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もし日本がアラスカを手に入れていたら  作者: 如月 愁
第六章 現代まで。

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歴史年表

 詳細年表 日本・北氷道の歴史

――江戸時代初期から現代まで――

※【史実】=史実通りの出来事 【改変】=この物語における史実との相違点 【物語】=架空の出来事


---


江戸時代(1603年〜1868年)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1603年3月24日 | 徳川家康、征夷大将軍に任命される。江戸幕府成立 | 史実 |

| 1615年5月8日 | 大坂夏の陣。豊臣家滅亡。徳川政権が確立される | 史実 |

| 1635年 | 参勤交代制度の確立。武家諸法度改定 | 史実 |

| 1641年 | 出島貿易の開始。鎖国体制がほぼ完成 | 史実 |

| 1688年〜1704年 | 元禄時代。町人文化の隆盛 | 史実 |

| 1716年 | 享保の改革(徳川吉宗)開始 | 史実 |

| 1783年 | 天明の大飢饉(〜1787年) | 史実 |

| 1787年 | 寛政の改革(松平定信)開始 | 史実 |

| 1792年 | ロシア使節ラクスマン、根室に来航。通商を要求するも幕府は拒絶 | 史実 |

| 1799年 | 露米会社(ロシア・アメリカ会社)設立。アラスカの統治・交易を委託される | 史実 |

| 1804年 | ロシア使節レザノフ、長崎に来航。通商交渉を求めるも幕府は拒絶 | 史実 |

| 1808年 | フェートン号事件。英軍艦が長崎港に侵入 | 史実 |

| 1825年 | 異国船打払令発布 | 史実 |

| 1833年 | 天保の大飢饉(〜1839年) | 史実 |

| 1837年 | 大塩平八郎の乱 | 史実 |

| 1841年 | 天保の改革(水野忠邦)開始 | 史実 |

| 1842年 | 異国船打払令を薪水給与令に緩和 | 史実 |

| 1853年6月3日 | ペリー提督、浦賀に来航。開国を要求 | 史実 |

| 1853年〜1856年 | クリミア戦争。ロシアが英仏に敗北。ペトロパヴロフスク沖でも英仏艦隊と交戦。ロシアはアラスカ防衛の脆弱性を痛感する | 史実 |

| 1854年3月31日 | 日米和親条約締結。下田・箱館を開港 | 史実 |

| 1858年7月29日 | 日米修好通商条約締結(安政の五カ国条約) | 史実 |

| 1858年〜1859年 | 安政の大獄。井伊直弼が反対派を弾圧 | 史実 |

| 1860年3月24日 | 桜田門外の変。井伊直弼暗殺 | 史実 |

| 1861年4月 | アメリカ南北戦争勃発 | 史実 |

| 1862年〜1865年 | 【改変】南北戦争が史実より激化・長期化。南部の散発的抵抗と議会内対立が続き、戦後処理も難航する | 改変 |

| 1864年8月 | 四国艦隊下関砲撃事件 | 史実 |

| 1865年4月 | 【改変】史実ではリー将軍が降伏し南北戦争終結するが、この物語では南部各州の抵抗が続き、終結が延期される | 改変 |

| 1866年3月 | 薩長同盟成立 | 史実 |

| 1866年 | 第二次長州征討。幕府軍が事実上の敗北 | 史実 |

| 1867年初春 | 【物語】ロシア側、合衆国との交渉が事実上膠着していることを把握。新たな買い手を探り始める | 物語 |

| 1867年3月頃 | 【物語】幕府・小栗忠順、露領アメリカ買収の可能性を察知。榎本武揚を交渉窓口に指名 | 物語 |

| 1867年5月頃 | 【物語】横浜にてロシア領事館書記官マハロフと榎本武揚が初の公式接触 | 物語 |

| 1867年6月頃 | 【物語】サンクトペテルブルクより幕府との交渉を検討に値するとする訓令が届く | 物語 |

| 1867年9月頃 | 【物語】日露双方がアラスカ買収についておおむねの条件に合意 | 物語 |

