アマティスタの神官 12
そもそも、魔族が言葉どおりに見逃してくれるとは思わない。
逃がしたようなふりをして、背後から襲われたのでは意味がない。そして、相手の実力がこちらより上だというのであれば、どうせ追いつかれるのだからここで逃げることに意味はないし、逆に僕たちが勝っているというのであれば、倒してしまえば済む話だ。
どちらにしても、魔族の言葉なんて信じることはないのだから、この問答自体、無駄だというものだ。
「言うねえ。だが、おまえらの希望なんざ、俺たちがすぐにぶち砕いてやるよ」
そのキャティネーレの言葉を合図にしたかのように、従えている魔物たちが行動を開始する。
「それじゃあ、こっちも行くぜ。剣も新調したことだしな」
何日もかかるものかと思っていたけれど、そうではなかったようで、シュロスは腰に下げていた長剣を抜き放つ。
とくに意味をもって眺めていたわけではないのだけれど。
「ああ、これは、打ち直してもらっている間に借りた物だ。慣れてはいねえけど、切れ味は確かめたし、剣がないんじゃ生活にならねえからってんでな」
シュロスは素手での戦闘もいくらか、すくなくとも僕と互角かそれ以上にはこなせたけれど、やはり、本職は剣士だから。
魔王軍が、基本的には自分より格上と見做しておいたほうが良い以上、得意な戦い方をするべきだし。
「それは新調したというより、新調していると言ったほうが正しいのではないですか?」
とはいえ、今回は四人いての戦闘だからだろうか、前回一人で魔物と対峙していたときよりも、ある程度、軽口を叩き合える程度には、僕にも余裕――油断では断じてない――があった。
「シュロスさん、剣を失礼いたします」
後ろにいるエストがシュロスの剣に炎を纏わせる。
前回の戦闘の情報、キャティネーレの放った植物型の魔物に炎が有効だったという情報は共有している。
見たところ、種類というか、種族というか、外観は違うけれど、今キャティネーレの使役している魔物も植物のようなものと判断して間違いなさそうだ。
もちろん、あれらが再生能力まで有しているかどうかはわからないけれど。
エストは、攻撃関連の魔法には詳しくないと言っていたけれど、自分で直接攻撃するのでなければ、ある程度は使うことも可能らしい。
「シュロス、突っ込むのは待ってください」
さっそく切り込みにかかっていたシュロスをクレアが静止する。
「なんだよ、姫さん。あんな量産型にやられるように見えるか?」
シュロスにとって、あくまでも標的はキャティネーレと、そのキャティネーレが乗っているような、最も巨大な魔物。
巨木を数本合わせたような太さの茎に幾本もの長短太細の触手、雲のように巨大な葉と、その大きさに見合った巨大さを誇る毒々しいまでの真っ赤な花びら(と呼んでいいものか)には鋭利な歯が無数に並んでいた。
その蔓の一薙ぎは、周囲の木々を打倒し、地面を抉る。
真っ赤な花からは、花粉……ではないだろうけれど、おそらくは僕たちにとって有害だろう粉がまき散らされていて、周囲の空気を薄い黄色に染めつつある。
これ、吸ったらまずいやつだよなあ。
呼吸しないというのは不可能だけれど、そのために周囲に《浄化する魔法》をつかっても、あの花粉らしきものは次から次へと生成されているわけで、直接的な効果があるとは思えない。
しかし、キャティネーレ自身には、その効果が表れているようには見えない。
「《風を操る魔法》」
目の前に、一条の竜巻が発生する。
それに巻き取られて、花粉は周囲に拡散されることなく、空へと舞い上がり、霧散させられる。おそらくは、《浄化する魔法》も同時に行使されていたのだろう。あの花粉に含まれていた毒素も無害化されているようだ。
「ルシオン。フォローは任せてください」
クレアの声に僕は返事をするよりも、キャティネーレを目掛けて突っ込むという、行動で示す。
