だな」

 ンカレツッアとは異なる高度文明。その技術はンカレツッアよりも遥かに進んでいると、旅商人の仲間たちから聞いたことがある。まともに争おうものなら、たちどころに叩きのめされるだろう。

「命を張るには得られる報酬が少なすぎるな」

 思案するワニ男に、ガラが眉を釣り上げた。

「何だい、何だい! ここにきて分け前を増やせって言うのかい!」

 ヒステリックになって立ち上がるガラに対し「そう言うことじゃねぇさ」と宥めるワニ男。元々、利益はピンハネするつもりでいたのだ。だが、肝心な商品が異文化の連中に匿われている。そうなると配達屋に直接交渉するか、もしくは力尽くで訴え出るかのふたつである。

「交渉した方が無難じゃないかい?」

 元はと言えば、ケイニャはアタシがパルチから預かった子なんだし。とガラが親権を主張する。

「しかし、連中は人身売買のことを知ってたんだろ?」

 もし、それが本当ならばケイニャを譲らないだろう。実際、ガラがケイニャを追いかけた時、配達屋が止めに入ったのだ。間違いなく交渉は成立しないはず。とワニ男が知恵を絞っていると

「じゃあ、どうすんだい?」

 突きつけるようなガラの問いに、ワニ男が踏ん反り返った。

「俺も百戦錬磨の商売人だ。こんなことで儲けをフイにするつもりはねえ」

 そして、良い策を思いついた。とワニ男がニヤリと笑った。



 目的のシアスまで、あと数日。

 パルチの遺言を信じ、ここまできたケイニャ。

 果たして自分と血の繋がった姉妹はいるのだろうか。

 もし二人に会えたなら、何をどう話せばいいのだろうか。

 でも初対面だし、嫌われたりしないかな?

 あれこれ考えながら、ライドクローラーを操縦する幼女。胸の内で期待と不安が交互に入り混じる度に、操縦レバーを握る手が小さく震えていた。

「これも全てはトオルさんのおかげ」

 もしトオルに出会っていなければ、ここまで来ることはできなかっただろう。同時にルララケでの生活を思い出すケイニャ。もしワニ男が現れなければ、ガラのもとを離れることはなかった……いや、できなかっただろう。

 もちろん自立できるようになったら、シアスへ旅立つつもりではいた。だが6年ほど前から身長は止まったままであり、そのため近所からは『未熟児な非獣人』とまで揶揄された。そして10歳のときに訪れたパルチの死をきっかけにガラに引き取られた。旅立つお金も無く、生まれ持った幼き容姿。とてもではないが、この広い世界では生きていけないと思っていたし……事実、着の身着のままルララケを飛び出してみれば行き倒れる結果となったのだ。

 無力。

 その二文字がケイニャの胸を締め付けていた。……なのに、最後の足掻きとばかりに岩によじ登ったのはなぜなのだろう。もしかしたら無意識のうちに生存本能が働いていたのかもしれない。どちらにしても、お腹が空きすぎて思考が働かなかったのは間違いなかった。

 朦朧としながら、死を受け入れようと覚悟を決め、面識のない姉妹たちを想像した。

「会えなくてゴメンね」と遠退く意識の中で懺悔し続け、やがて気を失った。

 だが、奇跡は起きた。

 運良くトオルに命を救われたのだ。そう。偶然とは言え、こんな小さな命を拾ってくれたのだ。もしトオルに発見されなければ、文字通り干からびて死んでいたことだろう。

 それを思うと、トオルには何度頭を下げても足りないくらいだった。

 少しでもトオルさんに応えたい。

 役に立ちたい。

 力になりたい。

 そんな強い思いが幼女を奮い立たせた。

「ケイニャがいて、本当に助かったよ」

 ディアが居なくなった直後に起きたバブンガスのトラブル。独断でライドクローラーを動かし、窮地を脱したことに対してトオルが言った言葉。体がフワフワ浮くほど嬉しかった。

 ほんの数日間の出来事なのに、何もかもが懐かしく思えてくる。

「最後にディアさんと会いたかったなぁ……」

 ケイニャは名残惜しむように操縦室とブリーフィングルームを見回し……そして閃いた。

「そうだ。今日はトオルさんたちに美味しい手料理を食べてもらおう」

 テーブルには綺麗なピピト花を生け、ンカレッツア星での思い出に地元ならではの郷土料理を振舞おう。……とは言え、普段口にしていた肉や卵はない。そうなると根菜類と昆虫食で賄うしかなかった。

「この辺りだと、ゴンマ草とポーモ芋とかが生えているはずなんだけど……」

 特徴ある葉だからすぐに見つかるはずだと、車窓の外を眺めていると、街道の遥か前方で何かを発見した。

「何かしら、アレ?」

 目を凝らしながら、ライドクローラーの速度を落とすケイニャ。近づくにつれ、それがハッキリとした形になっていく。

「人?」

 何者かが地に倒れ、その近くで二足歩行のゾッタが呑気に草をんでいた。

「もしかして行き倒れ?」

 もし、そうだとするならば他人事ではない。自分もトオルに助けられた身なのだ。今度はウチが助けてあげる番だと、ケイニャは急いで救急箱と水を持ってライドクローラーを降りた。



