第50話 消極と巧緻
「報告! 丘の南の平城より敵軍の一隊が打って出てきました。その数、およそ1000。丘の城の東側を急速に北上し、我が軍に迫ります」
光神国軍の本陣に駆け込んできた伝令が、慌てた様子で叫ぶ。
その報告に、本陣に集まっていた将校達は表情をわずかにしかめながら、中央の巨大なテーブルの上に広げられた地図に、帝国軍を表す黒い駒を新たに追加する。
地図上に配置された光神国軍を現す白い駒に対し、黒い駒の数は少ない。
だがその数の差は当初より狭まってきており、特に光神国軍の東側陣地では、数が拮抗し始めていた。
「東側陣地に迫る帝国軍の数は、スオママウ城より打って出て来た300から500にこの一隊が加わり、およそ1500。ここにクワネガスキより打って出てきた1000名強の部隊が加われば、いよいよ2500を越えます。陣の東を守備する我が軍の兵力は予備と本陣守備兵を含めても2800。丘の城に攻勢を加えている800は城壁に取り付きこそすれど、破れる見通しは一向に立たず、かえって息切れを起こしている始末。南の平城の西側に回り込んだ一隊に関しては帝国の追撃を防ぎつつ円滑に後退しているようですが、陣に戻るまでにはしばらくの時間が必要な状況です」
将校の一人が、やや険しい表情で状況を説明する。
「やる気のある部隊を丘の城の北に配置しておけば、勝手に城を攻撃してくれるかもしれないと踏んではいたが、これは完全に裏目に出ましたな。これは早く手を打たないと、敵は城を攻撃中の味方の側面を突き、そのまま敗軍を追撃してこの本陣までなだれ込んできかねませんぞ」
そう皮肉交じりに告げる老将校。
その言葉に、指揮官ラルクセム少将を含む多くの将校たちが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
そもそも光神国軍の奇襲攻撃は、指揮官ラルクセムを含めた全軍の総意に基づくものではなく、西側の陣に配置した士気の高い部隊が独断で実行したものだった。
指揮官ラルクセムと、士気の低い東側陣の部隊を率いる将校達からすれば、光神国軍前軍5000という兵力は、攻城戦を仕掛けるには心もとないもの。
そのため本格的攻勢は本隊の到着を待ち、それまでは攻城の足掛かりの陣の築城と、威力偵察を繰り返しての情報収集に努めるというのが本来の方針であった。
士気が高く、独断で攻撃を行う可能性のある部隊を、あえて城に攻撃を仕掛けやすい西側陣に固めて配置した理由、それは光神国軍本隊の、前軍への不当な期待の高さのためである。
低い丘に突貫で築かれた城ごとき、5000もあれば攻略出来て当たり前。
そんな楽観が、光神国軍首脳部には蔓延している。
だが実際に築城された城をその目で見、威力偵察を繰り返せば分る。
あの城は突貫で構築されたものには違いないにしても、電撃的に陥落させるには5000では不足。
だが光神国軍首脳部にそれを理解させるのは難しい。
とはいえこのまま攻勢を仕掛けずにいれば、理解の無い首脳部は積極性の無さを理由に前軍首脳部を糾弾するだろう。
かといって無理な攻撃を仕掛けて敗退するような事でもあれば、それこそ処断は免れない。
そこで士気の高い部隊をわざと敵に攻撃を仕掛けやすい位置に配置し、独断での攻撃を促す。
攻撃が成功すればよし、失敗してもその部隊の独断であり、前軍首脳部としては責任を免れる。
攻撃を仕掛けなければ、その時こそは別で策を立てればよい、それが前軍首脳部の考えであった。
だが蓋を開けてみれば、西側陣地の部隊による独断での攻撃は、虎の子の飛竜部隊まで借り出しながら、未だ城壁を破るに至らず。
さらに敵軍の反撃により、前軍全体が敗退の危機に立たされることとなってしまった。
万が一そのような事になれば、独断で攻撃を仕掛けた部隊のみの責任で済まされない事は明白だ。
「今からでも何とかしてあの城を落とすことは出来ないか? 城壁にはもう取り付いているんだろう? 火の手も小規模ではあるが上がっているようだし……」
将校の一人がそう険しい表情で言い、丘の城に視線を向ける。
だがその時、陣内に吹き込む一陣の風。
それと同時、城から上がる炎と煙がにわかにその向きを変える。
瞬間、表情をゆがめなかった将校は一人としていなかった。
「……南西の風。これは――勝負あったな」
老将校が呟き、指揮官を含む他の全ての将校が、沈黙をもってそれに答える。
火攻めは自軍が風上に立っていることが前提の攻撃である。
もし自軍が風下にあるなら、吹き煽られた炎は自軍へと向き、火の粉は自陣に飛び火する危険を生むからだ。
そして光神国軍の本陣は、丁度丘の城の北東、完全な風下に位置する。
幸か不幸か、丘の城から上がる炎は決して大きくはない。