あの植物型の魔物がどのような能力を持っているのか、今のところは、花粉のようなものと蔓や葉での攻撃以外にはわからないけれど、仮に前回の魔物と同じ性質を持っているのであれば、魔法を反射されてもおかしくはない。
その場合できることは、超長距離から、魔力探知も許さないほどの速度で一度に消し去るか、超近距離で、反射すら間に合わないほどの速さ、物量で、押し切るか。
ただ、この魔物の大きさは、この前のやつの数倍以上。遠距離に離れすぎるのは連携をとる関係上でもよろしくない。
ならば、近距離一択だ。
「俺が道を切り開く」
シュロスが剣を振るう後について、植物型の魔物に向かって走る。
噴出される花粉はすべてがクレアの《風を操る魔法》により飛散させられ、迫る蔦はシュロスが斬り刻み、エストの防御魔法が弾く。
これなら――。
「俺を忘れてもらっちゃあ困るな」
蔦のように伸びてきたキャティネーレの指、というか手が、僕の首を掴む。
唱えずに放った《空気の刃を飛ばす魔法》は、その手首から先を断ち切ったけれど。
「……あなた自身もあれらと同じようなもの、ということですね?」
「俺のほうが高等だけどな」
キャティネーレ自身、身体の一部か、それともすべてか、植物のようなものでできているらしい。
断ち切ったところは、すでに新しい手――に相当する部分に生え変わっている。
もしかして、魔力の続く限り、永遠に生え変わり続ける? いや、それなら、前回、撤退する理由はない。なにか、タネというか、秘密があるはずだ。
「なるほど。前回、背後にいたエストを襲うことができたのは、それが理由ですか」
おそらく、地面に立つ足から根を伸ばし、エストの下から生えさせた自身の一部だったということだろう。
その後は切り離しても魔力で操作できたりするのかもしれない。
だとすれば。
「クレア」
「わかっています」
振り向くことはできないけれど、背後から聞こえてきている音でわかる。
おそらく、クレアたちの足元、地面から、あのときと同じように触手が生えてきているのだろう。
「こちらは私たちで対処します。ルシオンはキャティネーレを」
しかし、そうするとシュロスが一人であの植物型の魔物と対峙することになるのでは?
まあ、シュロスは男だし、なんとかするだろう。
薄情だと言われるだろうか? いや、シュロスが僕の立場だったとしても、同じように、僕のことは問題ないだろうと判断するはずだ。そんなことより、女の子たちの心配を先にしろと。
「いいのか? あれらはすでに独立した。俺をやっても止まらねえ」
「問題ありません。クレアたちを信じていますし、どのみち、あなたをやらないことには、未来はありませんから」
キャティネーレは笑みを濃くしたようで。
「おまえ一人で、俺に敵うとでも?」
「やってみなければわかりませんよ」
魔力の量だけで戦闘のすべてが決まるわけではない。
たしかに、キャティネーレは魔物を幾体も召喚、使役できるだけの魔力に長けた魔族かもしれないけれど、だからといって、絶対に勝てないと決まっているわけではない。
「ああ、悪かったな。俺たちに、だったな」
言うが早いか、背後にいた魔物たちの行動を開始する。
今まで行動を起こさなかった理由はわからないけれど、あの無数の魔物たちまで加わってくるのは厄介だ。
しかし。
「そちらも問題ありません」
すでに、シュロスの剣に纏っている炎が有効だということは目に見えている。
ならば、同型の魔物も同じだろう。
「やれれば、なっ!」
飛び上がったキャティネーレは、やはり、自身の指先を伸ばして突き殺そうとしてくる――と思って防御魔法を構築すれば。
「なにも、まっすぐ伸びるだけじゃないんだよ」
ぐにゃぐにゃとその進行方向を曲げた指は、防御魔法を躱して、僕の首を絞めにくる。




