フロリア山の迷宮 23
ゼロか一かという魔法だけのことはあり、《拘束する魔法》が成功すれば、後は楽なものだった。
この《拘束する魔法》は、見た目は――今は――輪のようになって囲んでいるだけだけれど、実際には頭の先から足の先までの動きを制限するという魔法でもある。
たまたま、そこに輪が現れているだけで、まあ、心臓の動きまで止められるわけではないのだけれど、自力で動くことは相当困難になる。
「一応でもなんでも、とどめを刺さねえと先には進めそうにねえな」
巨人の生殺与奪権は、今のところ僕たちが握っているわけだけれど、この階層からの出口――先へ進むもの――は見当たらない。
この迷宮も、完全に倒しきるまでは僕たちを出すつもりはないということなのかもしれない。
「では、私が」
クレアの指先から一条の光が伸び、あっさりと巨人の首と胴を離れさせれば、どこからともなく、地響きが聞こえてくる。
ここにきてまだ敵襲が? と思い、僕たちは警戒して周囲を見回す。
「おい、あれ」
シュロスの前方の壁が開き、そこに金貨の山と、宝箱らしき箱が現れる。
迷宮の切り札というか、主、もしくは、最強の番人的な存在であった巨人を倒したことにより、迷宮が白旗を振ってきたようだ。
ようするに、どうぞこれらを差し上げますからもう出ていってください、というやつだ。
本当に、迷宮自体が巨大な魔物にも思えてくる。
「こういう宝って、どうやって作られてるんだろうな。まさか、全部が全部、この迷宮で力尽きていった冒険者たちの、ってわけでもないだろうに」
シュロスが金貨を一枚摘まみ上げ、しげしげと見つめる。
それは間違いなく、今、神聖アステーリオ王国でも使われている金貨そのものだった。
もちろん金貨だけではなく、短剣や長剣みたいな武器や、ネックレスやアミュレットのような装飾品、杯や水晶なども見受けられる。
「一応、迷宮の魔力によって生み出されている、まあ、魔物などと同じ理論で語られてはいますが、実際にその瞬間をこの目にできるわけではありませんからね」
それに、その理屈だと、新しく生まれたとか、発見され迷宮にはお宝がなにもないということにもなるし。
しかし、それだと、冒険者もやってきてはくれないわけで、それは、迷宮にとっても困ることなのだろう。多分。
来てほしいけれど、来てほしくない。
新手のツンデレかな? まあ、迷宮の性質についてあれこれ考えを巡らせても仕方ない。そうして存在しているものだし、僕たちがどうこう働きかけて、それを変えられるわけでもないからな。変えたいとも思わないし。
そして、魔力で作り出されているといっても、実物であることには変わりなく、時間経過で、とか、魔力がつきて、などということで消滅することもない。そもそも、すべてに魔力が付与されているわけでもなく、すでに独立したものとして存在しているわけで。
「とにかく、これで当面の路銀を心配しなくて済むようになったのは大きなことです」
クレアがそう言いながら、硬貨を《収納する魔法》でしまってゆく。
咄嗟の事態に対する鍛練になる――それもこじつけ気味だ――とはいえ、やはり寝床は宿をとることができたほうが嬉しいからな。とくに、クレアは女の子だし。
「シュロスはどうですか? そこの剣の質は今持っているものより高かったりしますか?」
僕も、クレアと同じように戦利品を収納しながら尋ねてみれば、金貨の山に埋もれるように刺さっている剣を引き抜いたシュロスは、水平にしてみたり、真っ直ぐ立ててみたり、それから指でなぞったりもしてみて。
「どうかな。今持ってるこれと同じくらいにしか見えねえな。売ればそこそこの値段にはなるんじゃねえか?」
シュロスとしては、そこまでの魅力を感じたわけではないらしかった。
この迷宮に入ってから、剣の切れ味に不満があったみたいだし、今回は《切れ味を鋭くする魔法》のおかげもあって無事だったけれど、もし、性質が良いようなら、とも思ったのだけれど。
