無駄遣いの果てに
「アレって……なに?」
「わたくしにも分かりませんわ。何かしらの大きな影――にも見えますし……」
濃い霧の中、私たち4人は沖に向かって目を凝らす。けれど数メートル先が見えない状況じゃ何が居るのかは判別できない。
「な、なぁ、やっぱ皆に知らせた方が良いんちゃうか? アレに関わっちゃならんって、ワイの魂が叫んどるんやが……」
「はぁぁぁあ? 加瀬、アンタ本気で言ってるの!? まさかコアルームで言われた事を忘れちゃいないでしょうね!?」
「い、いやぁ、そうは言わんけど……」
加瀬の胸ぐらをつかんでグングンと揺すりつける。ついさっきあんな事があったのに、助けを求めてるみたいで気分が悪いもの。
「そうよ、私たちは穀潰し扱いされたの、無駄遣いがどうのって。ちょっと有効利用しただけなのにこんな扱い酷すぎよ! 大恩寺、アンタだってそう思うでしょ!?」
「んだんだ、オラもいつも通りにしてただけだで」
そうよ、私たちはDPの有効利用をしただけだのにアイツらときたら白い目を向けてくるんだもの、たまったもんじゃないわ。
「いい? 私たちだって召喚くらい出来るんだから、何も怖がる必要はないの。寧ろ私たちだけで解決して、DPも稼げるんだってところを証明しようじゃないの!」
そう強気な態度を見せ、ボートで沖へと向かう。うっすらと見えていたものが徐々に大きくなり、10メートルも無いくらいの距離まで詰めると、ようやく正体が明らかになってきた。
「な、なんやアレ、ドデカい船や思うけど、随分とボロくさいやんか。まるで幽霊船みたいやでぇ」
船体が穴だらけで帆もボロボロ、苔まで張り付いてて今にも沈みそうな状態。これじゃ幽霊船そのものじゃない。
埃とかも酷そうだし、いつもの私なら近寄らないんだけど……
「なぁ、やっぱ皆に――」
「よし決めた、あの幽霊船に乗り込むわよ!」
「「はぁぁぁあ!?」」
一瞬の間を置いて加瀬とトワから驚きに近い悲鳴が上がる。怖いもの見たさじゃないわよ? ちゃんとした理由が有るんだから。
「幽霊船には宝物が有るんでしょ? 財宝を運んでる最中に嵐で沈んじゃったとか、いかにもありそうな話じゃない」
「そ、そうかもしれんけど……なぁ?」
「ええ。沈没船が財宝を積んでいるとは限りませんわ。この世界なら海賊以外にも魔物に沈められたケースだって有るでしょうし、無駄骨になる可能性が高いですわね」
「はぐはぐ……」
否定的な3人。いや、大恩寺は興味が無いだけよねきっと。でもね、私よ心はとっくに決まってる。
「行くわよ、あの幽霊船を強奪してダンジョンに連れ帰るの。それなら大したDPも掛からないし、幽霊船のDPも入ってくるしで良いこと尽くめじゃない。これでアイツらを見返してやんのよ。分かったら即出発、ヨ~ソロ~!」
「――って、他人の話聞けやぁぁぁ!」
意気揚々と幽霊船に向けて突撃する私たち。加瀬が後ろで喚いてるけど気にしない。おおかた船酔いが怖いんでしょ。
そんな加瀬の喚き声と大恩寺の咀嚼音を聞き流していると、あと数メートルの至近距離まで到達。目を凝らせば乗り込んでくださいと言いたげに縄梯子が船体に付けられているのを発見したわ。
「ほら見なさい、幽霊船も歓迎してるじゃない」
「いやいやいやいや、絶対罠やて! 幽霊船に歓迎されるとか有り得へんがな! こんなんに片足突っ込んでく奴は稲○淳二くらいやろ!」
「そうですわアイリ、見るからに不潔そうじゃありませんか」
「いいから! ほら早く早く」
渋る2人の背中を押し、縄梯子を使って乗船。大恩寺も3人で引き上げた。
「はい到着! さっそくお宝探索を――」
アレ? なんだか急に眠くなって……
「ふぁぁぁあ……。なんや、ごっつぅ眠ぅなってきよったでぇ」
「おかしい……ですわね。睡眠は充分に取っているはず……」
「んだ……べぇ……」
あの大恩寺ですら食べている手を止めるくらいよ、絶対に何かある! けど……
「ダ、ダメ……眠くて動けな……」
睡魔に負け、私たちは眠りについてしまった。
★★★★★
幽霊船の発見より1時間ほど前……
「まったく、キミたちという奴は……」
呆れ顔で額に手を当てている会長の前で、膨れっ面のアイリたち数名が反省の色もなくそっぽを向く。なぜこのような事態に陥ったのかというと、DPの大量使い込みが発覚したからである。
「無駄遣いはしないようにとアレほど言ったではないか。キミたち1人1人の身勝手な行動が他の仲間に迷惑をかけるのだとなぜ分からない?」
得意の眼鏡クィを発動させて鋭い眼光を放つ会長。しかしアイリたちは悪びれた様子もなく……
「なによ~、DPなんてまだまだ有るじゃない!」
「有意義に使って差し上げてるのですから感謝してほしいですわ」
「……その有意義とやらは豪華な邸や派手な服を召喚する事かね?」
いったい誰に見せるのかと言いたげにタメ息混じりに話す会長。
「何ですか、その屁理屈は!」
「屁理屈ってキミ……」
トワみたいなお嬢様からしたら屁理屈になる? いやいや、そんなはずはない。危うく騙されるところだった。(←誰に?)