 ――もうバプニアンや水不足に悩まされることもないし、安心して仕事に集中できるな

 先日、道中にある湖で付着したバブニアンの尿を洗い流したトオルたち。幸い、固着した尿は配管の奥まで浸透しておらず、水精製機は無事に機能し始めた。

 ――残る配達は、ピザフとソルタークと預かった荷物だけか

 明日明後日の二日間でピザフとソルタークへの配達を終わらせ、明々後日にはシアスを経由し、ガラから預かった荷物をママッサの受取人に届ける段取りとなっていた。長いようで短かった配達仕事も、あと数日のうちに終わりだ。そんなことを考えながらライドマシンを走らせていると、端末の呼び出し音が鳴った。

「こちらトオル。どうした再生体?」

 すると深妙な声がヘッドギアのスピーカーに流れてきた。

『兄者。ライドクローラーの様子がおかしい』

 ――もしかして、また壊れたのか?

 トオルは一旦ライドマシンを停めて、ライドクローラーの位置を確認した。

「今、地図を見た。走行履歴を確認したところ、15分くらい前から動いてないようだけど」

 その程度の停車時間なら特に気にすることはないだろう。ケイニャにも疲れたら休んでも良いと伝えてあるのだ。

『そうなんだ。それで先程からケイニャ殿に連絡を入れているのだが、まったく応答がないのだ』

 再生体の落ち着きのない声に煽られ、トオルも胸騒ぎを覚えた。

 ――まさか、またバブンガスが発生してバブニアンたちが現れたのか?

 冗談じゃない。せっかく洗車したライドクローラーを、また汚されてしまってはたまったもんじゃない。と頭を抱えながら気象情報を確認すれば、ガスはおろか地殻変動の兆候すらなかった。

 ――いったい、どういうことだ?

 思い浮かんだのは車両における機械トラブルだった。ゴール目前になっての立ち往生に、トオルの背中に冷たい物が伝った。

 ――急いで帰らなきゃ!

 きっとケイニャも涙目になって困っているに違いない。

「再生体! 配達は一旦、中止だ!」

 ライドクローラーが動かなければ意味がない。そのためにも一刻も早く戻って停車した原因を突き止めなければならなかった。幸いなことにライドクローラーとの距離もそれほど離れてはいない。30分もかからず、ライドクローラーと合流できるはずだ。

『距離的に考えて、拙者よりも兄者の方が早そうだ』

 と同意する再生体。そして……

『とりあえず拙者も、配達を中断して駆けつけるつもりでいる』

 心強い言葉だった。ひとりでは解決できないことも二人ならば原因究明も早いし、何より力の勝る再生体がいれば問題解決は数段跳ね上がるのだから。

「うん、頼むよ。僕の方も状況が分かり次第、連絡を入れる」

 そう言ってトオルはライドクローラーに向けてアクセルスロットを回した。HUDが示す到着予定時間は約20分ほど。その間、トオルはいくつかの対策を模索する。ライドクローラーの故障がどの程度のものなのか。ダリアックやアロの助言を受けて修理できる軽度の状態ならば取るに足らないだろう。しかし、それでも手に負えないような故障だった場合……

 ――最悪、ライドクローラーを捨ててライドマシンだけで荷物を運ぶしかないか

 格納庫に残っている荷物は小さい物ばかりだから二台のライドマシンで何とか捌けるだろうし、借り物ライドクローラーは貸主かダリアックたちに取りに来てもらえば良いだろう。ただ気になるのはライドクローラーの操縦手である。

 ――でも、どうしてケイニャは連絡をよこさないんだ?

 少なくともここ数日間は密に連絡を取り合い、問題なく業務を遂行していたのだ。それが今回になって、なぜ音信不通となってしまったのだろうか。

 ――いや、ちょっと待てよ。まさかと思うけど、捕まったんじゃ?

 フッと脳裏に浮かんだ一人の男の存在。しかしガラは言っていた。

「あの男がアンタたちに?」と。

 あの男とは間違いなく仲介者のことだろう。トオルは今一度考えを整理し……そして、ひとつの推論にたどり着いた。

 ――そういうことか……

 ガラが人身売買の報酬を後回しにしたと言うことは、仲介者からの報酬を当てにしていたからだ。

 ――再生体にも伝えておかなきゃ!

 とトオルはすぐに再生体へと連絡をいれた。

『どうした、兄者?』

「ケイニャが危ない」

 ルララケでのやり取りを知っている再生体だ。細かい説明は抜きにして要点だけを伝えた。

『つまり兄者の考えでは、今、ケイニャ殿は人身売買を請け負った輩と出くわしているということか?』

「確信はないよ。でも地殻変動やクローラーの故障とか、もしくはケイニャが病気や怪我をしたとしても、連絡のひとつくらいくれるだろう」

 安直な憶測だった。だが可能性として軽視できなかった。

「僕はあと20分かからずにライドクローラーと合流できるけど、そっちはどのくらいかかりそう?」

『40……いや、30分ほどで到着してみせる』

 ――それまで僕一人で何とかしなきゃならないか

 トオルは再生体の逼迫した声を聞きながらライドマシンを停車させると、リヤボックスからサブマシンガンを引っ張り出した。

「了解。ライドクローラー(むこう)に着いたら、また連絡する」

 そう伝え、トオルは銃を肩から下げると茶褐色に覆われた大地を疾走した。

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