| 1867年10月 | 【物語】徳川慶喜、買収契約を承認。「たとひ我が手を離るるとも、この国の行く末のためになるならば」 | 物語 |

| 1867年11月7日 | 【物語】横浜のロシア領事館において、アラスカ買収契約への正式調印。世界各国の公使館に打電される | 物語 |

| 1867年11月9日 | 大政奉還、朝廷に正式上奏 | 史実 |

| 1867年3月 | 【史実参考】史実ではこの年、アメリカがアラスカを720万ドルで購入(スワードの愚行)。この物語では不成立 | 改変 |

| 1867年12月9日 | 王政復古の大号令。慶喜に辞官納地が求められる | 史実 |


---


明治時代(1868年〜1912年)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1868年1月3日 | 王政復古の布告 | 史実 |

| 1868年1月27日 | 鳥羽・伏見の戦い。戊辰戦争勃発 | 史実 |

| 1868年3月14日 | 五箇条の御誓文 | 史実 |

| 1868年3月 | 勝海舟・西郷隆盛会談。江戸城無血開城が決定される | 史実 |

| 1868年4月11日 | 江戸城、新政府軍に明け渡される | 史実 |

| 1868年5月 | 上野戦争。彰義隊敗北 | 史実 |

| 1868年5月〜9月 | 奥羽越列藩同盟と新政府軍の戦闘。二本松城落城、会津若松城開城 | 史実 |

| 1868年8月 | 【物語】榎本武揚、幕府海軍艦船八隻を率いて品川沖を出航。アラスカ関連文書を携えた文官が同乗。仙台藩領・松島湾に一時寄港 | 物語 |

| 1868年10月 | 【物語】榎本艦隊、蝦夷地・箱館に到達。蝦夷地の主要地域を制圧 | 物語 |

| 1868年10月23日 | 明治への改元 | 史実 |

| 1868年12月 | 【物語】蝦夷共和国(蝦夷島政権)樹立。榎本武揚、総裁に選出。同時期、アラスカへの船舶往来を開始 | 物語 |

| 1869年3月 | 宮古湾海戦。旧幕府方敗北 | 史実 |

| 1869年5月11日 | 新政府軍、箱館への総攻撃開始。土方歳三、一本木関門付近にて戦死 | 史実 |

| 1869年5月18日 | 榎本武揚、黒田清隆に降伏。戊辰戦争終結 | 史実 |

| 1869年7月 | 版籍奉還 | 史実 |

| 1869年9月 | 【物語】明治政府、榎本以下の旧幕府方主要人物へのアラスカ暫定統治の委任を正式決定。「北の地を守れ」との小栗忠順の遺言的な思想が反映される | 物語 |

| 1869年10月 | 【物語】先発隊(約150名)、アラスカ南部に上陸。委任統治が始まる。露米会社旧拠点を整備し、統治の中心地とする | 物語 |

| 1870年春 | 【物語】榎本武揚、アラスカに初上陸。「これより、我らの新たなる始まりである」 | 物語 |

| 1870年〜1871年 | 【物語】残留ロシア人(約400〜500名)との関係構築。露米会社旧資産の引き継ぎ。正教会の存続を認める | 物語 |

| 1871年7月 | 廃藩置県 | 史実 |

| 1871年〜1872年 | 岩倉使節団、欧米に派遣される | 史実 |

| 1871年〜1872年 | 【物語】本州からの本格的な移民募集開始。旧幕府方・東北諸藩出身の没落士族を中心に募集 | 物語 |

| 1872年頃 | 【物語】私の家の初代(没落士族)、嶺林国に入植。開拓農業を開始。同時期、先住民同化政策が開始される | 物語 |

| 1873年1月 | 徴兵令公布 | 史実 |

| 1873年〜1874年 | 【物語】南部・中部・北部の行政出先機関を設置。統治機構の基盤が整い始める | 物語 |

| 1874年 | 台湾出兵 | 史実 |

| 1875年頃 | 【物語】嶺林国において砂金が発見される。嶺林金山の開発が始まる | 物語 |

| 1877年1月〜9月 | 【改変】西南戦争勃発。ただし史実より規模が縮小。北氷道への移住という選択肢が薩摩士族の不満を一部吸収したため、動員数が史実を下回る | 改変 |