「まずはアイリくん、着もしない服を何着も召喚するのは無駄だろう?」
「服だけじゃないも~ん! 靴やバッグもだも~ん!」
「余計にたちが悪い!」
アイリの場合はその日の内に三度は服装が変わるからなぁ。しかも男女別の時間帯を無視して風呂も3回入ってるし。さては陰で静香ちゃんと呼ばれてるのを知らないな?
「次にトワくん、いったいどれだけ豪邸を建てれば気が済むのかね? お陰で倉庫の周りが高級住宅街ではないか」
「セレブには必要不可欠でしょう?」
「いらんわ!」
トワが言うには全て別荘らしい。その日の気分次第でどの別荘で寛ぐかを決めるんだとか。当然だが無駄でしかないし、前にトワが寝坊した時に捜すのにすんげぇ苦労させられたのは記憶に新しい。
「更に加瀬くん、防衛のためとは言えモンスターを召喚し過ぎだ。どれだけの数が内部に溜まっているか分かるかね?」
「んなもん知らんわ」
「知りたまえ!」
道理で見たことない魔物が居るわけだ。原因は加瀬か。執事のカークランドが襲われて死にかけたんだから管理はちゃんとしとけっつ~の。
「最後に大恩寺くんだが」
「むぉ? オラ、なんかやっちまっただかぁ?」
「分からないならそれでいい……」
大恩寺には言っても無駄だからなぁ。現在進行形で大福餅食うのを止めないし。さすがの会長も諦めた模様。
「とにかくだ、これ以上の無駄遣いは看過できん。諸君らにはDPの使用制限を掛けさせてもらおう」
「「「え~~~っ!?」」」
当然の反応。もちろん納得するはずもなく……
「ふざけないでよ! まるでアイリたちが悪者みたいじゃない!」
「悪いと言ったつもりだが?」
「ムキィィィ!」
「落ち着きなさいなアイリ、無茶な要求に同意する必要はありませんわ」
「せやせや、何なら今からでも別居しようやないか! こっちはこっちで勝手にやらせてもらうわ!」
「だべ」
そう吐き捨て、コアルームを出ていく4人。その際アイリは嫌がらせのつもりか、ダンジョンコアの通信をオフにしていった。
「少し言い過ぎた……かな?」
「いや、あの4人には反省させた方が良いだろう」
「お那須さんに同意です。甘い顔をすると付け上がりますから」
気まずそうに頬を掻く会長をお那須さんと副会長がフォローする。
ちなみに俺も賛成だ。共同生活ってのを少しは理解させないとな。
「だよねぇ。風評被害って言うのかな? こっちにまで苦情が回ってこない事を祈るばかりだよ」
カズトよ、お前のナンパ魂のせいで女性陣から苦情が入ってるんだけどな? 騎士団のサリアンとかパン屋のレスカとか領主の娘のテルミアとかな!
「ともかく、あの4人が反省して戻って来たなら何も言うまい。ドラゴン○ーダーで居場所は分かるのだし、いざとなれば強制的にでも連れ戻そう」
そう締めくくる会長。
だったが……
「4人がまだ帰らないだと!?」
会長の怒声がコアルームに響く。時刻は22時を回ったところ。数時間で音を上げるであろうアイリがこの時間にまで戻らないのはどう考えてもおかしい。
「駄目デス、念話も通じません。アイリさん以外の3人にも呼び掛けましたが同じく無反応デス」
「大恩寺くんまで無反応なのはおかしい。何か有ったと考えるべきだろう。瓶底くん、直ちに居場所の特定を――」
「そ、それが、ドラゴン○ーダーに反応が無いんデス!」
「何っ!?」
レーダーは遠すぎると反応しない。アイツら、そんな遠くに行きやがったのか。
「ただいま戻りましたよ。……おや、どうしたのですか皆様? 物々しい雰囲気ですが」
「「「トルネオさん!」」」
外から戻って来たトルネオさんに現状を説明した。すると……
「ま、まさか町から出たのですか!?」
「そのようです。レスカとルインが4人を目撃して以降、消息が途絶えたようで。2人が言うには桟橋の方に向か――」
「桟橋ですって!?」
真っ青になるトルネオさん。理由を詳しく尋ねると……
「彼らは海へ出たに違いない。そして霧に紛れた幽霊船に連れ去られてしまったのです!」
「「「幽霊船!?」」」
ライジングバレーでは有名な話で、濃い霧が出る日に海で出現するらしい。一説では海に彷徨う魂を回収し、冥府に送るための船だとも言われているんだとか。
「死者ではない者が接触した場合も強引に連れ去ると言われています。しかも周囲の霧はこの世とあの世の狭間を繋ぐとも言われ、迷い込んだら最後、生きて出る事は不可能だとか」
「だ、だとしたら危機的状況ではないか! 我々の手で救出に向かうぞ!」
「「「おお~!」」」
マズイことになった、頼むから無事でいてくれよ!
