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第二章:第二と第三の弦

第2章です。ここからいよいよ、二人目のメンバーである「筋肉(ミナト)」のスカウトが始まります!




中庭は騒がしかった。

だが、トウジの思考はまだ道場の静けさに囚われていた。

左手には、くしゃくしゃになったチラシ。素朴な弓手のイラストが描かれている。

隣ではイツキがポケットに手を突っ込んで歩いていた。生徒の群れをスキャンする目は、まるで大物を狙うスカウトのそれだった。


「聞けよ、トウジ。弓道はチラシじゃ釣れねえよ」

イツキは小石を蹴り飛ばしながら言った。

「チラシが効くのは料理部だ。タダでお菓子が貰えるからな。俺たちに必要なのはインパクトだ。目に火が宿ってんのに、走るレーンを間違えてるような奴だ」


「当てがあるのか?」

トウジはリュックの紐を直しながら聞いた。

「時間がない。今日中に三人目を確保できなきゃ、職員室からの圧が倍になる」


イツキはぴたりと足を止めた。

口角だけを上げる、向こう見ずな笑みが浮かぶ。

顎で外のバスケコートを指した。

「あそこだ。俺たちの第三の弦」


トウジ foi 指された方を見た。

コンクリートのコートの中央で、背の高い男が一人でボールを突いた。

肩幅が広く、髪は逆立っている。

練習ではない。怒りをボールにぶつけていた。

床を叩くドリブル一つ一つが、砲撃のように重い。

跳躍し、金属のリングに叩き込むダンク。ゴール全体がギシリと悲鳴を上げた。


ミナトだった。

一週間前、更衣室での口論の末に上級生の鼻を折って、バスケ部を追放された一年。

純粋な暴力。制御不能な気性。そして、行き場のないエネルギー。


「あいつか?」

トウジは眉をひそめた。

「イツキ、弓道は精神のコントロールだ。ミナトは歩く火薬庫だぞ」


「だからこそだよ!」

イツキは真っ向から言い返した。状況の裏側まで見通したような、ギラついた目だった。

「バスケはうるさすぎるって理由でアイツを拒絶した。でも、そのバカみたいなパワーを長弓の安定に流し込めたらどうなる? 射場で化け物になる。信じろって」


トウジが反論する前に、イツキは大股でコートのラインを跨いでいた。

トウジはため息をつき、チラシを握りしめて後を追った。


重いバスケットボールが弾み、イツキの手の中に収まった。

首筋の汗をTシャツ de 襟で拭っていたミナトが、動きを止める。

細められた鋭い目が、苛立ちをむき出しにして二人の上級生を睨んだ。


「誰だよ。ボール返せ」

ミナトの声は低く、ヤスリのようにざらついていた。


「やあ、ミナトくん!」

イツキは指先でボールをくるくる回した。これ以上ないくらい決めポーズで。

「バスケ部、お前の才能には狭すぎたって聞いたぜ。うちのエリートスポーツにスカウトしに来たんだ。弓道部」


ミナトは鼻で笑った。嘲りに満ちた笑いだった。

イツキに近づき、一九〇近い身長で威圧する。

「弓道? あの変な白い服着て、ジジイどもが的をボーッと見てるやつか? タダの的当てだろ。俺を馬鹿にしてんのか? 俺は本物のスポーツをやってんだ。動きがあって、ぶつかり合いがあるやつだ。落ちこぼれ上級生と弓矢ごっこしてる暇はねえんだよ」


