その一 雨夜の品定め
第一話
従三位 中納言 源 朝臣 淳明 卿、陰陽師 菅原 馨子に生霊を調伏させたる語
その一 雨夜の品定め
今は昔。
源淳明。
と、名も響きよい若いイケメン貴公子で、宮中では仕事の出来る男と評判は高いものの、女房(貴人に仕える女官、侍女)たちからは几帳(パーテーション)の影で、
「けすさまじ」
などと、ささやかれているお方がいらっしゃいました。
宮中は物忌(外出禁止の厄日)続きで帝も貴族たちも謹慎中の、ある雨の夜のこと。
殿上の間にすることもなく集まった男君たち。始まったのは女性談義でございました。
「上流の女は風にも当てず大切に育てられすぎておもしろくない」
「といってあまりに身分が低いのも我らと釣り合わない」
「賢すぎる女もどうかな。女房の中に時々いるでしょ? 漢文の知識をひけらかすタイプ」
「女は従順にかぎるな」
「おとなしすぎるのも困る。返事をもらうのに一年かかるのではねぇ」
「拗ねられて郊外の寺に篭られ、迎えに行く羽目になるのもなぁ」
「付き合いが長くなると、所帯じみてくるのがよろしくないよ」
「主婦たるもの、夫の優秀なコーディネーターでコンサルタントでカウンセラーであるべきですよね」
「なんにせよ、美人が一番。美人は男のトロフィーですから」
などとわちゃわちゃ、実に身勝手なことを話しておられたのです。
「草深い荒れ果てた邸に思いがけない美姫がいたりすると、そそられませんか」
と左馬頭が言い出して、賛同の声が上がった中、
「三条院のことでございましょう?」
と、お口の軽い左兵衛尉がある噂話をはじめました。
「あの邸に最近、下簾の様子なども高雅な牛車がひっそりと入っていったとかで」
源淳明さまが思わず小さな声を上げました。
「三条院?」
一方、男君たちは左兵衛尉にもっと詳しく話せと続きをせがまれます。
「三条院に美しい姫君がいるのか?」
「あそこはもうずいぶん前からうち捨てられていたはず」
「いい場所なのに、荒れ果てているのか。惜しいことだ」
お口の軽い左兵衛尉はもったいぶった口調で、
「わたしもふと噂を耳にしただけなのですが。
なんでも乗っている女君は奥に引っ込んでいるようで、わずかに見える袖口、重ね(衣裳の表地裏地のカラーコーディネーション)の色合いもさっぱりと古風ながらなかなかの趣味で、目立たぬようにしている風情だったがどうにも人目をひく優雅さが漂っていた。
と、いっとき三条あたりの人々の話題をさらっていたのだそうですよ」
すると別の男君もその噂は耳にしたぞと膝を打ちました。
「誰かもう文は出したか?」
この時代、男女のオーソドックスな出会いは、このような噂話からスタート。
会ったこともない相手との恋愛を妄想するのです。
で、あくまでも脳内美化処理された、よさげな女君に文、つまりラブレターを送ってみるのが交際のための第一歩。
平安人のお気持ち表明は和歌ですからね。
風流な手順を楽しむ心の余裕が、貴族の恋愛というものなのでございます。
「やめた方がいいと思いますよ」
よし、わたしが出してみよう、と名乗りを上げた左馬頭を楽しそうに見て、頭中将、藤原頼定さまが申されました。
「なぜですか?」
「東宮さまが悲しまれましょう。この前、わたし、やんわり釘を刺されましたから」
と、頭中将。
あちらで源淳明さまがふっと苦笑されました。
よくご存知ですからね。頭中将さまや東宮さまがどういうお方か。
「それもがと 今朝ひらけたる 初花に おとらぬ君が にほいをぞ見る」
(歌意:人々に待ち受けられながら今朝咲いた花、それに劣らぬあなたの美しさを見ることです)
頭中将さまがめでたき美声で和歌を誦じました。
「東宮さまの和歌です。くれぐれもあなたは簡単な気持ちで初花を手折ったりしてはなりませんよ、とお言葉をいただきました」
そうなのです。
この頭中将さま、
「形ありさまもうつくしかりけり」
と女房たちにささやかれ、その上まめなご気質でいらっしゃるものですから、
「宮中の女房で、物言われぬはなくぞありける」
と噂されるほどなのです。
さすが頭中将、若手出世頭。
東宮さまからすると、釘を刺すなら真っ先にこの男、なのでしょう。
そうと聞けば、三条院の女君の美しさはいかばかりか、と男君たちの妄想は膨らむばかりです。
せめて顔くらい見たいものですが、あいにく上流の女君はそうやすやすと男に顔を見せたりはしないですからね。
猫でも飼っていれば、あるいは、かの物語のように事故で御簾(ロールスクリーン)をめくってくれたりするかもしれませんが。
「悩ましい」
とみなが葛藤する中、式部丞が頭中将に、
「あなたのことだ。釘を刺されたとおっしゃりながら、文は出されたのでしょう?」
「当然ではありませんか」
おお、と男たちが注目すると、
「いまだに返事はありませんけどね」
とあっさりとした答えが返ったとか。
三条院の女君はガードが堅いらしい、としばらく女君の噂が続きましたが、その夜はしだいに他の女君へと話題は移ったのだそうでございます。
この物語は、2000年代に中途半端に書いたものをベースに加筆修正したものです。
PCを処分するにあたり、個人的な保存も兼ねて、こちらに登録しました。
作中であれこれと、古典文学からネタをもらったり、引用、援用しております。
歴史や古典文学が好きとはいえ知識は中途半端で、YouTube『かしまし歴史チャンネル』のきりゅうさんがお読みになったら笑われるだろうくらい誤解や知識不足だらけ、ストーリー優先であれもこれも適当ですが、いろいろな古典作品や懐かしの国語便覧などもパラパラ開いたり、書いていてとても楽しかったです。




