フロリア山の迷宮 6
◇ ◇ ◇
僕たちの目的は先へ進む、急ぐことだけれど、それと同時に魔王とその軍勢を打倒すための個々人の実力をつけることも必要な課題だった。
だからこそ、この迷宮の試練にはすべて答えてゆくつもりだ。
とはいえ、もちろん、行き止まりでもない道を引き返したりはしないけれど。
ガーゴイルの像を倒してから、それが合図のように開いた壁の先へと続く通路を進んで行くと、螺旋階段が見えてくる。どうやら、地下へと潜れ、ということらしい。
出口は地上にあるはずなので、遠回りなことこの上ないけれど、そうしなければ先へ進めないのだから仕方がない。
一応、迷宮を構築する壁を破壊して進もうかとも思ったけれど、構築物は頑丈で、ちょっとやそっとの衝撃では壊れてくれそうにはなかった。
もっと魔力を上げれば可能だったかもしれないけれど、不可能だったかもしれない。
そして、そこで魔力を消耗してしまうと、仮にできなかった場合に、次に起こる脅威に対処できない可能性もあった。たとえば、一定以上、迷宮にダメージを与えた際に発動するトラップとか。
僕たちにとってここが初めて訪れる迷宮で、内部の詳細事情を知っているわけでもなく、そんなことは絶対に起こらない、とは言い切れない以上、リスクは回避してしかるべきだった。
修行と無謀は違うのだから。
「定番なのは、この階段が崩れていったり、巨大な玉が転がってきたりすることだよな」
おそらくは、僕たちの中ではもっとも迷宮に潜っているだろうシュロスが、そんなことを口にする。
「シュロス。余計なことを言わないでください。本当になったらどうするんですか」
言霊、というものがあるのかどうかは知らないけれど、酒瓶から駒が出た、などという話もあるくらいだ。
ここが迷宮で、あのガーゴイルが襲ってきたように、僕たちの存在をどこのなにが感知しているのかもわからない以上、不用意な言動は避けるべきだ。
「馬鹿野郎、ルシオン。もし、本当にその言霊とやらがあるんだとしたら、俺は今すぐ、姫さんの恥――」
シュロスの顔のすぐ横を、鋭く尖った氷が飛んで行く。
僕もシュロスも仕掛けにひっかかったような感覚ではなく、魔力の発生源は、間違いなく、僕の前を歩く銀の背中だった。
「私がどうかしましたか、シュロス」
多分、クレアは満面の笑みを浮かべているのだろうな。もちろん、本来とは真逆の意味の。
そのくらいには、クレアの感情が読み取れるようになってきた、というより、今のは誰にでもわかるだろう。本当に、シュロスは懲りない。
シュロスは両手を顔の横まで上げて、肩を竦める。それから耳打ちするように。
「なあ、ルシオン。うちの姫さん、怖くね? 俺はまだなにも言ってなかったんだぜ」
そういう問題ではないと思う。
普通に考えて、そこまで好ましいと思っているわけでもない異性にセクハラをされて、気分を害さない女性はいないだろう。
「毎度同じようなことで怒られるシュロスもなかなかだと思いますよ」
普通、懲りたりするものでは?