★★★★★
「う……うん? ここは……」
「おお、目が覚めたかい可愛い姉ちゃん。ご覧の通り船の上さ。偶然ボートが漂ってるのを見つけて引き上げてみりゃビックリ仰天! 気絶してる姉ちゃんたちを見つけたってわけよ」
「……え?」
船乗りっぽいオジサンに言われて周りを見渡す。周囲では身なりが同じに見えるオジサンたちが釣竿を海に垂らしていて、大型の漁船か何かに助けられた感じ? 確かにここは船の上……だけど船は真新しいくらいにピカピカだし霧もすっかり晴れている。
「トワ、加瀬、ついでに大恩寺、さっさと起きて!」
「う……ん、何ですのいったい……」
「ふぁ~~~あ」
足元で寝ていた3人を叩き起こし、状況を説明してやった。
「船の上やと? いやいや、ちぃとおかしいでアイリはん。俺たちはボロっちぃ幽霊船に乗り込んだんや、こないにピカピカな船に乗った覚えはないでぇ!」
「それは……そうなんだけど……」
「しかもな、ワイの腕時計じゃ22時過ぎやのに真っ昼間やないかい。どう考えてもおかしいでぇ!」
「…………」
加瀬に凄まれて徐々にこの異様さに顔が青ざめていく。ダンジョンに居ても時間は正確だった。それが今この場だけ狂ってるなんて有り得ないもの。
ザリ……
「ん? 足元に何か……え?」
妙な感触を足裏に感じ取り、床に視線を落とす。すると……
「あっぶな! ちょっとオッサン、床が抜けてるじゃない! ケガとかしたらどうしてくれんのよ!」
「おぅ? おおすまんすまん。ちょいと幻覚が甘かったようだ。かれこれ100年以上も俺の船として活躍してきたからよ、ボロが出るのもご愛敬ってやつさ」
「え……」
「「「100年!?」」」
大恩寺以外の3人でそう叫んだ瞬間、昼間の青空が一気に闇へと染まっていく。いやそれだけじゃない。釣りをしていた船乗りたちの顔や手足から肉が剥がれ落ち、骨だけの状態へと成り果てた。
「ス、スケルトン!」
「クックッ。只のスケルトンではないぞ? 船を母体とし、生きた者共を取り込むことで我々は進化してきたのだ。そこらのスケルトン(←そこらにスケルトンは居ない)とは違い、今では幻術をも扱えるようになった。例えサーペントに襲われようとも我々を殲滅するのは不可能。さぁ、儀式を続けようではないか!」
ボロボロの帆がはためく下で、スケルトンが私たちを囲んでグルグルと回り始める。気色悪い奴らの唸り声が闇に響き、それが不気味さを倍増させた。
「な、何や、何をしようっていうんや」
「クックッ。パーティーだよ、諸君らを仲間として迎えるためのな」
「何やてぇ!?」
さっきのオジサン――おそらく船長とおぼしきスケルトンが、背中を向けて語り始める。
「言っただろう? 生きた者を取り込んで進化してきたと。我々が更なる高みを目指すには生ある者が必要なのだよ」
「ワイらを生け贄にする気かいな!」
「生け贄? とんでもない、諸君らは新たな仲間――そう、仲間となるのだよ」
こちらに振り向いた船長が骨だけの両手を広げる。
「クックッ。そう言えば自己紹介がまだだったね。私の名はクック、かつて海洋を支配していた海賊さ」
「海賊? じゃあ他の船乗りたちも……」
「もちろん海賊さ。だから――」
シャキン!
「――狩りはもっとも得意とするところさ」
スケルトン共の手に剣が現れた。
「クックッ。スケルトンパーティーにようこそ! さぁ、戦場に咲く薔薇のごとく真っ赤に染まってくれたまえ!」