離れた光神国軍の陣まで飛び火する危険は少ないだろう。
だが城壁に取り付いている光神国軍の将兵は自ら放った炎に遮られ、攻撃困難となる。
それはすなわち、火攻めの失敗、ひいてはこの攻城戦そのものの失敗を意味していた。
「――城を攻撃している部隊に、急ぎ撤退の命を」
指揮官のラルクセムが、取り急ぎ指示を飛ばす。
だが現状はそれを許してくれるほど甘いものではない。
「撤退はとても間に合いません。城壁に取り付いた部隊が後退を開始するまでに、平城を打って出た敵部隊がその側面を突きます。ここは南東陣の800、もしくは騎兵500を丘の北東の麓まで押し出し、撤退の支援を!」
若い将校の一人が強い口調で具申する。
だがその言葉に、他の将校たちは素直に頷くことができない。
「確かにそれが定石だが……今士気の低い南東陣の部隊を押し出したところで、勢いに乗っている帝国軍を止めることはできまい。かえって撃破される可能性すらある。騎兵に関しても、これまでの戦で損耗が続いている上、輸送部隊の護衛で疲弊している。ここは鉄砲、弓、魔道士を選り抜いた部隊を編成、前進させ時間稼ぎを行い、その間に後退させては? それに士気の低い南東陣の部隊でも、陣にこもっての防御戦ならそれなりに戦えるはず」
そう、中年の将校の一人が冷や汗を流しながら具申する。
士気が低いのは兵だけではない。
それは誰の目にも明らかだった。
だが分っていても他に打つ手がないのも事実。
「――致し方あるまい。急ぎ鉄砲、弓、魔道士を選り抜き部隊を編制。丘の北東の麓まで前進させ、南西の部隊の退却を支援させよ。陣に残っている各隊は急ぎ、迎撃の準備を。それと撤退の支援に失敗した場合に備え、予備の隊を前進させよ」
指揮官のラルクセムが歯切れ悪く指示を飛ばし、唇をかみしめる。
とはいえ、陣に籠っての防御戦であれば、守る光神国軍有利。
あとは撤退戦の際に、敵に付け入るすきを与えさえしなければ、最悪の事態は免れられる。
そう湧き上がる不安を何とか払拭しようと思考するラルクセム。
程なく、光神国軍陣地から撤退命令を意味する青色ののろしが上がり、城壁に取り付いていた部隊がにわかに後退を始める。
だが一旦堀を越え、斜面を上った兵が敵の攻撃にさらされる中を後退するのは容易なことではない。
加えて程なく、丘の東側に現れる帝国軍の一隊。
丘程ではないにしてもやや高所に位置する光神国軍本陣からは、その隊の全容を見渡すことができる。
帝国軍の先頭は、全長4~7メートルほどの中型草食恐竜に騎乗した数十頭の一隊。
その後方に続くのは人間よりやや体格の小さいゴブリンの弓兵と投石兵。
続いては長さ5、6メートル程もある長槍で武装した、人間より体格の大きいオークの兵。
さらに後方には、小型の円盾と短剣、あるいは斧で武装したゴブリンの兵が続く。
彼ら帝国軍と実際に対峙したことのない光神国内地の者達は、彼らを蛮族と呼び、さげすむ。
とんでもない、少なくとも帝王が出現し国としてまとまって以降の帝国軍は、ある程度統一された装備と、光神国軍に匹敵する指揮系統を持つ、優れた軍隊であり強敵だ。
いかに強大な軍事力を持つ光神国軍といえでも、数で勝ることができないうちは、容易にこれを打ち破ることなどできはしない。
だが幸い、今目の前に迫る帝国軍は、速力を優先してか飛び道具を防ぐための大盾を持ち合わせていないようだ。
飛び道具による遠距離戦において、盾の有無は大きな差になる。
程なく、迫る帝国軍の前に立ち塞がるように前進、展開する光神国軍の一隊。
飛び道具を防ぐための両手持ちの大盾を持った兵数名に、鉄砲兵、さらにこれを支援する数名の弓兵が一組となる。
それらの組二つにつき一人の魔道士が支援に付き、いくつもの組が横に並び、線を形成する。
そうした線が二列、迫る帝国軍の前に壁として立ちはだかる。
対する帝国軍はそれを見、さすがにそのまま突撃するような真似はせず、鉄砲の射程外で一旦進軍を停止させ、陣形を整える。
先頭だった草食恐竜の部隊に変わり、前進してくるゴブリンの弓隊。
その部隊は横に長く、だがある程度の厚みを持った横陣で再度前進を開始。
後続する部隊もやや横に陣形を広げながらも、全体としては厚みを保った、三角形の魚鱗の陣形をとり、光神国軍の形成する壁に正面から突き進む。
巧緻な光神国軍の采配と、速度と勢いの帝国軍。
戦いの帰趨を決する戦闘が、今まさに始まろうとしていた。
ご愛読いただいている皆様、いつもありがとうございます。
勇者様御用達! 更新ペースについて、今後2週間に1回程度となります。誠に申し訳ありません。
今後も執筆は続けますので、なにとぞよろしくお願いします。




