意図しない寄り道 2
「い、生きてる……」
地面が爆発したのではないかと思えるほどの衝撃に、誰ともなく、呟きが漏れる。
本当に、危うくごちゃ混ぜのミンチになるところだった。奇跡とは言わないけれど、運が良かっただけというのは事実。もし、真下に尖った木でも岩でも突き出していれば、そこまで手が回らず、串刺しになっていた可能性だってあった。
「アレスティエル様、ご加護をくださり、ありがとうございます」
エストが感謝を口にする。僕たちも、口にこそしなかったけれど、同じ気持ちだった。
防御魔法で馬車を覆ったほうが良かった? いや、あの高度から落とされたのだと加速も相当なものになっていただろうし、はたして威力を相殺できていたかどうか。
すでに起きてしまったことにあれこれ言っていても仕方ない。これからのことを考えるほうが先だ。
「天より我らを見守りくださる光よ。かの者にあなた様の御慈悲をお与えください」
エストのおかげで、馬が負った怪我は治った。
骨が折れたりもしていたみたいだったけれど、死んでしまってはいなかったようだ。
とはいえ。
「馬が無事でも、これではしばらく進めませんね」
馬車は見事に粉砕されていた。
前輪部分は完全に破壊され、枝ででも引っかけたのか、それともあの魔物に咥えられていたことによるものか、幕の部分も破けていて、支える骨組みも折られている。
馬車というか、もはや、残骸と言ってもおかしくはない。
「それでも、助かりました。私ひとりでは死んでいましたから」
御者の方にはそう言われたけれど、現状が変わるわけではない。普通なら廃棄処分にするところだろうけれど。
「修理するしかありませんね。ついでにここから出るための道も切り開かなくてはなりませんし」
僕たちが落ちた――落とされたのは、森の中だ。当然、他に馬車を調達するあてなど、あるはずもない。
普段、人が立ち入るような場所ではないのか、獣道のようなものさえ近くには見つけられず、正規のルートに戻るには、草や木を切り開いて進む必要がありそうだ。
「僕は馬車造りには詳しくないのですが、壊れた馬車の修理にあてる木材というのは、この辺りに生えている木々でも可能なのでしょうか?」
そうでなければ、魔法で必要な木を生やす必要が出てくるけれど。
ただし、馬車なんかに使用できるまでに立派に育てるとなると、おそらく、魔力の消費も相当なものになるし、時間もかかることだろう。
それに、もし、知らない種類の木だった場合、生やすことができない。
「問題はなさそうです。ただ、今この場に工具などは持ち合わせていないのですが」
周囲に生えている木を確認された御者の方に言われ。
たしかに、僕たちも金槌や釘などの持ち合わせはない。
魔法――《修復する魔法》でも、さすがにここまで壊れていると難しいだろう。
しかし。
「工具などのことでしたら、ある程度は問題ありません。僕たちは魔法師ですから」
僕とクレアは《斬撃を飛ばす魔法》で、シュロスは手に入れたという剣の試し切りに、周囲の木を切り倒す。
あとは、馬車の無事だった部分から予想、検討して、切り倒した木を加工してゆく。もちろん、釘というか、留め具になる部分も全て木製だ。石なんかよりは加工しやすいからな。
御者の方はある程度の知識を持ってはいらしたけれど、所詮は素人の集まりだ。馬車の修理には十日間ほどの時間を有した。
しかも、それでも、元の馬車からすれば不格好なことは否めない。
なんとか、移動するのに問題はないだろう、という程度のものだ。さすがに、次に襲われて同じような目に合えば、今度こそ、修復は完全に不可能になる――街で新しい物を買い直したほうが安い――だろう。
もちろん、こんな目に何度もあってたまるものかとも思うけれども。
「街に着いたら、きちんと修理してもらってください」
今の修理は、所詮間に合わせだ。一応、無難には終えているはずだけれど、もしかしたら、途中でがたがきて壊れる、という可能性だってないとは言えない。早めに修理してもらう必要があるだろう。
「それじゃあ、行きますか」
僕とエストが馬車に乗り込もうとしたのに対して、クレアとシュロスは空の先を見つめている。
「あの、二人とも、どこへ行くつもりですか?」
馬車に乗って、パニールへ向かうのでは?
