フロリア山の迷宮 22
巨人に攻撃が入り、バランスを崩させたことにより、集中力を削ぐことには成功したようで、斧に集まっていた魔力の光が霧散する。
「《切れ味を鋭くする魔法》」
すかさず、クレアからの支援魔法、付与魔法がシュロスの剣へ向かう。
「ふんっ」
無事に着地したシュロスは、即座に巨人の足元まで駆け、右足の腱に向かって思い切り剣を叩きこむ。
「ちっ、浅いか」
しかし、斬ることができたのは腱のほんの一部だけだったらしい。
それでも十分にすごいことだとは思うけれど、巨人の行動力を奪うには至らない。
だからこそ、僕たちが一緒に戦っている意味がある。
「《炸裂させる魔法》《炎を操る魔法》」
同じ種類の、たとえば《炎の槍を飛ばす魔法》で同時に幾本か槍を生み出すことは、それほど難しいことではない。魔力の運用が同じ魔法だから。
しかし、これが《氷の刃を飛ばす魔法》と一緒に使うなどということになると、それが基礎の魔法であっても、急に難しくなる。魔力を別々に運用しなければならないわけだから。想像はできても、現実のほうが追い付かない。
それを可能とするのは、やはり地道な鍛錬だろう。もちろん、学院に通っていたころには、最初から同意に行使できていた才のある人もいたけれど。
それはつまり、学院ではその運用方法を教えているということで、めでたく修了した学生には、難なくとはいかないまでも、行使できるようになっている技術でもあるということだ。
僕が同時に行使した魔法は、それぞれシュロスの斬りつけた傷口を広げ、踵を断絶させる。
「《空気の刃を飛ばす魔法》」
とどめとばかりに、クレアからも同じ個所を狙った魔法が飛び、とうとう、巨人の右足首から下を完全に切断することに成功する。
左右で高さが崩れれば、バランスは傾く。
「《土を砂に変える魔法》」
そこで手を緩めることなく、完全に巨人を倒しにかかれば、バランスを失った巨体は、あっという間に足をとられ、反対側の膝までつかせることに成功する。
しかし、巨人もただ黙ってこちらの策に嵌ってくれるだけではない。それならば楽だっただろうけれど。
完全に切り離された、元は自分の一部だった足首から下を立てると、無くなった足首から上の部分で、思い切り踏みつけた。
思わず、といった様子でクレアが顔を背けたのが確認できた。
女の子だし、仕方ないかもしれないけれど、骨の部分を肉の部分に無理やり差し込んだ形だ。痛いとか、そういう次元ではない気がする。それとも、やつらには痛覚が存在しないのだろうか? いや、そんなことはないだろう。
そんなことを思っていると、巨人は口から極寒の吹雪を吐き出して、しかし、それは僕たちに向けた攻撃ではなく、あろうことか、自分自身に向いていた。自身の、まさに怪我したばかりの足首へと。
巨人の吐き出した吹雪により、足首は、見た目、繋がっているようにも見える。おそらくは、痛覚も――あるならば――同時に麻痺させたことだろう。
「あんなのありか?」
シュロスが呆れたように口を空ける。
僕だってあまり信じたくはないけれど、実際に目の前で起こっていることだ、信じないわけにはゆかない。まさか、幻覚魔法をかけられているわけでもないだろうし。
「逆に考えれば、あの巨人が回復魔法を使えないことの証明でもあります。あんな手間をかけるくらいなら、使わない理由がありませんから」
そして、これは巨人が攻勢ではなく、守勢に回ったことを意味してもいる。
僕たちの排除より、自身の救命を優先したわけだから。
つまり、僕たちは確実に巨人を追い詰めている。
まあ、今のはたまたま連携が上手くいっただけとも言えるし、巨人も警戒するだろう中、もう一度成功させるというのは、難易度が高いだろう。
「とにかく、こっちの攻撃も通じてはいるってことだな」
シュロスが俄然やる気になったように、今度は反対の足元目掛けて駆ける。