そのうち、本気で嫌われても僕は知ら……ないとは言い切れないんだよなあ、すくなくとも、こうして一緒にパーティーを組んでいる以上は。
「とにかく、節度とか、良識とか、自制心を持ってくださいね、シュロスは」
なんでもかんでもそっち方面に思考回路を繋げるのは、まあ、僕も同じ男子だからよくわかってしまうのだけれど、それを制御できるのが人間というものだ。できないのなら獣や、それこそ魔族とも変わらない。
「へいへい、わかってるよ」
毎度同じ返事のような気もするけれど……僕が気にしても仕方ないか、なにかできるわけでもないし。
「えっ? きゃっ?」
突然、小さく悲鳴が聞こえたかと思うと、目の前を歩くクレアの身体が沈み込もうとしたので、僕は慌ててクレアの腰のあたりに飛びついて、捕まえる。
しかし、思ったよりも強い力で引っ張られているようで、掴む僕ごと、地面に引きずり込まれてしまいそうだ。
「クレア。飛行、上昇してください」
僕もクレアを掴む、というより、抱きしめる格好になったまま、力いっぱい、飛び上がる。
瓦礫を砕きながら、なにかが引っこ抜けるような音が聞こえ、地面から姿を現したのは、巨大なワームだった。
「シュロス」
「わかってる。こっちも交戦中だ」
横の柱から飛び出てきたワームを真っ二つに切り裂き、返り血を拭いながら、シュロスは別の姿を見せている個体へと向き合う。
「迷宮はこんなのを飼っているのか」
シュロスが軽く舌打ちをする。
もしくは、勝手に棲みついたのかもしれない。
いくら、傷ついたり、壊れたりした部分は、一定時間後に自動で修復されるようだとはいえ、地下の階層をこんなに派手に壊してしまって、崩れ落ちてきたりはしないだろうな。
などと考えている暇はなさそうだ。
二匹目が、一匹目の開けた穴を通って、シュロスの後ろに出現した。
「《空気の刃を飛ばす魔法》」
続けていくつか叩きこめば、どうやら防御を突破できたようで、ワームが輪切りになって落ちてゆく。
ワームという魔物は、基本的には大型で、翼や手足のない竜だとも言われている。
これといって特殊な能力はないようだけれど、巨大な芋虫のような体は、それだけで十分な脅威となる。
今、僕が斬り飛ばせた部分も、一応、身体の後ろ半分ではあったはずだけれど、ぬるぬるとした血を流し、地面を汚しながら、勢いこそ弱まらず、シュロスに向かって食いつこうとする。
「斬られたんならじっとしてろよな」
シュロスは引き抜いた剣を、ワームの広げた、環状に短い歯の並ぶワームの口につっかえ棒のように差し込むと、手にしたところを支点に回転し、ワームに馬乗りになると、つっかえていた剣を力任せに引っこ抜き、頭の上から顎の下まで(ワームの身体は、大まかに言えば円柱状で、上とか下とかの基準はわからなかったけれど、正面から相対していたときに上になっていたほうが頭だろうと推測した)一気に刺し貫いた。
それでもしばらくはくねくねと動いていたけれど、それも止まり、どうやら止めを刺すことはできたらしい。
断面などを見てはみたけれど、やはりというか、煮ても焼いても食べられそうな感じではなかった。
「……一応、試してみますか?」
クレアとシュロスは揃って首を横に振る。
良かった。僕が聞いたものの、食べてみましょう、なんて言われていたらどうしようかと思っていたところだ。
「それより、ルシオン。集中を切らさないでください。まだ、来ますよ」
今の二匹で終わりではなかった。
クレアの言うとおり、上下左右に関わらず、別の壁に穴を開けながら、幾匹ものワームが巨体を見せる。
とはいえ、この階層を埋め尽くしてしまうほどではない。そうしてくれれば、逆に相手は動けないだろうから、一気に殲滅できて楽だったのだけれど。
「各個撃破と行きましょう」
クレアの号令に、僕とシュロスは返事をして。
数は多かったけれど、魔法抵抗は高くないようで、《炸裂する魔法》でも十分に爆殺できる。
もちろん、あまり派手にやると、返り血やら、臓物やらを飛び散らかして汚れてしまうので、できる限り、綺麗に対峙するようには心掛けた。
「ワームって、なにか買い取ってくれていましたっけ?」
「討伐褒賞だけですね。私が収納しておきましょう」
さすがにこの巨体全部を持ち帰ることはできない。必要な核の部分だけだ。とはいえ、それでも十分な大きさではあるわけだけれど。
さすがに、崩れた階段が修復されるまで待っていると、おそらくは別のワームにもまた遭遇することになると思ったので、僕とクレアは、ところどころ《飛行する魔法》でシュロスを運びながら、階層の出口、あるいは入口となるだろう扉を開いた。




