意図しない寄り道
「助かりました。乗せていただいて」
「いえ、こちらこそ。こういうことは助け合いですし、護衛もしてくださるというのでしたら、感謝するのはこちらのほうです」
パニールへ向かう道中、僕たちは仕入れから戻る途中だという、通りがかりの商人の方の馬車に同乗させていただいた。
少しは旅に慣れ始めてきていたとはいえ、クレアも少し疲れ気味のようだったし、エストにいたっては、ほんの数か月前までのクレアと同じく、ほとんど教会周囲から離れない生活をしていたのだ。
当然、山道もある中、何日も続けて歩き続ける体力はなかった。
まさか、飛行魔法など、いつ魔物や魔族に遭遇するかもわからず、魔法の使えないシュロスを抱えて利用できるはずもなく。
さすがに食料が尽きることはないだろうけれど、こんなことではどれだけかかるかわからないと思っていたところを、偶然、荷馬車が通りかかってくれたのは、まさに幸運だった。
最近は魔物の動きも活発だし、一商人であるというその男性に、護衛もさせてもらいたいと頼み込んで、向こうも運悪く、出かけ先の街で護衛をしてくれる冒険者を見つけられなかったからと、取引に応じてくれた。
「私も丁度パニールへ向かうところでしたから」
ということで、しばらく道中を共にすることになったのだけれど。
「どういったものを運んでいらっしゃるのですか?」
馬車の荷台には壺やら鞄やら、いろいろと並べられているけれど。
「依頼があれば、大抵のものはなんでも。いくつもの商家の方から、いくつもの商品をお預かりして、それを捌くのが私共の生業ですから」
衣服や宝飾品、陶器、それから素材まで、種類には統一性というものは感じられなかった。
魔王軍の侵攻は増してきているとはいっても、まだ、こういう流通経路が失われているわけではないのだと、わずかではあるけれど、安心もできる。
「なにか、姫様のお目に適うものがおありでしたら、お申し付けください。お連れの皆様方もどうぞ」
旅に必要なものは揃っているし、食料などの消耗品も、アマティスタを出る際に補給したばかりだ。
今は馬車に揺られている最中だし、パニールへの道のりに迷宮などがあるということもない。
「おい、見てみろよ、ルシオン。さすが、商人だ。これからの季節ってものをわかってる」
なんの話だろう、と思った僕にシュロスが押し付けてきたのは、布切れだった。
いや、ただの布切れではない。
「これは、水着ですか?」
ついこの前、湖水地方での話をしたところだったので、まさにというか。
「おう。せっかくだし、姫さんたちに着てもらうってのはどうだ?」
「今ですか?」
この馬車の中で?
それになんの意味が?
「目の前がより華やかになるだろ。水着の美女が、あえて、水場からは程遠い場所でいるというのも、なかなかにおつじゃねえか」
ええー。
なんというか、それは風景に合わないし、やっぱり、衣服にはそれに適した用途というか、場所があると思うけれど。
だいたい、水着で進むパーティーとか、クレアやエストが奇異の目で見られることにもなりかねないと思うのだけれど。
そうなると、僕たちが無理やりそういう格好をさせているのだと誤解される――いや、その場合は誤解ではないのか?――かもしれないし、そんなことで目立ちたくはない。
「まあ、楽しみは後にとっておくか」
シュロスは諦めたように頭の後ろで手を組んで、荷馬車の後ろから空を見上げ――たかと思うと、すぐに頭を引っ込めて、置いていた剣を腰に下げ。
「どうしたんですか?」
「気付かないか?」
それに応える前に、馬車に衝撃と、大きな揺れがあり、座っている床が浮くような感覚に襲われた。
「きゃあ」
馬車が傾き、女性陣は滑ったり、踏ん張ったりで、僕たちも流されたり、激突したり。
「なにが起こっているんですか?」
