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第一章:誰もいない的の音

白石ソラです。新連載スタートいたしました!

本日18時から一挙8話公開のスタートダッシュ企画です。五本の弦が織りなす青春弓道ストーリー、ぜひ最後までお楽しみください!




誰もいない道場の静寂は、音が欠けているのではなく、重さで満ちていた。

トウジは目を閉じた。古びた畳と木蝋の馴染み深い匂いが、夕暮れの蒸し暑い空気に染み渡っている。開け放たれた引き戸の向こうから、風に揺れる竹の葉の微かな擦れ合いが聞こえていたが、彼の意識は別のものに釘付けになっていた。

自身の呼吸。吸って。吐く。

目を開ける。同心円が描かれた白い紙の的――的(まと)――は、規定の二十八メートルという距離の先で、馬鹿げているほど小さく見えた。


トウジは弓を持ち上げた。グラスファイバーと無骨な木材でできた長大な構造が、左手にずっしりと重みをかける。三つがけの革の手袋で保護された右手で、彼は矢を弦に番えた。

足踏み。足の位置決め。滑らかな板張りの床に足の裏をしっかりと据え、自身の身長に正確に合わせた幅でスタンスを開く。

胴造り。体幹の構成。彼の身体の軸は完璧な垂直線となり、岩のように強固でありながら、弓そのもののように柔軟だった。

弓構え。手の準備。使い込まれた木肌の絶妙な感触を指先が捉え、握り皮を確かな力で包み込む。

彼は弓を頭上へと持ち上げ始めた。打起し。


周囲の世界が消え去り始めた。道場の高い天井、古い書が飾られた壁、黄昏時の黄金色の光の筋に漂う埃――そのすべてが、トウジの右目と的の中心を結ぶ一本の直線へと飲み込まれていく。

彼は弓を引き分け始めた。大三。弦の初期の張力が彼の筋肉を引っ張る。

正式な引分けの瞬間が訪れた。力任せに引くのではない。和弓を引くために必要な荒々しい力が、トウジの身体を通ることで、純粋な洗練 sweat へと昇華していく。矢は頬のすぐ近くを滑るように通り、弦が右耳の端をかすめた。


彼は会(かい)に達した。完全なる調和。弓、矢、身体、精度、そして的が単一の存在へと溶け合う瞬間。伝統的な弓道において、会とは射手が自己と向き合い、胸のラインを拡張させながら、矢が自ら飛び立つ決意をするのを待つ場所だ。二秒。三秒。四秒。時間はそこで凍りつくべきだった。

だが、トウジの精神が弾けた。


激しい悪寒が背筋を駆け上がった。突如とした息苦しい熱波が胸を襲う。二十八メートル先にある的が、まるで蜃気楼のように歪みながら、何キロも遠くへ遠ざかっていくように見えた。心臓が肋骨の裏で不規則に激しく跳ねる。

(離せ。早く離せ。外すぞ。時間はもうない。離せ!)

脳内の声は囁きではなかった。それはヒステリックで命令的な叫びとなり、彼の腱のコントロールを乗っ取った。

意識的な思考が処理を始めるよりも早く、右手の指が開いた。それは未熟なまま、唐突で暴力的に放たれた一射だった。

離れ。

残心。放たれた後の姿勢。


弦が鋭く不快な音を立てて空気を引き裂き、ブレが生じた。安定を失った矢は、夕暮れの風を切り裂きながら、後方の土壁――安土(あづち)――の、的の遥か左下へと突き刺さった。壊滅的な失射。

トウジは左腕を伸ばし、右手を後ろに突き出した最終姿勢のまま微動だにしなかったが、その肩はがっくりと落ちていた。革の手袋の中で指先が震えている。冷や汗がこめかみを伝い落ちた。

「早気(はやけ)……」

彼は虚空に向かって呟いた。その声には、ここ数ヶ月間引きずってきた苦い挫折感が重くのしかかっていた。

早気は弓引きにとって最悪の悪魔だった。神経系を蝕む目に見えないイップスのような心理的病。決定的な瞬間に、身体が弓の張力を維持することを拒絶してしまうのだ。制御不能な臨床的焦燥感に突き動かされ、本来のタイミングよりも早く矢を放してしまう。トウジが抗おうとすればするほど、その精神的な引き金は鋭さを増した。