| 1877年9月 | 【改変】西郷隆盛、城山での自刃を迎えることなく降伏。「北の地にて新たな生業を立てたる者あり」との言葉を残し、北氷道移住を選ぶ | 改変 |

| 1878年頃 | 【物語】嶺林国において石炭層が確認される。採掘が開始される | 物語 |

| 1878年 | 【物語】西郷隆盛、薩摩士族を率いて北氷道へ移住。中部・南部にかけての開拓と治安維持を担う | 物語 |

| 1879年頃 | 【物語】嶺林国北部湿地帯において石油の滲出を発見。アメリカ出身の鉱山技師が原油の可能性を指摘 | 物語 |

| 1880年〜1881年 | 【物語】嶺林油田(小規模)の存在が確認される。商業的採掘に向けた準備が始まる | 物語 |

| 1881年 | 国会開設の勅諭 | 史実 |

| 1882年 | 伊藤博文、欧州へ憲法調査に出発 | 史実 |

| 1884年頃 | 【物語】私の家の二代目(初代の長男)誕生 | 物語 |

| 1885年 | 内閣制度創設。初代内閣総理大臣・伊藤博文 | 史実 |

| 1885年頃 | 【物語】英領カナダとの境界確定交渉。おおむね現在に至るまで維持される境界線が確定 | 物語 |

| 1889年2月11日 | 大日本帝国憲法発布 | 史実 |

| 1890年7月 | 第一回帝国議会開設 | 史実 |

| 1890年代 | 【物語】二代目、嶺林の鉱山組合の見習いとして採掘技術を学び始める | 物語 |

| 1893年頃 | 【物語】二代目、嶺林国入植者の娘と結婚 | 物語 |

| 1894年8月1日 | 日清戦争開戦 | 史実 |

| 1895年4月17日 | 下関条約締結。日清戦争終結。台湾・澎湖諸島が日本領に | 史実 |

| 1895年 | 【物語】私の家の三代目(後の一式陸攻先導機パイロット・研究者の祖父)誕生(明治二十八年) | 物語 |

| 1895年〜1900年代 | 【物語】本州資本(三井・三菱系)が嶺林の鉱業に参入。嶺林採掘合資会社が設立される | 物語 |

| 1900年頃 | 【物語】二代目、嶺林採掘合資会社の技術顧問に就任 | 物語 |

| 1902年1月30日 | 日英同盟締結 | 史実 |

| 1904年2月8日 | 日露戦争開戦。旅順港奇襲 | 史実 |

| 1904年〜1905年 | 【物語】北氷道産石炭の一部が艦艇用燃料として供給される。海湾国に海軍哨戒拠点が設置される | 物語 |

| 1905年1月 | 旅順要塞陥落 | 史実 |

| 1905年3月 | 奉天会戦 | 史実 |

| 1905年5月27日〜28日 | 日本海海戦。バルチック艦隊を撃破 | 史実 |

| 1905年9月5日 | ポーツマス条約締結。日露戦争終結 | 史実 |

| 1905年〜1907年 | 【物語】北氷道の正式な行政区分への編入準備。内務省北方領土編入準備委員会設置 | 物語 |

| 1905年 | 第二次日韓協約(乙巳条約)。韓国の外交権を日本が接収 | 史実 |

| 1906年 | 南満洲鉄道株式会社設立 | 史実 |

| 1907年4月 | 【物語】北氷道(日本名)、正式に明治政府の地方行政区分として発足。海湾国・嶺林国・極北国の三国体制が確立される | 物語 |

| 1907年〜1910年 | 【物語】本州との制度統一作業。戸籍・土地制度・教育制度の整備が進む | 物語 |

| 1908年 | 【物語】私の家の三代目、北氷道の海軍兵学校(総合)に13歳で入学(明治四十一年) | 物語 |

| 1910年8月22日 | 韓国併合 | 史実 |

| 1910年頃 | 【物語】私の家の初代、嶺林国にて死去。享年七十前後。墓石には俗名のみが刻まれた | 物語 |

| 1910年〜1914年 | 【物語】本州資本による鉱業のさらなる拡大。嶺林採掘合資会社が嶺林鉱業株式会社に改組 | 物語 |

| 1912年7月30日 | 明治天皇崩御。大正へ改元 | 史実 |


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大正時代(1912年〜1926年)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1912年〜1913年 | 第一次護憲運動。大正政変 | 史実 |

