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第49話 立ち塞がる思い

 大きく一歩踏み込んでようやく槍の穂先が相手に届くという間合いで対峙する両者。

 左足を右足の前に踏み出したエイミーは、盾と槍の両方を前方に突き出しつつ、各関節から力を抜き、大きく息を吸い込む。

 ガウギヌスは一見奇妙なエイミーのその構えを見、ほんの一瞬怪訝な表情を浮かべ、だが直ぐに表情を元の真剣なものに戻す。

 そうして表情は変化していても、ガウギヌスの刃のように鋭い雰囲気が揺らぐことはない。

 そして左手左足を前に半身になり、盾を前方に掲げ、右手の槍を後方に引いた構えをとる。

 

 そうして身構えたまま、それまでの激しい攻防が嘘のように制止し、動かなくなる両者。

 二人の間合いは、互いの武器のリーチからするならばかなり遠い、攻撃に不利かつ、防御に有利なもの。

 にもかかわらず、盾を前方に掲げ防御を意識した構えをとるガウギヌスは、エイミーの動きを執拗に警戒し、わずかも間合いを詰めようとしない。

 エイミーの奇妙な構えの意図を測りかねている、というのもあるのだろう。

 一方のエイミーもまた、制止したその姿勢のまま、わずかも動きを見せない。


 そうして制止したまま対峙すること数秒、先に動いたのは、ガウギヌスの方だった。

 数秒をかけてほんの数センチ、ガウギヌスは極めて慎重な動きで間合いを詰める。

 エイミーはわずかも動かない。

 ガウギヌスは一旦静止し、エイミーのそんな様子を見、再び同じ動きで、ジリジリと間合いを詰める。

 両者の間合いはいまだ、守りに有利な遠間。

 にもかかわらず、ガウギヌスは圧倒的に実力で勝る相手と戦っているかのように、間合いを探り、攻撃を誘う。

 

「――あのガウギヌスが、これほど警戒して……!?」


 驚愕の表情を浮かべ呟くブルゴス。

 きっと普段のガウギヌスは、これほど慎重な動きを見せることはほとんどないのだろう。

 それは先ほどまでの両者の、接近戦を恐れない激しい戦いぶりを見ていればわかる。

 だがそれはエイミーも同じ。

 これまで僕が見てきた限り、エイミーはほとんどどんな戦いでも、自分から積極的に攻撃を仕掛けていた。

 それが今は、積極性の欠片も無く制止し、微動だにしない。 

 だが僕は、エイミーのその構えの正体を知っている。

 だからこそ分る、ガウギヌスの慎重な姿勢は正しい。

 そしてエイミーはこの一撃に、勝負をかけている。

 そう、一見動きのほとんど無いこの間合いを巡る駆け引きこそが、今の二人にとっての激戦なのだ。


 ガウギヌスがさらに数センチ前進する。

 エイミーは動かない。

 さらに数センチ、間合いが詰まる。

 その一瞬、エイミーの槍の穂先がわずかに揺れる。

 だがガウギヌスは足を止めず、さらに前に出る。

 その時、エイミーが息を止める。

 それと同時、ガウギヌスが足を止め、わずかに十数センチ程身を引く。

 だがエイミーは動かず、再び静かに呼吸を再開する。

 それに合わせ、再度ゆっくりと間合いを詰め始めるガウギヌス。

 その頬を幾筋かの汗が、彼が間合いを詰める動きより早く流れ落ちる。

 

 やがてその間合いが三、四十センチほど詰まったころだった。

 昇る朝日に照らし出された城内を、再び一陣の風が吹き抜ける。


「風向きが、これは……南西の風!?」


 文字通り、風向きが変わった。

 北西から、南西へ。

 思わず呟いた僕の声に、ブルゴスははっとした表情を浮かべる。

 エイミーの表情が変化したのは、その直後の事だった。

 瞬間、それを見たガウギヌスの表情が、驚愕へと変化する。

 エイミーが浮かべたのは、あの陽の光の様な笑顔だった。

 

