第95話 村の宿
久々にこれぞ異世界だと感じる西洋の田舎といった感じの宿の食事は、ソーセージに鳥の丸焼きに野菜スープにパンである。
素朴であり、温かみのある料理の味は心に落ち着きと豊かさを思い出させる。パンが多少硬い気もするが中身が詰まっているのでこれはこれで良いものだ。
「俺は異世界の料理というのはこういうものだと思っていたのがついに目の前に現れたな」
横に座っていたソフィアは何の変哲もない料理だと思うのだがそういうものなのかとライリーに尋ねた。
「王国でも農村部だとこういう料理は一般的だよ。ライリーはこの世界に来てからこういう料理を求めていたの?」
「ああ。特に求めていたという訳ではないがこういう料理がどこに行ってもあるものだと思っていたな。何というか、素朴な感じの料理というかそういうのを想像していた」
「そっか。ライリーの居た世界の昔の食事だとこういうのが多かったのかもしれないね」
「昔というか、この世界に来た頃も他の国ではこんな感じの食事を続けている国もまだまだあったし、パン窯が無いから炭に埋めて焼いて黒く焦げた部分は棒で叩いて除去してから食べているところもあったぞ」
「へえ。じゃあ、この辺りの国と同じような食事をしている国もあったんだね」
こんなのんびりとした何気ない会話も久々のような気がする。王妃はあまり食べた事のない感じの料理が多いのか興味深々である。
「私はこのような料理は初めて食べましたが香ばしくておいしいですね」
意外な事を言うもんだと思ったライリーは宮廷の料理について尋ねた。
「それは意外な感想だな。普段から高級食材をふんだんに使った料理をいつも食べているものかと思ったが?」
「多分、そうなのでしょうけど毒見の方を何人か介すので私のところへ来たときには冷や飯ですね。なのでこの温かな料理の方が美味しいです」
「まあ、考えて見ればそうだよな。それに食材が高級でも味付けによって美味いと感じるかどうかもかなり違うし、品質の良くない食材を美味く料理するのが本当に腕の良い料理人だな」
「ええ。なので私もお忍びで行く屋台の料理の方が美味しいと思います。出される食事は味が薄いものが多いですね。上品だとは言っていましたが薄い味のものがあんなに冷めてしまっていては余計に薄く感じます」
「そうだよな。美味しいものも食べないと気分まで落ち込むし、いつも冷たいものを食べていると心まで冷えてくるような気がする時もあるよな」
以前に似たような話を聞いた気がするソフィアはライリーに言った。
「その冷や飯を前の世界の酷い会社で転勤させられた時に食べていたって言ってなかった?」
「言ったような言ってないような気がするが、確かに冷や飯を食べていた事もあったな。健康状態も悪化し続けて貯金も働いているのに底を尽きかけて世の中の理不尽さに絶望しながら弁当を温めずに食べていた時もあった」
「やっぱり酷い話だね」
そんな事もあるのかと王妃も尋ねた。
「それは大変でしたね。働いているのに生活が苦しくなるというのは国が歪な証拠です。私の国でもたまに、暴動等が起きますが起きる時は働いているのに生活が苦しくなっている人が多い時です」
「だろう? でも俺のいた国ではそれすら起きなかった。状況が悪化し続けているのに民は動かなかった。俺もあのままあの国に居たらソフィアとも出会えず何の幸せも無いまま朽ちていたのかと思うと……」
「魔族領中枢国ではそのような状況だと聞きましたが?」
「ああ。俺もこないだ見てきたんだが、下手すりゃあの国の方がマシかもしれん。そもそもこの世界には王国のような優れた国がある。希望し、努力すれば天国のような暮らしと幸せがある。だが、俺の居た前の世界にはそんなところは無かった」
「では、私のような権力を持った方と結婚すれば少しはマシだったのではありませんか?」
「それも無理だった」
「そんな見た目なのに話すら無かったのですか?」
「それらしい話はあったが、邪魔されて会う事もなくなってしまってな。それにこの世界は強く望めば正解が向こうからやってくるようだが、前の世界では毎朝、毎晩、幸せになれますようにって祈っていたんだが終ぞ来なかった」
「どうやら世界の仕組みが違うようですね」
「ああ。明らかに違う。向こうは牢獄の中の世界のような感じだが、こっちの世界は自由になろうと思えばなれる場所がある。前の世界でも昔に比べれば自由に出来る時代になったという人もいたがそれは貧しさから来る諦めを誤魔化しているように見えたな」
「貧しさとは? 物やお金以外に何かあるのですか?」
「物やお金は時代によって無い時もあればある時もあるが、人間関係もだよな。俺が前の世界に居た頃は魔道具の中に掲示板のようなものがあってそこに張り出された異性を見て気に入ったら連絡して会うというものがあったがこれは人間関係を希薄にしてしまった」
「前情報だけで人を見ても失敗しますものね」
「そういう事だ。その情報を思い込む事によってお互いが思い違いをして友達にもなれなければ恋人にもなれないというのが増えて行って、現実世界でもこの世界のように異性に何か話しても純粋に受け止めてくれない。警戒するか値踏みばかりして何も生み出さないようになっていった」
「牢獄とはよく言ったものですね。まるで魔族が騙し合っているようではありませんか」
食卓にはミードが置いてあり、可愛い王妃はひたすらライリーに注ぎ続けるので饒舌になると共に話が長くなっていった。
どうして善い人間が苦しみ、悪意ある人間が楽しそうに過ごせるのか? その疑問はどんなに理屈を述べても見えてこない。
それは、どこまでも深い闇の中を進むようなもので答えというのは常に視界が無い暗黒のようなものなのだろう。
◇◇◇
酒が入りすぎたライリーは宿で一番大きなベッドに突っ伏してしまった。このベッドは王妃が寝る予定であったが、一緒に寝るものだと思った王妃はそのまま一緒に床に入った。
するとしばらくしてソフィアとエリンもやってきた。王妃はこういう旅もいいものだと言って二人も寝床に入るように言った。
「あら? お二人ともベッドが無いのですか。一緒に寝ますか?」
「元よりそのつもりです」
「ライリーと一緒に寝るのかと思って来たんですが、酔いつぶれているみたいですね」
そう言われたライリーが潰れては無いぞと言った。
「酔いつぶれては無いが……二人も入ってきたか。ソフィア、俺が王女陛下の前で言った夢の一つを覚えているか?」
「うん。ハーレムを作りたいって言う話だよね」
「そう。あの後、旅を続けて行くうちにハーレムはどうでも良くなったんだが、今こうしている姿はどうだ?」
「そういえば出来たね、ハーレムが」
「望むと離れて、諦めるとやってくるという単純な理屈であれば向こうの世界でもこんな幸せな時を過ごせたのにな……」
「うん。そうだよね。……あ、寝ちゃった」
ライリーが寝たのを見た三人も旅の疲れかそのまますぐに眠りについた。夢の中で見た夢が現実になったというのに酒で興奮することなく夢の中に入ると、久々に美しい夢を見る事になる。