| 1914年6月28日 | サラエボ事件。オーストリア皇太子暗殺 | 史実 |

| 1914年7月28日 | 第一次世界大戦開戦。オーストリアがセルビアに宣戦布告 | 史実 |

| 1914年8月4日 | イギリス、ドイツに宣戦布告。大戦が拡大 | 史実 |

| 1914年8月23日 | 日本、日英同盟に基づき連合国側として第一次世界大戦に参戦 | 史実 |

| 1914年10月 | 【物語】海軍省と北氷道道庁の間で「北方資源供給協定」締結。石炭・石油の優先供給が決定される | 物語 |

| 1914年〜1918年 | 【物語】北氷道産石炭・石油・鉄鉱石の戦時供給が急増。嶺林鉱業の産出量が戦前の約三倍に達する | 物語 |

| 1915年1月 | 対華二十一カ条要求 | 史実 |

| 1916年 | ベルダンの戦い、ソンムの戦い。塹壕戦の消耗が極限に | 史実 |

| 1917年3月 | ロシア二月革命。ロマノフ朝崩壊 | 史実 |

| 1917年4月 | アメリカ、連合国側として参戦 | 史実 |

| 1917年11月 | ロシア十月革命。ボリシェヴィキが権力掌握 | 史実 |

| 1918年3月 | ブレスト=リトフスク条約。ロシアが単独講和 | 史実 |

| 1918年8月 | シベリア出兵(〜1922年) | 史実 |

| 1918年11月11日 | 第一次世界大戦終結。ドイツが降伏 | 史実 |

| 1919年1月 | パリ講和会議開始 | 史実 |

| 1919年 | 【物語】パリ講和会議において、一部連合国代表団が非公式に北氷道の帰属について質問。日本側は買収の正当性を主張し、問題化は回避される | 物語 |

| 1919年 | 【物語】私の家の四代目(後の天城艦長・研究者の父)誕生(大正八年) | 物語 |

| 1919年6月28日 | ヴェルサイユ条約締結。日本は常任理事国の地位を獲得 | 史実 |

| 1919年〜1920年 | 【物語】二代目、嶺林鉱業の現場を退き始める。後進に道を譲る | 物語 |

| 1920年1月 | 国際連盟発足 | 史実 |

| 1920年 | 【物語】北氷道工廠の設立が正式に決定される(大正九年) | 物語 |

| 1921年 | 【物語】北氷道工廠の建設工事開始。海湾国南部の不凍港に面した地点に大型乾ドックの建設が始まる | 物語 |

| 1921年11月 | ワシントン軍縮会議開幕 | 史実 |

| 1921年11月25日 | 北氷道道議会設置。住民による議員選出が始まる | 物語 |

| 1922年2月6日 | ワシントン海軍軍縮条約締結。【改変】日本は北氷道防衛を理由に対米英七割の保有比率を獲得(史実は六割)。主力艦35万トン、空母9.45万トンが認められる | 改変 |