 その瞬間、動き始めるエイミーの体。

 静止していたその体の内、先ず上体が前方に倒れ込むように前傾していく。

 そうしてそのまま地面へと倒れ込むのではという所まで上体が前傾したその瞬間、踏み込まれる右足。

 鳴り響く、雷鳴にも銃声にも似た踏み込みの轟音。

 それと同時、左手と盾が後方へと引きつけられ、上体が左に回転し、右手と槍がガウギヌスに向かい、瞬間的に突き出される。

 それはエイミーが緑さんから習い、毎日休まず練習してきた渾身の突きだった。


 その瞬間、防御側に有利な遠間から放たれたその突きは、しかしその間合いを一瞬にして詰め、目標に迫る。

 対するガウギヌスは体勢を崩すように身を後方に逸らしながら、とっさに槍と盾の両方を振り上げる。

 その動きは明らかに、反射的なもの。

 次の一瞬、ガウギヌスの盾と槍は、突き出されたエイミーの槍を間一髪で上方へと逸らし、防ぐ。

 だがその無理な動きのために完全に崩れる体勢、ガラ空きとなる下腹部。

 そこを狙い左足を踏み込むエイミー、逃れようと後退するガウギヌス。

 直後突き出されたエイミーの盾は、退くガウギヌスに追いつき、その下腹部を捉え、痛打する。

 

「ガウギヌス!」


 瞬間、戦場に木霊する悲痛な叫び。

 その意外な声の主に、僕は驚いて視線を向ける。

 そこにあったのは、それまでの態度からは想像できない、青ざめた表情を浮かべたブルゴスの姿だった。

 痛撃から数拍、ガウギヌスは息を詰まらせながらも歯を食いしばり、素早く後退して体勢を立て直そうとする。

 だが意外にも、そこにエイミーが追撃を仕掛けることは無かった。

 僕は驚いてエイミーに視線を向ける。

 そこにあったのは、攻撃が成功したにもかかわらず、盾を突き出したその姿勢のまま静止し、歯を食いしばりながら一筋の汗を頬に伝わせる彼女の姿。

 僕は知っている、緑さんのあの動きは、体に猛烈な負担をかける。

 長い年月をかけ繰り返し練習し、耐えられる肉体を醸成しなければ、繰り返し放つことはできず、場合によっては体を痛めてしまう。

 僕はエイミーがこの技の一撃目の突きを練習する所は何度も見てきたが、続けて左の盾の突きを出すところはほとんど見たことがない。

 きっと練習し始めたばかりで体に馴染んでいない動作を、とっさに出したのだ。


「エイミー、大丈夫!?」

 

 僕が慌てて駆け寄ると、エイミーは、


「大丈夫、心配しないで」


 そう明るい声で答え、その場で先ほどの構えを取り直す。

 だが浮かべたその笑顔がわずかにひきつっているのを、僕は見逃さなかった。

 一方ブルゴスもまた、僕以上に慌てた様子でガウギヌスに駆け寄る。

 そんなブルゴスを、ガウギヌスは険しい表情を浮かべながらも片手で制し、


「大丈夫、心配するな。にしても、なんて突き撃ちやがる。いつか自分の体をぶち壊すぞ!?」

 

 そうエイミーを睨み、怒りをはらんだ声音で吠える。

 対するエイミーはそのひきつった微笑を一層強め、


「忠告どうも。でも、私の心配をしている場合じゃないんじゃない?」


 そう軽く明るい口調で答え、再び間合いを詰め始める。

 ガウギヌスはそんなエイミーの動きを見、 


「下がってろブルゴス、大丈夫だ」


 絞り出すようにそう言って、再び先ほど同様、盾を前にした構えをとる。

 だがその言葉にも、ブルゴスはガウギヌスのそばを離れない。


「やめてガウギヌス。意地を張らないで退いて! さっきの突き、尋常じゃない」


 そうして必死に叫ぶブルゴス。

 だがその言葉に対し、ガウギヌスは痛みにひきつった微笑を浮かべると、


「なぁ、いつもの神様口調、どっかいっちまってるぜ?」


 そうからかうように、心底楽しげに言う。

 その言葉にその一瞬、はっとした表情を浮かべ、慌てて自分の口元を手で抑えるブルゴス。

 ガウギヌスはそんな彼女にほんの一瞬視線を送ると、一層その笑顔を強くして、


「いつものも悪かぁないが、やっぱそっちのほうが、俺は好きだなぁ」


 そう、全く含むところのない様子で、気持ちよく言ってのける。   

 そんなガウギヌスの背中を、ただ言葉を詰まらせ見つめるブルゴス。

 その一瞬そこにあったのは、鍛冶の神などではなく、人の言葉に心を揺らし、頬を見る間に赤く染める、一人の人間の女性の姿だった。

 

「心配するな、勝機は十分ある。今は俺と、お前の鍛えた武器を信じて、黙って見てな」 


 そう笑顔と共にキザに言って、ガウギヌスは自分から前に出、再びエイミーと対峙する。

 簡単に風向きは変えさせない。

 僕たちにも負けない程の意地と思いが、戦局の転換を拒み、再び僕たちの前に立ち塞がるのだった。


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