彼は胸の疼きを感じながら弓を下ろした。彼は主将であり、最後の現役部員だった。工程は完璧なはずだったが、彼は壊れていた。


「おい、トウジ! 暗闇で練習するのはやめとけって。中に数個しか残ってない生きてる電球を叩き割る羽目になるぞ」

活気のある声が道場の重苦しい空気を破った。トウジは瞬きをして心の悪魔を追い払い、入り口へと目を向けた。

そこにはイツキが立っていた。引き戸の枠に寄りかかり、屈託のない広い笑みを浮かべている。制服は少し着崩され、リュックは肩に適当に引っ掛けられていた。片手にはメロンソーダの缶、もう片手には公式な書類が一枚握られている。

「イツキ。こんな時間に何をしてるんだ?」

トウジは手の甲で額の汗を拭い、指先の震えを隠そうとしながら尋ねた。

「生徒会室に行ってきたんだよ。これを受け取りにね」

イツキは広い歩幅で道場に入り、木床を軋ませた。彼はトウジの前に書類を突き出した。職員室からの公式な通達。

「あいつら、本気だぜ。来週の週末までに最低五人の現役部員の名簿を提出しなきゃ、この学校の弓道部は公式に廃部だ。予算はサッカー部に回されて、道場は演劇部の舞台美術の倉庫になるってさ」


トウジは紙を受け取った。印刷された黒い文字は、矢の先端と同じくらい鋭利に突き刺さるように見えた。この学校の弓道部には数十年の歴史がある。何世代もの先輩たちが心を磨いてきたこの場所が、古い演劇の背景セットのゴミ溜めに変えられるのかと思うと、胃の奥がひっくり返るような不快感を覚えた。

「五人か……」

トウジは、使い込まれた道場の隅を見つめながら呟いた。空の弓立てが自分を嘲笑っているかのように見えた。

「今時の高校生で、一日に何時間も立ったまま、静寂の中で同じ動作を何千回も繰り返して、ただの紙切れの真ん中を射抜こうなんて奴がどこにいる? 弓道は派手じゃない。バスケのような華やかさも、サッカーのようなスピードもない。これは忍耐の芸術だ。今の若い奴らは我慢ってやつが大嫌いだろ」

イツキは豪快に笑い、トウジの背中をバチンと叩いた。トウジは危うくバランスを崩しかけた。

「だからお前が主将で、俺がマネージャーなんだよ、トウジ! 弓道にはスピードはないかもしれない。だけど、他のどんなスポーツにも真似できない『最高の強み』が一つあるだろ」

トウジは眉をひそめ、幼馴染の顔を見た。

「それは何だ?」

イツキはソーダを一口すすり、格好よく口元を拭うと、トウジの持つ弓を純粋な若き確信に満ちた目で見つめた。

「圧倒的に、格好いいってことさ。あの静寂、サムライのような構え、空気を震わせる弦の音……。この学校の連中に、この武道がどれだけイケてて威厳があるかを見せつけてやれば、入り口に行列ができるぜ。この場所を潰させやしない、トウジ。残りの三人、必ず見つけてやる。たとえ髪の毛を掴んで引きずってでもな」


トウジは手の中の書類を見つめ、それから道場の奥にある遠い的へと目を戻した。早気の焦燥感はまだ皮膚の裏で燻っていたが、イツキの放つ熱量が、彼の胸の中に違う火を灯した。もし部がここで死ねば、彼は自分の心を治す機会を永遠に失う。彼にはあの射線が必要だった。あの二十八メートルが必要だったのだ。

「……わかった」

トウジは書類を固く握り締め、ようやく不敵な笑みを浮かべた。

「この地域で、最も熱い弓道チームを作ってやろうじゃないか」


五人の部員を探す果てしない狩りが、今始まった。


(第一章 終わり)


第1章をお読みいただきありがとうございます!トウジの前に現れたイツキ、ここから弓道部の運命が動き始めます。

最新情報や日常の執筆風景は公式X(旧Twitter)でも発信中ですので、ぜひフォローして繋がってください!


公式X: @Sora_no_TENKAI


次の第2章もすぐにお読みいただけます。下の「次の話へ」ボタンからどうぞ!


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