湖水地方、パニール 6
とにかく、僕もシュロスも、水路を引き、仮の水溜めを作るという作業をクレアやエストにさせるつもりはなかった。
「では、僕は街のほうまで一飛びして、道具をお借りしてきます。シュロスはクレアとエストを見張っていてください」
「おう」
シュロスの気のいい返事が聞こえ、僕はその場を飛び立った。
見ていないところで、勝手に作業を始められては困る。仮に、汚染している元凶が湖の底にいるとか、様子を見張っているなどという場合、即座に交戦になる可能性だってあるのだから。
それに二人が本当に大人しくしていてくれるのかも。
「すみません。お尋ねしたいことがあるのですが」
通りがかった男性に声をかける。
一応、これから僕たちは湖の浄化作業を始めようと思っているわけだけれど、いつからあんな風になったのか、確認しておく必要もあるだろう。
「おう、なんだい、兄ちゃん、観光に来たのか? 残念なときに来たな。でも、まだ無事なところもあるからよ」
やはり、パニールの人たちも湖の状況はご存知のようだ。
「いえ。その湖のことで少しお話しを伺いたいのですが。いつ頃、どのような感じであんなことになったのか、教えていただけませんか?」
男性は困ったような顔で。
「そう言われてもなあ。俺たちも困ってはいるんだけどよ。直接発生の現場を見たわけじゃねえし、水質の調査なんて専門じゃねえから、詳しいことはなんもわかんねえんだ。俺は魔法師でもねえし。ただ、発生は、ふた月くらい前だったかな」
僕がクレアに誘われた時期と、ほぼ、一致する。
ただ、ふた月もかけて汚染しているにもかかわらず、まだ無事だった湖があるということには、少し疑問はあるけれど。
もしかしたら、あそこだけ無事にしてある理由があるのかもしれない。
たとえば、すぐに思いつくものだと、誘導するためとか。
他の湖が汚染されている以上、パニールに暮らす人たちが頼る水源は、魔法以外では、あそこの湖でしかありえない。
それは、あの湖を使うように仕向けられているという意味にも考えられるし。
まあ、勘ぐり過ぎだろうし、先入観はよくない。
「ありがとうございました。それから、ついでに一つ、お尋ねしたいことがあるのですが、スコップや手押し車など、この辺りで貸してくれそうなところに心当たりはありませんか?」
「そんくらい、俺が貸してやれるけど、まさか、土遊びって歳でもねえんだろ?」
ついて来な、と誘われて、近くの男性の家、正確には、その家の納屋というか、物置に案内していただく。
「ああ、一応聞いておきたいんだが、なにに使うんだい?」
説明しないわけにもゆかないだろうな。
たとえば、もちろんそんなことはしないけれど、借りた道具で僕が犯罪でも犯した場合、この人だっていろいろと言われることになるのだから。
スコップは、鈍器として、あるいは、切断するための道具として、十分に凶器になり得る。
「実は、先程湖の現状を確認してきたのですが、連れとも話し合った結果、あの湖を浄化しようという話になりまして。それで、一度に湖の全ての水を綺麗にすることは不可能ですから、少しづつやっていこうと思うのですが、そのために、ある程度の水を溜めておくことのできるような池を作ろうという話になりまして」
そのくらいなら話しても構わないだろう。
もし、あの湖を汚染したのが魔族だった場合、彼らの計画を邪魔しようとする僕たちに対してなんらかの行動を起こすだろうし、巻き込むことはできないけれど。
しかし。
「そうか。そういうことなら、俺も知り合い連中に声かけてくるぜ」
「え? あの、それはどういう……」
任せとけ、と男性は腕を捲り、力こぶを作って見せつけるようにしてくる。
「おまえさんたち、ここの者じゃねえだろ? そんな、余所様に……ああ、これは別に、よそ者だとかって、偏見を持ってるって意味じゃねえぞ? とにかく、この街に住んでいる俺たちのほうが積極的に動かなくちゃならねえってことだ」
「はあ。ですが、発生が二か月ほども前のことだというのであれば、その間、なにも行動を起こされなかった理由があるのでは?」
手伝ってくれるというのであれば、それは嬉しいことだけれど、危険だから手を出せないとか、そういった、なんらかの理由で放置されていた場合、巻き込みたくはない。
魔族や魔物と戦闘になる可能性がある以上、僕たちは自分たちだけで手いっぱいになってしまう可能性だってあるわけだし。
「いや。単に面倒だったからってだけだ。まだ、使えるところはほかにいくつもあったからな」
「は?」
愉快そうに――もしくは、誤魔化すように――呵々と笑う男性に、失礼ながら、僕は少し呆れてしまった。
「あんだけの広さだ。すべての水を浄化するには、それ相応の装置っつうか、準備がいるだろ。魔法師だって、この村にもいることにはいるが、本格的に駄目になりそうだったら、埋め立てて、また新しく水を引っ張って作り直そうと考えてた。そっちのほうが面倒もねえしな。さっき、おまえさんが言ったとおりみたいなことだな。そりゃあ、水の量は一時的に減るかもしれねえけど、雨が降れば、すぐに解決するだろうってな」
それは、この街の総意だったのか、それとも、この男性個人の意見なのか。
街全ての意見というわけではないだろうけれど、水源なんて、生活に直結するところなのだから、もうすこし、危機意識を持ってほしいというか。
「まあ、兄ちゃんたちが手伝ってくれるってんなら、すぐに終わるだろ。おまえさんは魔法師なんだろ?」
「それは、そうですが」
多分、目の前の男性は魔法師というわけではない。台詞からもそう感じられたし、なにより、本人から魔力をほとんど感じられない。
「それじゃあ、俺が案内がてら、他の家にもついていってやるよ。若い男のいる家だろ? ああ、自己紹介が遅れたな、俺はビスってんだ」
「ルシオンです。よろしくお願いします、ビスさん」
手伝ってくださる、いや、この場合、街の人たちを僕たちのほうが手伝うということになるのか?
まあ、どちらでもいい。
とにかく、手伝ってもらえるのはありがたいけれど、そのことはクレアたちにも報告しなければならない。
それから。
「ビスさん。僕たちは、現在もあの湖には汚染している元凶である、魔物か――」
魔族のことは話してしまって大丈夫だろうか。
まあ、知らないでいるほうが良いことなんて、ほとんどないからな。
「魔物か魔族が潜んでいるものと考えています。おそらく、特定した場合、戦闘にもなり得ると思いますが、その場合、即時の撤退をお願いできますか?」
「湖に潜んでるってんだから、その魔物やらは魚じゃねえのか? 魚だってんなら、ここに住んでるやつで捌けねえのは赤子だけだぜ?」
いや、そんな普通の、食用になるような魚があそこまで湖を汚染している元凶のはずはないだろう。
もしそうであるなら、このパニールは湖水地方などとは呼ばれていないはずだ。
「いえ。それには及びません」
クレアが説得してくれれば、一番早いのだけれど。
まあ、人出を募り、道具を借り出せたのなら、戻って合流することになるわけだし、そのときにどうせばれるのだから、名前を出すくらいは問題ないだろうか? この人に僕たちと敵対する意思はなさそうだし。
しかし、そういうのはただの付き添いが振りかざすと格好悪いからな。クレアに任せよう。丸投げとも言う。
それに、クレアのほうがそういう説得なんかは上手いのだから、これも適材適所というやつだ。
「水路を引く手伝いをしてくださるだけで十分です。これは、僕たちの修行も兼ねていますので」
まあ、クレアの水着姿は……上着を羽織ってくれているだろうから、心配はいらないかな。