「まあ、結局のところは使ってみないとわからねえけどな。一応、持っとくかかな。本当は、自分で鉱石見つけて、鍛冶師んとこに依頼に持ってくのが良いんだけど」
そう言って、結局、シュロスはその剣を腰に差した。もともと持っていた長剣と交差するように反対側から。
「それで、この宝箱はどうします? 開けてみますか?」
まさかここにきてミミックということもないだろうけれど。
そもそも、あの巨人を倒し、この宝を目にすることになった冒険者に、ミミックごときでどうにかできると思っているわけでもないだろう。
「ここまで来て開けないって選択肢もねえだろ」
ですよね。
鍵穴だけで、鍵が周囲には見当たらなかったので、《鍵を開ける魔法》で開いてみた。
とはいえ、中身はこれといって特別なこともなく、宝石の類だった。
「では、これらはクレアのものですかね」
基本的に、こういう迷宮での発見物は、発見者が所有権を主張して構わないということになっている。
「だな。まあ、俺たちが持っててもしょうがねえし」
僕もシュロスも、宝石――に限らず、およそ装身具と呼ばれる物全般――に関わりの深い生活をしているわけではない。
対して、クレアは王女という立場があり、王族として、どこそこのパーティーに出席しなければならないとか、記念式典に呼ばれるとか、機会も多いだろうし。
そもそも、僕もシュロスも、あまり宝石類に興味はなかった。
もちろん、身につけていると防御に役立つとか、そういう感じの道具は、あってもいいかとも思えるけれど。
「クレアは迷宮に潜ったのは初めてですよね。だったら、その初めての記念という意味でも」
さすがにこの宝、全てを《収納する魔法》で持ち帰ることはできない。
もちろん、金銭的な意味は価値があるけれど、イエティの毛皮だって、防寒具を作ってもらうには必要なものだし。
まあ、これだけ金貨が手に入るとわかっていたなら、面倒な手間はかけずとも、新しい、既製品を手に入れても良かったけれど。
もっとも、いくら懐に余裕ができようと、自分たちで素材を持ち込んだほうが経費は安く抑えられるし、それはそれで良いことだとは思う。
「……そうですね。なにがどこで役に立つかわかりませんし、最悪、売れば路銀になりますから」
というわけで、僕たちは手分けして《収納する魔法》の許す限りを持ち出して。
「さすがにここまで来たら出口だよな?」
明らかにここから出ていってください、とばかりに用意された壁の扉を、シュロスが用心深く観察する。
ここで、実は扉に擬態した魔物で、油断した冒険者を襲って宝を回収し、なんて悪辣な真似はしてこないと思う。ある意味、迷宮というのは人間より単純だから。合理的といったほうが良いのかもしれない。
「心配なら、吹き飛ばしますか?」
僕はいつでも《炸裂させる魔法》を放てるように準備する。
とはいえ、出て行ってくれといって、宝まで差し出してくれた相手に対して、攻撃など加えようものなら、逆に怒らせてしまい、延々と物量作戦で押しつぶされることにもなりかねない。
なにせ、相手の魔力は(ほぼ)無限であり、そうなれば、こちらに勝ち目はないからだ。
ここは大人しく従っておいたほうが無難だろう。
「いや。それには及ばねえよ」
シュロスが扉を開いた先に広がるのは、壁にできた階段と、その先の森、そしてさらに奥には街が見える。
「あそこがアマティスタですね」
クレアが眩しそうに空を見上げる。
迷宮内部では外の様子など知りようもなかったけれど、どうやら、丁度太陽も中天に差し掛かったところのようだ。
上手くいけば、今日はベッドで休むことができるだろう。
「あそこには、まだ魔王の手が伸びていないと良いのですが」
「確認のためにも急ぎましょうか」
とはいえ、一旦は迷宮を攻略したことの余韻からか、僕たちは手を合わせた。
三人揃って無事に踏破できて良かった。