「なに言ってんだ、ルシオン。俺はちょっと、今日の夕食に鳥肉が食いたいと思っただけだ」
「借りは返さなければなりません。王族として、侮られたままではいられませんから。放っておいて、また襲われても厄介ですし」
どうやら、二人とも、あの鳥の魔物に見舞いに行くつもりらしい。
もちろん、果物を持ってだとか、そんな平和的なものではないだろう。
「ちなみに、どこにいるのかは――」
「探知魔法ですでに特定しています。ここから、数十キロ進んだ先に巣を作っているようです」
クレアの先を見つめる瞳に揺らぎはない。仕事が早いというか、なんというか。
「エスト。あなたはここで馬車を守っていてください。さすがに、馬車を連れてゆくことはできませんし、あの鳥以外にも魔物はいるはずです。あなたの防御魔法と加護の力であれば、夕方ごろまでは大丈夫ですよね?」
エストは、攻撃魔法はほとんど使えない代わりに、防御と回復に関しては天賦の才を持っていると、カヴァル神父にも保証されている。
襲ってきた魔物の撃退は難しくとも、最初から被害に遭わないというだけであれば、数時間程度は問題ないだろう。
「はい。お気をつけて。こちらの守りはお任せください」
クレアの頼みに頷いたエストが胸の前で手を組むと、周囲を半球形の結界が覆いつくす。
試しに押そうとしてみたけれど、多少反発するだけで、簡単には破れそうにはなかった。
「ところで、その巣まではどうやって向かうつもりですか? 僕とクレアは《飛行する魔法》が使えますが」
相手は空飛ぶ魔物だ。
さすがにシュロスにまで《飛行する魔法》を使いながら相手をできるほど、甘い相手ではないはずだし、それだとシュロスが完全に、ただの足手まといだ。
「数十キロ程度なら、歩いて向かっても問題ないだろ。それか、運んでくれても構わないぜ」
「運んでもらう側の言いようではない気がしますが……」
まあ、仲間内でそんな細かいことを気にすることもない。途中で襲われないことを祈るばかりだ。
「では、急ぎますから、重力加速度だけは気を付けていてくださいね」
一応、防御魔法もかけるけれども。
探知しているクレアを先頭に、シュロスを浮かせて運ぶ僕が後ろからついて行く。
クレアの短いスカートが風に揺られてはためくけれど、そういう防御魔法でもかかっているのか、中が見えることはなかった――。
「だから、シュロス。僕の心の声みたいに言わないでください」
「悪い悪い」
やはり、全然反省しているような態度ではない。
仕方がないので、僕はクレアの隣に並ぶ。
「なあ、ルシオン」
「今度はなんですか?」
どうせろくでもないことだろうけれど。
「高速で移動するときの空気の感触って、女性の胸の感触だとか言われてるけど、実際どうなんだ? 俺は《飛行する魔法》が使えるわけでも、《高速で移動する魔法》が使えるわけでもないから、そこんところわからないんだが。さすがに馬車の速度じゃ、感じられねえし」
「落としていいですか?」
やはり、ろくでもないことだった。
「……ルシオン、あなたは空を飛ぶたびにそんなことを考えていたんですか?」
クレアが胸のあたりを庇うようにして、若干、距離をとる。
「そんなわけないじゃないですか。そもそも、女性の胸の感触を覚えているはずもありませんから」
そんなの、本当に赤ん坊だったころにしか、体験していないことなのだから。そういうお店には行ったこともないし。
本当、シュロスは舌でも噛んでいればいいと思う。
「見えてきましたね」
ため息をついたクレアが見据える先には、やつらの巣があるのだろう、数匹の鳥の魔物が旋回している様子が窺えた。




