フロリア山の迷宮 8
柱を崩した途端、天井が落ちてきて潰される、などという事態になれば、吹雪が止んだところで意味がない。
ただ、この広い空間をあの柱一本だけで支えているとは思えない、しかし、魔法的ななにかであれば、その可能性も捨てきれない。
「どう思いますか? あまり考える時間はなさそうですが」
一応、今のところは防寒具と魔法で寒さに対抗しているとはいえ、所詮、付け焼刃感は否めない。
不幸中の幸いといえるのだろうか、地面は凍っているのではなく、なぜか一定の高さまでしか積もらない、次々と降り積もる雪に覆われているため、普通に進んで滑って転ぶことはなさそうだけれど。慰めというには、大分心もとない。
「見たところ、あれぐらいしかこの階層――部屋にはなさそうじゃねえか。それに、わざわざ、意味のないものを設置するとも思えねえ。前の部屋に似たような柱はなかったし、とりあえず、ぶっ倒してから考えようぜ。つうか、そろそろ、寒さがヤバイ」
シュロスは、すでに剣を抜き、構えをとっている。
直接武器を手でとる関係上、かじかめばその制度も落ちるわけで、シュロスの戦力が落ちないうち、短期決戦、決着が望ましい。
まさか、手袋をしてから剣を握るなんてできないだろうし。
「心配には及ばないぜ、ルシオン。ちゃんと、冬にでも使えるように、グローブを持ってるからな」
シュロスは荷物の中の奥のほうから、革製と思しき、両手のグローブを取り出す。
春や夏には、基本、使う機会はないだろうからな。
この階層を突破するために吹雪を止めたほうが都合が良いのであれば、本来なら、ひとまずは交渉などを試してみるべきかもしれない。
避けられる戦いを避けるのが、優秀な証拠ともいえるだろう。
しかし、僕たちはこの攻略に求めるものは、実力を上げることだ。できる限り、迷宮内の仕掛けやモンスターとの戦闘やらには関わるように進みたい。
魔王軍に属する魔族や、魔王そのものに交渉――では済まないだろうから。
あまりしゃべり続けていても、開けた口から冷気が入り込んで寒くなるので、タイミングなど、僕たちは目線とジェスチャーだけで合わせる。
クレアが手を振り下ろすのを見送り、直後に僕たちも装置へ、つまり、氷の女王とイエティのとこへ突貫する。
作戦もなにもない。
ただ生物の本能として、身の危険を感じるほどの寒さからは早く逃れたいという一心で、《飛行する魔法》による加速もつけつつ、文字どおり、突っ込む。
そうすれば、相手との体格の差を埋められる。
正直、寒さで手いっぱいで、いろいろと魔法に割く集中力が持ちそうにない。
「どうせ後で復活するだろうことはわかっています。せめて、僕たちが一度ここを突破するまでの間だけで構わないので、休んでいてください」
帰り、というか、僕たちの目的は先へ進むことなので、あるとしたら、魔王を討伐して戻るときなんかになってしまうかもしれないけれど、ここの迷宮の仕組みが、一度壊しても復活するだろうことは予想している。他の迷宮と同じだろう。
そう言ってはみたものの、当然、迷宮の魔物相手に言葉による説得など通じるはずもない、というより、言葉が通じるのであれば、それはもう、魔物ではなく、魔族だろう。
低い唸り声を上げながら振り向いたイエティは、僕たちを押し潰さんと、その腕を振り下ろしてくる。
「ルシオン。俺が前に出る」
一直線になった僕たちの戦闘に出たシュロスが、剣を斜めに構え、イエティの一撃を受け流す。
おそらく、そのままでは剣が通らないと判断したのだろう。
もちろん、それだけでなく。
直後には無防備な懐に潜り込み、真っ直ぐに剣を突き刺す。
背中側から噴き出しただろう血が、雪で白い地面を紅く染めたのが、イエティの股の下から見える。
一体がやられたため、一応、仲間意識というものはあったのか、近くにいた二体が方向転換して、シュロスへと向き直ると、怒ったような表情で襲い掛かろうとする。
もちろん、そうはさせないのが僕たち後衛組の役目だ。
十分に強化した障壁を、イエティとシュロスの間に割り込ませれば、イエティの振り下ろした腕を弾き、さらにはイエティからわずかな空白の時間を捻り出すことに成功する。
自身の腕が弾かれたことが不思議なのか、そちらへ向かって頭を捩じりシュロスから視線を切った、その隙を逃すようなシュロスではない。
いくら、魔物の身体が魔力の塊ではあっても、意識していなければ、その部分に魔力防御を展開したりはできない。
下から掬い上げるように振り切られたシュロスの剣は、先頭にいたイエティの右腕を肩口から斬り飛ばす。
鮮血が吹き出し、イエティがなにが起こったのかを把握する前に、今度は重力加速を伴い、落ちてきたシュロスの振り下ろした剣が、イエティを真っ二つにする。
「おっしゃ」
同時にシュロスは後ろへ飛びすさる。
僕たち侵入者のことなど、せいぜい、吹き抜ける風程度にしか思っていなかったのだろう、氷の女王や他のイエティたちの動きが停止する。
その視線が注がれるのは、もちろん、彼らの仲間のイエティを直接両断したシュロスと、その刀だ。
「さて、ここからが本番だな」
その視線を受けて、シュロスは真っ直ぐに見睨み返す。どこか挑戦的というか、余裕の窺える表情で。
今のは奇襲のようなもの。倒せたのは運が良かったからだ。
他のイエティは、連携など知ったことかというように、真っ直ぐにシュロスへ向かう。氷の女王だけは、少し離れた場所で静観しているみたいだけれど。
氷の女王だけに、情には冷めているのか、それとも自身とは違う種族のことだからなのか、とはいえ、参戦してこないのであれば、こちらとしてはありがたい。言うまでもなく、相手にする数は少ないほうが良いに決まっているのだから。
ただし、余裕を見せておくことは、悪くはない。魔物相手だから意味は薄いかもしれないけれど、こちらが余裕を見せることで、相手が焦ったり、取り乱したりしてくれるかもしれないのだから。
残ったイエティのうちの、おそらくはトップ(そう呼ぶのが正解かどうかはわからないけれど)なのだろう、一際大きな個体のやつが、咆哮を上げる。
それを合図にしたかのように、一斉に突撃してくるイエティの群れ。
ただでさえ、気候で不利なのだから、もうすこし僕たちに配慮してくれてもいいのでは? などと言ってみたところで、迷宮と会話が通じるということはない。そもそも、迷宮には意思疎通など必要ないのだから、いくら生物(魔物)のようだといっても、所詮は迷宮。
「来るぞ。このまま、俺が前に出る」
いくら寒くて感覚がなくなりそうとはいえ、味方に攻撃を当てるような真似はしない。
「こちらのことは心配しないでください」
「背後から襲わせたりはしません」
僕とクレアも、シュロスの援護をしつつ、周囲を牽制の意味も込めて、吹き飛ばし、あるいは、切り捨て、塵にしたり。
「助かる、ルシオン」
走り、加速をつけたシュロスは、魔物の真上まで――毎度、あの飛び上がるには重い装備と武器でどうしてできるのかは不明だけれど――跳躍し、重力的な加速も相まって、そのままの速度で叩きつけ。
そのイエティは、声を出す暇もなく、倒された。
ただし。
「シュロス、次です」
「わかってるよ」
この空間内に存在する、敵対の意思を持った(というより、今まさに持たせてしまった)イエティは、今倒した一体だけではない。
少なくとも、今目の前に観測できるだけでも、あと四体ほど。