| 1922年 | 【物語】天城の建造が北氷道工廠へ移管決定。空母として完成させる方針が固まる | 物語 |

| 1922年 | ソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦)成立 | 史実 |

| 1923年9月1日 | 関東大震災。マグニチュード7.9。死者・行方不明者10万人超 | 史実 |

| 1923年9月1日 | 【改変】横須賀で建造中の紀伊型戦艦「紀伊」が被災・大破。北氷道工廠建造の天城は無事。同年末、紀伊の廃艦が正式決定される | 改変 |

| 1923年〜1924年 | 【物語】関東大震災の被災者が北氷道へ移住。人口が急増 | 物語 |

| 1924年 | 【物語】北氷道と本州を結ぶ定期航空便が初めて就航(大正十三年) | 物語 |

| 1924年頃 | 【物語】私の家の三代目(29歳)、定期便の飛行機を見て本土の海軍航空学校への転科を決意。翌年申請 | 物語 |

| 1925年3月 | 治安維持法公布 | 史実 |

| 1925年5月 | 普通選挙法公布 | 史実 |

| 1925年 | 【物語】天城、北氷道工廠において進水。北氷道工廠初の大型艦竣工 | 物語 |

| 1925年〜1930年代前半 | 【物語】紀伊型戦艦(尾張・新「紀伊」)、空母へ改造。尾張・紀伊として艦隊に配備 | 物語 |

| 1926年12月25日 | 大正天皇崩御。昭和へ改元 | 史実 |


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昭和時代・戦前期(1926年〜1941年)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1927年 | 金融恐慌 | 史実 |

| 1928年6月 | 張作霖爆殺事件 | 史実 |

| 1929年10月 | 世界恐慌勃発 | 史実 |

| 1930年 | ロンドン海軍軍縮条約締結 | 史実 |

| 1930年代前半 | 【物語】海湾国沖の大規模油田の本格的な採掘が始まる | 物語 |

| 1931年9月18日 | 満州事変勃発。関東軍が独断で軍事行動を開始 | 史実 |

| 1932年3月1日 | 満州国建国 | 史実 |

| 1932年5月15日 | 五・一五事件。犬養毅首相暗殺 | 史実 |

| 1933年3月 | 日本、国際連盟脱退 | 史実 |

| 1933年〜1936年 | 【物語】半導体・精密機械・電子機器といった知識集約型産業が北氷道に台頭し始める | 物語 |

| 1936年2月26日 | 二・二六事件 | 史実 |

| 1936年 | ロンドン軍縮条約失効。日本、無条約時代に突入 | 史実 |

| 1936年 | 【物語】大和型戦艦2隻(大和・武蔵相当、弱点修正型)の建造計画が本格化。連合艦隊配備が決定される | 物語 |

| 1936年〜1941年 | 【物語】大和型空母4隻(信濃・近江・越前・伊予)の建造開始。近江・越前は北氷道工廠、信濃・伊予は本州工廠で建造 | 物語 |

| 1936年〜1941年 | 【物語】秘匿艦「八咫烏」(ステルス型防空司令空母・6万トン級)、北氷道工廠で秘密裏に建造開始。天皇家緊急脱出船としての機能を持つ | 物語 |