トウジが一歩前に出た。スポーツへの侮辱に腹が立ったわけではない。弓を引uく重さを知らない無知が、競技者としてのプライドを刺激したのだ。


「弓道が静的に見えるのは、本物の弓を持ったことがないからだ、ミナト」

トウジは声は静かに、だが芯を通して言った。巨人の視線から逃げずに。

「誰も走ってないから簡単だと思うのか。だが実際は、お前は射場の重圧に二分も耐えられない。身体がコラプス(崩壊)する」


ミナトの目に火花が散った。直接的な挑発。それは彼の気性にとって最高のトリガーだった。トウジに詰め寄り、拳を握りしめる。

「今なんつった、このチビが。俺はその気になれば鉄棒だって曲げるんだ。ナイロンの紐ごときが引けねえとでも思ってんのか?」


「なら証明しに来いよ」

イツキが素早く割って入った。バスケットボールをミナトに投げ返し、両手を広げて勝利の笑みを浮かべる。

「道場は開いてる。そこまで来て、トウジの弓を引いて、五秒間ブレずに構えてみせろよ。できたら二度と付きまとわねえ。でも、できなかったら入部届にサインな。いいな?」


ミナトはボールを胸元で鷲掴みにし、歯を食いしばった。

「上等だ。その弓、へし折ってやるよ」


十分後。

三人は擦り切れた板張りの道場に立っていた。

夕方の斜めの光に照らされた空間は、即座に畏敬の念を強いる。

だがミナトは、その空気を破るように激しい勢いで踏み込んできた。


トウジは弓具置き場まで歩き、稽古用の本弓を手に取った。上級者用に調整された、引きの強い重い一張だった。木製の弓と、アルミの矢をミナトに差し出す。


「かけなし、儀式なしだ」

トウジは腕を組み、指示した。

「足を決めて、弓を上げ、頬まで開くだけ。五秒」


「それだけかよ。だせえな」

ミナトは嘲笑し、トウジの手から弓をひったくった。


一年は射位の中央に適当に立った。左手で握りを握り、右手の素手の指で直接弦を掴む。胴造りも何もあったものじゃない。


「タイマー用意しろよ、道化野郎」

ミナトはイツキに向かって唸った。


腕の筋肉だけで引いた。ジムでダンベルを持ち上げるように、上腕二頭筋と肩に力を込め、純粋な腕力で弦を手繰る。

弦が軋み始める。木の弓がギギッと悲鳴を上げ、暴力的なエネルギーでしなり始めた。


「見ろよ、楽勝だろ……」

ミナトは顔を赤くして言いかけた。


だが、弓道は驕りを許さない。正しい胴造りがなければ、弓の湾に蓄えられたエネルギーは全身に分散されない。全てが腕に集中する。

突然、弓の力がミナトの孤立した腱には重すぎるものになった。左手が、ミリ単位で弱った。弓が誤った方向に回転する。


バチンッ!!


鋭く暴力的な音が道場に炸裂した。張り詰めた太い弦が、ミナトの左前腕の内側を全力で打ち据えた。


「ッアアァ!!」

ミナトは悲鳴を上げ、弓を床に叩き落とした。即座に腕を掴む。内側には、火で焼かれるように熱く腫れ上がった、生々しい赤い一線が浮かんでいた。

「なんだよこれ!? このクソ弦(つる)が切りやagった!」


イツキは笑いを堪えて首を振った。

トウジは冷静にしゃがみ込み、床の弓を拾い上げる。損傷がないか確かめながら。


「弓道の力は腕から来るんじゃない、ミナト。背骨から、肩甲骨から、正式な呼吸から来るんだ」

トウジは立ち上がり、弓を手にそう説明した。声に嘲りはなかった。ただ、道を極めた者の権威だけがあった。

「筋肉だけで弓に抗おうとすれば、弓はその暴力全てを跳ね返してくる。弓は鏡だ。お前自身の焦りの大きさを映しただけだよ」


ミナトは荒い息をつきながら、傷んだ腕をさすった。巨人のプライドは傷ついていた。だが、あの目に見えない力の衝撃が、彼の中に何かを灯していた。純粋な憤りと混ざり合った、好奇心。


「で、お前は違うってのかよ?」

ミナトは震える指でトウジを指さし、挑発した。

「見せてみろよ、キャプテン。腕を使わないって力とやらを」


トウジは一瞬だけ躊躇した。早気の亡霊が、脳の壁を引っ掻いた。観衆の前で弦を引けば、あの不安の引き金が待っていることを知っていた。

打て、この混沌とした部室の状態を見て、三人目を得られるかもしれないという可能性に、心臓が高鳴る。今、キャプテンでなければならなかった。


トウジは矢を番えた。構えた。

足踏み。足裏が板に吸い付くように固定される。

その安定感に、ミナトは一瞬で口を閉ざした。トウジの周囲の空気の密度が変わる。数秒前までの荒々しさは消え、静かで冷たい威圧感に変わっていた。


トウジは弓を掲げた。打起し。

弦を開く。大三。引分け。


ミナトとは違い、トウジの腕は脱力しているように見えた。力は背中に。重心に。

弓は最大まで開かれ、矢は地面と完全に平行に、頬にぴたりと寄り添う。純粋な対称性と、凝縮された力のイメージだった。馬鹿みたいに美しい所作に、ミナトは目を見開いた。


一秒。

二秒。


不安が、トウジの胸を這い上がろうとする。

(早く離せ! 外すぞ!)


トウジは呼吸を下へ落とし、己の脳に抗った。三秒、耐えた。道場の緊張は触れられるほどだった。

四秒。

五秒目。


トウジの精神は限界を迎えた。完璧な熟成の前に、指先は弦を放っていた。だが、姿勢の構造があまりに強固だったため、射は清冽だった。


離れ!


矢は、二十八メートルの道場を雷のように切り裂いた。


ドッ!!


紙の的(まと)の正中を貫く衝撃音が木の壁に響き渡り、直後、空間は畏敬の沈黙に包まれた。


ミナトは固く閉ざしていた。遠くの的を見て、次にトウジを見た。

トウジはゆっくりと弓を下ろしていく。早気のせいで指先に走る微かな震えを抑え込もうとしながら。

ミナトはこんなものを見たことがなかった。走り回ることも、叫ぶこともない。だが、この一射の強度は、今まで決めてきたどんなダンクよりも衝撃的だった。


「これ……クソやべえ……」

ミナトは呟いた。目は新しい執着で爛々と輝いていた。


イツキが一歩前に出た。制服のポケットから洒落たペンを抜き取り、満面の笑みで正式な入部届を差し出す。

「約束は約束だ、一年。ここにサインしろよ。その脳筋パワーで弓を手懐ける方法を教えてやるからさ」


ミナトは腫れた自分の腕を見て、それからトウジを見た。トウジはただ頷き、新しい仲間を迎え入れた。重いため息と共に、口の端に笑みを浮かべ、ミナトはイツキの手からペンを奪い取った。

「クソッ。でも、俺は今週中にあのクソ紙の真ん中に当てられるようになりてえんだ」


三人、確定。

弓道部は、初めての筋肉を手に入れた。


(第二章 終わり)


ミナトのキャラクター、気に入っていただけたら嬉しいです!

感想や応援メッセージはX(@Sora_no_TENKAI)でも大歓迎です。ハッシュタグ「#カクヨム」や「#なろう」で呟いていただければ見に行きます!


それでは、息つく暇もなく「頭脳」が加わる第3章へどうぞ!


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