「《炎を操る魔法》」
対して、僕が放ったのは、高温の一手。
巨人が氷で誤魔化して動いているというのであれば、その氷を溶かしてやれば、また、行動を阻害することができる。
それに、いくら巨人でも、応急処置した箇所を狙われるのは、あまり良い気はしないだろう。そんな感情を持っているのかどうかは別にして。
「《閃光を炸裂させる魔法》」
空中のクレアが、巨人の目の前で眩い光を発する。
巨人が顔を覆う瞬間を見計らい、
「《地面を操る魔法》」
今度は僕が巨人の足元を思い切り隆起させる。
今度こそ、巨人は完全にバランスを崩し、尻もちをついて地面に倒れ込む。
ちょっとした地震ではないかと思えるほどの地響きと揺れが起こり、寸でのところで空中に逃れた僕はともかく、シュロスは巻き添えになって、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。
「ぐえっ」
幸い、自身の剣に貫かれる、なんてことにはならなかったみたいだけれど。
「すこしはこっちのことも気にしてもらえると助かるんだが。俺はおまえらとは違って、気軽に空は飛べねえんだぞ」
「シュロスなら大丈夫ですよ」
クレアがにっこりと微笑んだ顔を見せる。
信頼なのか、それとも、まだ根に持っているのか。
「あれか。これは、年頃の女の子が気になる男にちょっかいをかけるってやつだな」
当のシュロスも、どうやら、まだまだ余裕があるらしい。放っておいても大丈夫そうだ。
「《炸裂させる魔法》」
二人のことは放っておくことにして、巨人がダメージから回復しないうちに、攻勢を強める。今が好機であることには違いないし、一秒後には形勢がどうなっているのかわからないのだから、この瞬間を逃すわけにはゆかない。
僕とクレアは、魔力の続く限り、攻撃魔法を放ち続けた。
もはや、場所など関係ない、質より量の感覚で。
実際、空中を飛び回り、上下左右前後、ありとあらゆる方向から二人の魔法師によって魔法を放たれ続けるというのは、巨人にとって――いや、何者が相手であったとしても――相当効くはずだった。
「《切れ味を鋭くする魔法》」
もちろん、合間にシュロスの剣に魔法の付与を重ねることも忘れない。
ここで倒しきらなければじり貧だけれど、だからこそ、必死の攻撃は巨人を追い詰める。
例の、吹雪を繰り出す攻撃こそ来ないものの、巨体が大きく思い武器を振り回しているだけであっても、十分な脅威となる。
とくに、今までとは違い、今は滅茶苦茶に振り回しているという感じで、もしかしたら、予測がしにくい分、かえって厄介ともいえるかもしれない。
とはいえ、それはつまり、余計な手間はかけないということでもある。今、巨人が斧を持っているのは右手だけれど、右手の死角に攻撃が届くことはない(左手に持ち替える)ということだ。
戦闘において、洗練されただけの動きでは、逆に単調になり、先を予測されるということもあるという。
もちろん、理にかなった攻撃の流れが有効であることは確かかもしれないけれど、無秩序的な攻撃も、中途半端に慣れている者にとっては、かえってやりにくいということもある。
「ただし、力は先程までよりも落ちているようですね」
僕は重ねた防御魔法で、着地した瞬間を見計らって放たれた巨人の斧による一撃を防ぎ切ってみせる。
先程までであれば、巨人の力のほうが勝り、防御魔法ごと切り裂かれて、胴体が泣き別れになっていたかもしれないけれど、今回は足元を削る程度で、受けて、耐えきることができた。
それはつまり、拘束魔法が通用するということでもある。
「《拘束する魔法》」
防御魔法に使われる魔力も、《拘束する魔法》に使われる魔力も、両方とも、僕が練り上げた魔力だ。
ならば、防御魔法に耐えられることが、拘束魔法に耐えられないこともない。