「魔物が、今俺たちの乗っているこの馬車を捕まえたみてえだな」
僕も後ろの布を開いて見上げれば、巨大な鳥に似た魔物が、その大きな鍵爪で、荷馬車をしっかりと掴みこんで羽ばたいていた。
「まったく、空飛ぶ荷馬車なんて、初めての経験だぜ」
「もしかして、私たちを餌と勘違いしたのでしょうか?」
疑問を浮かべるエストに、そんな馬鹿な、と言いたいけれど、現実的には、餌を持ち帰る親鳥の構図そのまんまだ。嘴で咥えられ、挟み砕かれていないだけマシと言えるだろう。
「早めに対処したほうが良さそうだな。うまいやり方あるか?」
「一番は魔物を倒すことだと思いますが、この高度です。下手をすれば、真っ逆さまで、死にますよ」
空を飛ぶ馬車、というのは王都でも見たことはない。
あれば便利だとは思うけれど、それが発展しないのにはなにか理由があるはずで。
「馬車は飛ばすことができないのではありません。それをしていては本末転倒なので、していないということです」
馬車に飛行魔法をかけることは、できなくはない。
ただし、その維持には魔力を消耗するし、それでは咄嗟に魔物などに襲われた際に、対処が遅れるということにもなる。
時間や険しい道などの短縮、省略は魅力的ではあるけれど、それと労力が釣り合ってはいない、ということなのだろう。
一応、刻印魔法もあることにはあるけれど、それは馬にはつけられないし。
馬を省いていては、刻印魔法がいざ効力を失った際(たとえば、汚れた、傷つけられたなど)魔法師の供がいなくては、移動できなくなってしまう。
「しかし、ルシオン。幸い、今は魔法師が三人います。確認しますが、エスト。あなたも《飛行する魔法》は使えますよね?」
神官の仕事的に、空を飛ぶ必要はあまりないとはいえ。
しかし、エストは困り顔を浮かべて。
「私は、お恥ずかしいのですが、あまりそういった魔法を得意とはしていません。自分で短時間、わずかに浮く程度であれば可能かもしれませんが、他人様や、ましてや馬車などを飛ばすことはできないと思います」
どうやら、神官の魔法というのは、いわゆる、不浄なものを払うだとか、呪いを解くだとか、怪我を治したりなどといったことに特化されているため、他の魔法は不得意なのだとか。
学院では習う魔法でも、教会などでは教えないということか。むしろ、それを教えているよりも、他の、たとえば《浄化する魔法》などの鍛練をしたほうが、役割的には重要だということなのだろう。
そうすると、僕とクレアだけで、シュロスとエスト、それから、商人の方と荷台と馬二頭を飛ばすことになるけれど……まあ、荷台と馬を浮かせて、他には中に入っていてもらうという方法もなくはないか。
いずれにせよ、早めに対処しなくては、目的地から離れて、巣に持ち帰られでもしたら厄介だ。
「シュロス。あの鳥型の魔物ですが、どうにかできますか?」
今は荷馬車の天井部分にいるだろう魔物。
僕とクレアは《飛行する魔法》に集中しないと、全員潰れてお終いになるし、相手をすることはできない。
「どうにかできるかって、しなけりゃ死ぬかもしれないんだろ? まだ、水辺で水着姿ではしゃぐ女の子たちの姿を見てないんでな。死ぬわけにはいかねえだろ」
それから、馬車の御者である商人の方にも確認をとり。
「じゃあ、やるか」
動機はさておき、シュロスは荷台の後ろに足をかけて、天井に掴まり懸垂の要領で屋根に乗ると。
「それじゃあ、あとは頼むぜ、姫さん、エスト、ルシオン」
荷台を蹴る音、肉を絶つ音、魔物の悲鳴。
羽ばたきの音が乱れ、急降下する馬車の中で、僕たちは視線で誰がどこを担当するのか、一瞬で決め。
「《飛行する魔法》」
とはいえ、さすがに馬車を持ち上げるには、重力落下のほうが魔力を放出するより早かったらしく。