| 1937年3月 | 【物語】私の家の四代目(18歳)、北氷道海軍兵学校(総合)を首席卒業 | 物語 |

| 1937年4月〜1938年3月 | 【物語】四代目、本土の練習艦隊(練習巡洋艦「香取」)で実習。成績優秀で前倒し修了 | 物語 |

| 1937年7月7日 | 盧溝橋事件。日中戦争勃発 | 史実 |

| 1937年〜1939年 | 【物語】私の家の三代目、中国戦線に派遣。渡洋爆撃等の実戦経験を積む | 物語 |

| 1938年4月〜1940年11月 | 【物語】四代目、第一艦隊・第一水雷戦隊・駆逐艦「吹雪」の航海長に着任(大尉に進級) | 物語 |

| 1939年9月1日 | ドイツ、ポーランドへ侵攻。第二次世界大戦勃発 | 史実 |

| 1940年9月 | 日独伊三国同盟締結 | 史実 |

| 1940年頃 | 【物語】北氷道の急速な軍事化を懸念する合衆国が、返還要求の検討を開始 | 物語 |

| 1940年11月〜1941年3月 | 【物語】四代目、北方艦隊付として特命事項に従事(詳細は機密) | 物語 |

| 1940年12月 | 【物語】四代目、北方艦隊人事部より突然の転属命令を受領 | 物語 |

| 1940年3月 | 【物語】駐日アメリカ大使、外務省との会談で北氷道の「地位の見直し」について言及 | 物語 |

| 1940年秋 | 【物語】合衆国、正式な外交文書をもって北氷道の返還を要求。日本は即日拒絶 | 物語 |

| 1941年3月 | 【物語】秘匿艦「八咫烏」、北氷道工廠にて就役(昭和十六年春) | 物語 |

| 1941年4月 | 日ソ中立条約締結 | 史実 |

| 1941年4月 | 【物語】四代目(22歳)、空母「天城」艦長に任命(海軍少佐)。海軍史上最年少の空母艦長 | 物語 |

| 1941年4月〜11月 | 【物語】八咫烏、錬成訓練および各種装備調整。北氷道周辺海域にて実施 | 物語 |

| 1941年4月 | 【物語】合衆国、日本向け工作機械の輸出を全面禁止 | 物語 |

| 1941年5月 | 【物語】日本、合衆国向け貴金属の輸出を全面停止(報復措置) | 物語 |

| 1941年7月 | 南部仏印進駐。アメリカが石油禁輸(【改変】この物語では石油禁輸の代わりに工作機械禁輸が先行している) | 改変 |

| 1941年11月26日 | 【改変】この物語ではハル・ノートに相当する最後通牒は存在せず、代わりに台湾への奇襲攻撃が開戦の直接的引き金となる | 改変 |

| 1941年12月1日 | 【物語】合衆国フィリピン方面艦隊、台湾北部(基隆)を奇襲攻撃。午前6時15分、爆撃開始。台湾防衛戦(南方艦隊が担当)始まる | 物語 |

| 1941年12月1日〜7日 | 【物語】台湾防衛戦継続。日本は報復攻撃の準備を進める。大本営、一週間後の同時攻撃を決定 | 物語 |


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昭和時代・太平洋戦争期(1941年〜1945年)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1941年12月7日 | 【物語】北氷道・海湾国南部の一式陸攻基地および天城を含む北方艦隊主力、出撃準備完了。北氷道の夜空は快晴 | 物語 |

| 1941年12月8日 午前4時17分 | 【物語】三代目(46歳)搭乗の先導機、108機の一式陸攻部隊の先頭として離陸。アラスカ南部基地から出撃 | 物語 |

| 1941年12月8日 午前7時45分頃(現地時間) | 【物語】パールハーバー攻撃開始。一式陸攻108機による主攻撃、連合艦隊抜粋の正規空母3隻・戦艦2隻・巡洋艦6隻・駆逐艦8隻が補助。合衆国太平洋艦隊に大打撃を与える | 物語 |

| 1941年12月8日 午前7時45分頃(同時刻) | 【物語】カリフォルニア攻撃開始。北方艦隊主力(正規空母8・軽空母2・戦艦4・巡洋艦12・駆逐艦20)+連合艦隊増援(大和型戦艦1・駆逐艦6・秘匿艦八咫烏)。四代目(22歳)、天城艦長として艦載機の指揮を執る。サンフランシスコ港湾施設等を攻撃 | 物語 |

| 1941年12月8日 | 【物語】この日、三代目はハワイの空を、四代目はカリフォルニア沖を、それぞれの持ち場で戦う。二人の間に事前の言葉はなかった | 物語 |

| 1941年12月8日 | 【物語】秘匿艦「八咫烏」、カリフォルニア攻撃部隊に随伴。防空指揮の中核として機能。この日、某艦乗組員が偶発的に八咫烏の艦影を撮影する。後に研究者が発見することになる唯一の写真 | 物語 |

