フロリア山の迷宮 5
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「一応、証拠品は回収しておきましょう」
砕け散った像のうち、判別できそうな部分を選り分けて、収納しておく。迷宮内での魔物の討伐でも、協会へ持ってゆけば換金してもらえるためだ。
迷宮内での戦闘で、探索者が壊した内部の装飾などは、いつの間にか修復されている。
もちろん、迷宮自体の経年劣化など、どうやら修復できないものもあるらしいけれど、おそらくは外的要因による損壊の場合だろうと予想されてはいる。
そして倒された、壊された、持ち出されたなどのものは、迷宮の一部としては扱わないと判断されるらしく、討伐者が持ち去った証拠品や戦利品が、修復のために使われていつの間にやら消えている、という事態には陥らない。
迷宮自体が永久機関(解明されてはいないから半永久機関かもしれないけれど)だということの、ある意味で証左となることだし、大抵の冒険者はそういうものとして納得している。
まあ、詳しくは迷宮に聞いてくれ、というやつだ。詳しい機構は、知っていたほうが便利かもしれないけれど、普通に探索する分には知らなくともなにも困ることはない。
集めた部位を《収納する魔法》で仕舞い。
「ここのガーゴイルが修復されるまで、どのくらいの時間がかかると思いますか?」
「そんなこと知ってどうするつもりだ?」
シュロスは気にしていないみたいだけれど、この迷宮に入ってから結構時間も経っている。
太陽や月、星の光が届かないので、時間の感覚が曖昧だけれど、時計だけを信じるならば、すでに外では日の入りをとうに迎えていることだろう。
「この部屋が安全なら、今日はここで休みませんか? お腹の空き具合もそうですが、休めるときには休んでおいたほうが良いと思います」
次の戦闘が楽なものであるという保証はないのだから。
「さあ。わからねえけど、多分、あの像が破壊されて……修復された時にもともと存在しているものには反応しないんじゃねえか?」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
シュロスは四隅にちらりとだけ目を配り。
「だってそれなら、あのガーゴイルが同士討ちをしないのはおかしいだろ」
現状、ガーゴイルはばらばらになり、散らばっている。
多分攻撃の余波などもあるだろうし、吹き抜ける弱い風のこともある。粉々になった際のその粒子が風に吹かれて飛ばされるとか、そういうこともあるだろうし、魔法で跡形もなく消し去られているということもあるだろう。
もちろん、シュロスの感覚の話だ。
もしかしたら、迷宮のこの部屋自体ができ上った際の総重量を記憶していて、という可能性もある。
その場合、ここで寝泊まりして、その間に石像が修復され、襲われました、などという事態になれば、笑うことはできない。
「大抵は一定時間……一日の切り替わりでとか、完全に破壊されてから経過した時間で、などとなっていると思いますが」
なにせ、何度も言うようだけれど、ここは迷宮内部。
人間より、余程合理的な考え方(この表現が適切かどうかはわからないけれど)をしていることだろうし、規則性があるはずだ。すくなくとも、学生のころの実習で行った迷宮はそういうものだった。
「やっぱ、おまえらでも正確な時間まではわからねえか」
シュロスにもそれはわかっていたらしい。
そもそも、迷宮の構造だってそれぞれ違うものだし、大まかな特性は同じであっても、どこにでも当てはまる、普遍的な正解があるわけではない。
「ここには、あの像以外で魔物が入っては来ないみたいだし、それで襲われないのなら、わりと安全地帯だと思ったんだけどな」
安全地帯は大抵どの迷宮にもある、魔物が発生しない地帯のことだ。
また、迷宮内の魔物たちは、縄張り意識でもあるのか、決して自分たちの持ち場から大きく離れることがない。
さっきまで、僕たちがあの像と戦闘をしている最中、外部から魔物などの邪魔は入ってこなかったし、もともと、この部屋にいた、などということもなかった。
魔力感知でもいいけれど、もともといた魔力の反応は無視してくれているとありがたい。
「いずれにしても、一定時間は要するでしょうから、それならば、交代で見張りと観測をしながら、ここで休みを取りましょう」
クレアの提案に頷き、崩れた部屋の瓦礫なども集め、簡易的なバリケードを形成してから、そこでいつもどおり、順番に寝る時間を設けた。
見張り役は、普段の時間の経過と接敵だけでなく、石像の修復状況も確認するという任務を帯びることになる。
おそらく、この迷宮内ではどれも同じ時間だろうから、この先の部屋で出会う魔物に対する予習にもなる。
観測の結果、日付が変わる頃にそれは自然と、いつの間にやら修復されていたらしい。
決して、意識を外したとか、そういうことではないという話で、本当に不思議なことではあったけれど、多分、その理屈とか、理由を探すことは不可能だろうから、気にしないことにした。
修復されたところで襲われなかったということは、先にした予想のいずれかが正解だったのかもしれないし、もしくは、別の条件があったのかもしれない。確かめる暇はないけれど。
「ルシオン。食料はどのくらい保ちそうだ?」
「クレアの保管している分も含めれば、量にもよりますが、節約してゆけば、ひと月は保つと思います。とはいえ、この迷宮内でもなんらかの食料が得られるとありがたいですが」
魔物の中には、粒子となって消えてしまう魔族とは違い、食べられるものいる。
外に戻って、という補給は、できないことはないけれど、できる限りしたくない。次に外に出られるのは、この迷宮を攻略、踏破したときだ。
水は魔法で調達できるし、先程の石像のようなものでなければ、食べられるものもいそうだけれど。
「ですが、そんなに何日も潜っていたくはないですね。時計があるとはいえ、やはり、太陽と月を見なければ時間間隔は狂いそうになりますし。それに、言うまでもありませんが、僕たちには旅路を急ぐ理由もありますから」
魔王を倒すためには、もちろん、ある程度以上の鍛練が必要で、ここがそれなりの鍛練場になるとはいえ、何日……いや、ひと月も潜っているわけにはゆかないだろう。
その間、どこでもクレアの存在が見られなかったとなると、それはそれで、追手を撒くという意味では良い方法かもしれないけれど、それにより、他の人たちに迷惑をかけるというのは、クレアの望むところではないだろうから。
「それは同感だ。俺も酒が飲みたいし」
さすがにシュロスでも普段から酒を持ち歩いてはいなかったらしい。
街に出られる場所であれば、大抵はどこでも手に入るものだけれど、さすがに、迷宮の奥で醸造など行われているということも、迷宮内の泉から酒が沸き出るなどということもないだろうし。
「お酒は身体を破壊し、頭の働きを抑制します。身体機能も低下しますし、身体にどうしても必要な成分ということもありません。しかし、代金だけは高くつきます。なぜ、そのようなものをわざわざ求めるのか、私には理解できません」
クレアが、呆れるというか、放り投げるように溜息をつく。
まあ、学院に入学したばかりのクレアには関係のない話だろうけれど。
ごく一部の例外――祝祭や婚礼など――を除き、学園卒業前の子供の飲酒は、法律で禁止されている。成長――健全な成長を阻害するとか、なんとかで。
「知らないのか、姫さん。酒は百薬の長って言ってだな」
「百の薬を飲んでも手遅れなほどに身体を破壊することに長けている、という意味ですか?」
シュロスに流すクレアの視線に、温度は感じられなかった。