| 1942年 | 【物語】フィリピン攻略。アメリカ領南洋諸島の主要な島々を占領 | 物語 |

| 1942年夏 | 【物語】太平洋中部において合衆国空母部隊との大規模海戦。日本側が決定的勝利を収める | 物語 |

| 1942年夏 | 【物語】ハワイ上陸・占領作戦を実施。日本、ハワイを確保 | 物語 |

| 1942年〜1944年 | 【物語】合衆国は東岸工廠で新艦艇を建造し反撃態勢を整えるが、太平洋西部での日本の優位は維持される | 物語 |

| 1943年 | スターリングラードの戦い。ドイツ軍が敗北。独ソ戦の転換点 | 史実 |

| 1944年5月 | 【物語】ソ連軍、満州国北部国境を越えて侵攻開始(日ソ中立条約を破棄) | 物語 |

| 1944年7月 | 【物語】ソ連軍の先鋒、満州国首都・新京(現長春)周辺まで到達 | 物語 |

| 1944年8月 | 【物語】日本軍の猛反撃により、ソ連軍をある程度押し返す。しかし北満州全域での優勢は覆せず | 物語 |

| 1944年8月23日 | 【物語】北方艦隊の一部(空母2・巡洋艦4・駆逐艦8)がウラジオストクを奇襲攻撃。ソ連極東艦隊を壊滅(全滅)させる。港湾施設も炎上 | 物語 |

| 1944年秋 | 【物語】中立国スイスを介した日米の非公式な講和接触が始まる | 物語 |

| 1945年3月〜4月 | 【物語】日米講和の枠組みが合意される | 物語 |

| 1945年春 | 【物語】日ソ停戦交渉が並行して進む | 物語 |

| 1945年夏 | 【物語】日米講和成立。北氷道の主権は維持。フィリピン独立、南洋諸島は日本の委任統治継続、ハワイは国際管理下に | 物語 |

| 1945年夏 | 【物語】日ソ停戦協定締結。北満州の一部権益をソ連に認める(外交的敗北)。「陸では負け、海では勝った」 | 物語 |

| 1945年夏 | 【物語】戦争終結。三代目(50歳)、正式に退役。嶺林国に帰還 | 物語 |


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昭和時代・戦後期(1945年〜1989年)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1945年夏 | 【改変】史実では連合国による占領が始まるが、この物語では日本は独立した主権国家として戦後を迎える。占領なし、憲法の強制変更なし | 改変 |

| 1945年〜1946年 | 【物語】北氷道の戦後復興。軍需体制から平時産業体制への転換。北氷道工廠、民間造船に移行 | 物語 |

| 1946年春 | 【物語】四代目(27歳)、海軍(再編後)に留任。北極海方面特別警戒部隊の編成に関与 | 物語 |

| 1947年 | 【改変】史実では日本国憲法施行(1947年5月3日)。この物語では史実と異なる形の憲法・政治体制が維持される | 改変 |

| 1948年 | 【物語】四代目(29歳)、北極海方面特別警戒部隊・司令官に任命(海軍中将に進級)。秘匿艦「八咫烏」を旗艦として使用 | 物語 |

| 1948年〜1991年 | 【物語】八咫烏、北極海方面における対ソ警戒・情報収集任務を継続。ソ連側は長期にわたり本艦の存在を把握できず | 物語 |

| 1950年代〜 | 【物語】高度経済成長期。北氷道の鉱業・工業が急拡大。嶺林国に製造業が集積。海湾国に重工業地帯が形成される | 物語 |

| 1950年代末〜 | 【物語】北氷道工廠、軍艦建造から特殊船舶(砕氷船・海洋探査船)建造へ転換。八咫烏で培われた技術が民間に応用される | 物語 |

| 1950年代〜 | 【物語】北氷道への観光客が増加。本州からの航空路線が拡充される | 物語 |

| 1960年代 | 【物語】研究者(四代目の子)誕生(昭和三十五年・1960年前後) | 物語 |

| 1960〜70年代 | 【物語】半導体・精密機械・先端材料産業が北氷道に台頭。「北の工業地帯」として発展 | 物語 |

| 1960年代〜 | 【物語】先住民権利運動の高まりを背景に、北氷道での先住民の文化的アイデンティティ回復の声が生まれる | 物語 |

| 1970年代頃 | 【物語】父(四代目)死去。研究者が高校生の頃に失う | 物語 |

| 1970〜80年代 | 【物語】宇宙開発産業が北氷道・海湾国に集積。宇宙港の建設計画が具体化 | 物語 |

| 1980〜90年代 | 【物語】北氷道、日本の「北の玄関口」として確固たる地位を確立 | 物語 |

| 1989年1月7日 | 昭和天皇崩御。平成へ改元 | 史実 |


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平成・令和時代(1989年〜現代)


| 年月日 | 出来事 | 区分 |

|---|---|---|

| 1991年12月25日 | ソヴィエト連邦崩壊 | 史実 |

| 1991年 | 【物語】ソ連崩壊により対ソ警戒任務の戦略的意義が失われる。近衛海軍省の決定により、八咫烏が北極海方面任務より離脱。北氷道・海湾国港湾内にて係留 | 物語 |

| 1991年〜1997年 | 【物語】八咫烏、係留状態。最終処分について近衛海軍省内で検討が続けられる | 物語 |

| 1997年 | 【物語】八咫烏、南鳥島近海において新型兵器の試験標的艦として使用。同海域に沈没処分。試験記録には「大型標的艦(詳細不明)」とのみ記される | 物語 |

| 2000年3月 | 【物語】近衛海軍省(宮内省)特別艦艇管理局、八咫烏の最終艦歴記録書を作成(文書番号:近衛特管第001号)。江戸城跡(皇居内)特別文書庫に永久封印される | 物語 |

| 研究者の壮年期 | 【物語】研究者、東京大学で日本近代史の博士となる。アラスカ出身の歴史研究者として活動 | 物語 |

| 執筆開始6年前 | 【物語】祖父母の遺品整理にて、機密資料(父の北極海任務に関わる書類、文書番号:人事局特管第008号)を発見 | 物語 |

| 執筆開始6年前 | 【物語】嶺林国の実家の納屋から、「十六年十二月八日 桑港沖にて」と裏書きされた写真を発見。八咫烏の艦影が写り込んでいた。本書の執筆が始まる | 物語 |

| 2019年頃 | 【物語】本書の執筆開始から6年の調査を経て、本書がほぼ完成する | 物語 |

| 2020年代 | 【物語】本書完成。北氷道・海湾国の宇宙港から打ち上げられた宇宙船が火星に着陸。日本人宇宙飛行士による、人類初の火星着陸のニュースが世界を駆け巡る | 物語 |

| 2020年代 | 【改変対比】現実の2020年代において、日本はアラスカを持たない。月への有人飛行も計画段階。火星への到達は成し遂げられていない | 対比 |


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付記:現実との主要な差異一覧


| 項目 | 現実(史実) | この物語 |

|---|---|---|

| アラスカの帰属 | 1867年、アメリカが720万ドルで購入 | 1867年、日本(旧幕府)が購入 |

| 南北戦争 | 1865年終結 | 1867年頃まで長期化 |

| 天城型巡洋戦艦 | 関東大震災で損傷、空母改造断念 | 北氷道工廠建造のため無事、空母として完成 |

| 加賀 | 天城の代替として空母に改造 | 天城・赤城・加賀の三隻すべてが空母に |

| ワシントン軍縮条約 | 対米英6割(主力艦31.5万トン) | 対米英7割(主力艦35万トン) |

| 西南戦争 | 西郷隆盛が城山で自刃 | 西郷は降伏・北氷道へ移住、治安維持を担う |

| 太平洋戦争の開戦 | 日本が真珠湾を奇襲(先制攻撃) | アメリカが台湾を奇襲(先制攻撃) |

| 太平洋戦争の結末 | 日本が無条件降伏、連合国による占領 | 日本がかろうじて講和。北氷道を死守 |

| 対ソ関係 | 1945年8月、ソ連が参戦し満州を占領 | 1944年5月、ソ連が侵攻。外交的敗北で北満州の一部権益を譲歩 |

| 戦後の日本 | 占領、憲法制定、高度成長、バブル崩壊 | 独立維持、北氷道の資源を背景に経済発展 |

| 火星探査 | 2020年代時点で未達成 | 2020年代に日本人が人類初の火星着陸を達成 |

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